遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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そこに“山”があるから【佐渡屋太郎-vol.48】

写真キャプション=春の訪れを知らせてくれた衝動買いした「白梅」 いまは1月6日(日)の19時50分。今日の佐渡屋太郎はフル回転であった。正月休みの最終日となって初めて、尻に火が付いた。仕事のことはさておき(これが最も重要なことであるが……)、年末にできなかったことをまとめて片付けた。それでは、そのことの報告を次々といくぞ~。

 今日はいきなりテンションが高くなっているが、その理由は酒を飲んでいるからだ。とにかく、懸案を何とか片付けたので、気持ちがよくてたまらない。今日だけは自己陶酔に浸らせてほしい。人間は気持ちが大切だ。気持ちで生きている。今日はいままで鬱積していた“頭の上の雲”が取れ、私の体に薄日が差し込んできた。これは実に爽快な現象である。だから、気持ちがいいのだ。

 今日は大阪の“拠点”からの出発であった。洗車をするために早目に出たのだが、時間がないという私の深層心理をY嬢が汲み取ってくれて、“無罪放免”となった。しかし、ここで言っておくが、私は洗車が決して嫌いではない。むしろ、洗車をしたかったのである(Y嬢に告ぐ!。ここのところを重点的に読むように……)。あの車にもこの1年、とてもお世話になった。だから、私の愛の証(あかし)として、是非とも洗ってやりたかったのだ。

 しかし、「やらなくていい」と言うのだから仕方ない。私は「十三」で途中下車して、理容室に行った。頭がむさくるしかったのだ。新年の顔合わせには、スッキリとした姿で登場したい。軽くなった爽快な頭で、事務所に向かった。新しい自分になったような気分だった。そして、事務所に着くと間髪を入れずに、「マンダラ」の撮影を始めた。これは「EC-SHOP」に出品するための、ビジュアル資料となるものだ。

 これも昨年からの懸案で、文字通り、気に懸かっていたが、なかなかできなかったことの1つだ。冬の日が差し込む窓辺での撮影となった。その日差しは強く、暖房が効いた中での作業となって、汗がしたたり落ちた。無事、計14点の撮影を終え、むさくるしく積み上げらていた「マンダラ」を書籍棚の上に片付けた。これで、会議用のテーブルはきれいになった。新年宴会でこのテーブルを使うのだ。それまでに何とかしようと “強迫観念”を抱いていたが、そのテーマが見事に片付いた。

 それから、暑かったのでベランダに出て、植物に水をやることにした。ここ数日は水やりを怠っていた。1つひとつの鉢に水をやっていると、先日に衝動買いをしてしまった「白梅」が、花を付けていたのだ。大きな発見であった。それが冒頭の写真である。早速、部屋の中に持ってきて、新年宴会の“マスコット”にすることにした。もう、春である。まさに新春である。そのことを「白梅」が教えてくれたのだ。ありがとう。

 それで私の頭は植物に向かった。同じく衝動買いした「ポインセチア」「アッサム」「スイートピー」がまだ、育苗用の黒ポットに植わったままであることに気付いた。これも大きな懸案であった。早く広い鉢に植え替え、ゆったりとさせてやりたかった。それが1日延ばしになって、今日に至っていたのだ。そのために、大阪の“拠点”から小鉢を持ってきたのは、1ヵ月も前のことだ。

 思い切って、その3鉢の植え替えを決行した。やればそれほどの時間は掛からない。要は、やろうという気持ちの余裕を、持てるかどうかという問題なのである。今日はその気持ちの余裕が切迫観念の末に、持てたのだ。その結果、3鉢はきれいに植え替えができた。しばらく、その姿を眺めていた。達成感と充実感と満足感に満たされた幸福な時間だった。

 それから気持ちがよくなって、酒を飲み始めた。飲みながら、途中だったブログの原稿を仕上げた。そして、この原稿を書き始めた。その間に、年末から昨日までの休み中に書いたブログも覗いて見た。まだアップされていない原稿も3本あるが、この9日間にわたる正月休みの“痕跡”が確かにあった。やったことは残るのである。そのことがやけに嬉しかった

 しかし、ここで舞台は暗転する。実は、佐渡屋太郎がこの休み中に、是非ともやらなければならなかったことが、別にあるのである。12月30日(日)と31日(月)に着手してみたが、その作業は膨大な時間が掛かることが分かった。その作業とは、“山を征服する”ことだった。それはヒマラヤやヒンズークシュなどの崇高な山脈ではない。恥ずかしながら新聞と本の“山”なのである。見たくもないが、その一端を下に披露することにする。
写真キャプション=約2年にわたって貯め続けた新聞の“山”

「アッ、ヘッー」――これが私の “恥部”の1つである(他にもいくつかある)。約2年間(いや、それ以上に古い新聞もあるかも知れない)にわたって貯め込んだ新聞の“山”である。私は新聞の切り抜きをしているので(そんなことは“時代遅れ”だという友人も多くいる)、割とじっくりと新聞を読む。しかし、じっくりと読む余裕がなくなると、果たしてどうなるのか。その結果が、まさにこの写真のなかにある“現実”なのである。この“山”を片付けようと、昨年末に思い立ったのだ。休みに入ると早速、“山”に分け入ってみた。しかし、2日間かかって削った “山”は、僅か50cmであった。もちろん、新聞を読みながら洗濯や電話の応対など、いくつかの作業を並行してこなしている。

 ここで私は発想を変えた。新聞を読むのは楽しい。だから、楽しんで読めばいいのである。義務的に“読もう”とするから、苦痛とプレッシャーが生じるのだ。では本来、楽しいことを楽しくさせない元凶は何か。それは“義務感”なのである。私は文章を書くのが好きで、この職業を選んだ。というより、この職業しか私に残っていなかった。しかし、いま原稿を書くのは苦痛である。それは何故か。“締切り”があるからだ。では、“締切り”がなかったらどうなるのか。私は永遠に原稿を書かないだろう。ワッ、ハッ、ハッ。

 しかし、新聞くらいはいいのではないか。「楽しく読もうよ」と発想を変えたのだ。すると、いきなりペースが落ちて、“山”は山としての崇高さを持ち始めた。その“山”と付き合う覚悟を決めた。義務感は嫌いだが、義務感がないと私は動かないのだ。いつになったらこの新聞の山はなくなるのだろうか。しかし、血液型がB型で収集癖のある私は、この他にもいくつかの“山”を持っている。公開していいあと1つの“山”は、何を隠そう(決して、隠しきれる量ではない)本の“山”である。

写真キャプション=文字通り、山と積みあがった本の“山”

 本は読み終わったら、佐渡に送ることにしている。以前、家を建て替えたとき、わが偉大でケチだった父は、古い家を畑に持っていくという案を考え付いた。まさに、大正解である。あまり仲が良くなく、喧嘩をしたまま今生の別れとなったわが親子ではあるが、私は父を尊敬している。この“畑の家”を作ってくれたことは、“私”を作ってくれたことに次ぐ、大ヒットであった。その“畑の家”のうち、2部屋は私の“書庫”となっている。

 都会に居住する人には、申し訳ないくらいの贅沢である。要らなくなったものがあると、私はどんどんと佐渡に送っている。いま、おぞましいことにその書庫には、ほぼ2万冊の本が眠っている。昔、1万冊の本を持っていれば、大学教授になれると言われていた。本の冊数から言えば、私はノーベル賞をもらってもおかしくない。エッヘン。

 昨年1年間に、私が読んだ本は170冊に上る。しかし、昨年1年間に、私が買った本は優に300冊を超えるのではないだろうか。この繰り返しが毎年、繰り返されている。私は本を読むのが好きだが、古本屋で過ごす時間はもっと好きなのだ。その結果は、どうなるのか。読み終わらない本がどんどん積み上がっていくのである。写真の本は、昨年の秋以降に堆積した“新山”である。そろそろ、新しい“拠点”に移りたいと思っている佐渡屋太郎であるが、こうした“山”があるので身動きが取れない。前回、引越ししたときは重い本の箱が50箱以上あり、引越し屋のおっさんの腰をいわしてしまった。罪作りな本たちである。当時、私の“拠点”は大阪の鶴橋にあり、部屋はエレベーターのない4階建ての4階にあった。アーメン。

 その本も少し見切りを付けて、ここ10年間は読みそうもない本を佐渡に送ろうと思っていたのだ。しかし、それも果たせなかった。したがって、私の京都の“拠点”は昨年通りの山また山である。“京都山脈”と呼んでもらってもいい。また今年も、“山暮らし”が続きそうだ。ヤッホー
佐渡屋太郎
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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 12:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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