遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

パチンコ業界情報なら遊技租界!最新!本日のパチンコ業界ニュースからパチンコ業界の製品情報まで話題満載ブログ!

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ボケが抱えた意外な真実【佐渡屋太郎-vol.295】

Y家にあった植え替え前のボケ鉢。土が減り、幹はトグロを巻くように這っていた

いまは13年8月5日(月)の18時34分。夕方になって酒を飲み出すと、植木のことを思う日々が続いている。今日は用事で15時から外へ出ていて、帰ってから水風呂に入り、残りの仕事を片付けていたら、突然に雷が鳴り響いて激しい雨が降り始めた。大阪の夏は沖縄より暑いと言われる。一方、関西は“亜熱帯”になったと、私はずっと前から思っている。こんな夕方の激しい雨は、明らかに“スコール”である。インドや東南アジアの気候そのものだ。

そんな“スコール”を見ていると、ずぶ濡れになって、チャイ屋で雨宿りしていた若い頃を思い出す。雨が上がると、糞尿とお香の匂いが混じった風が流れてきて、今まで誰もいなかったぬかるんだ道に、牛や色の黒い人間たちが次々に出てきて溢れ出す。やがて、あたりが暗くなり、露店にケロシンライトのギザギザした光が灯り、街角のスピーカーから甲(かん)高い女の歌声やアザーンが響き渡る。その頃になると、濡れていたTシャツはとっくに乾いており、今度は空腹を抱えながら、スパイスの香りにつられるように、また夜の街に彷徨い出すのだ。

よく行く料理屋の席に座ると、どこから見ていたのか、細い路地から仲間が蛆虫のように這い出してくる。そして、当然のように私の近くの席に集まり、今夜の計画をうるさいくらいにわめきたてる。そんな毎日にもいい加減に飽きてきていたが、同意を求めるので仕方なく了解すると、皆が席から腰を上げる。そして、私は痺れるような体の感覚を引きずりながら、その後に付いて薄暗い迷路のような路地に入っていくわけだ。

暗い路地にはいろんな人間がうごめいていた。肩をぶつけるようにしてすれ違う男たちは、強烈なワキガの匂いを撒き散らし、サリー姿の女の足元からは、アンクレットに付けられた小さな鈴の音が聞こえてくる。私はそろそろ次の街に行かねばならないが、なかなかこの街から抜け出せない。果たして、目的地に辿り着けるのだろうか。そして、日本に帰ったら、どんな生活が待っているのだろうか。思うように体が動かないジレンマのなかで、1日1日が飛ぶように過ぎていった。そんな当時の気持ちが、スコールを見ていると蘇ってくる。「何も焦る必要はない。人生はなるようにしかならない」。これが私の結論である。できることなら、その頃の自分に教えてやりたいが、それを言ったところで、真意を理解できるはずもない。なぜなら、経験しないと分からないことだから。

植え替え後の1番鉢。根は付いているが葉がない幹も植え込んである

ただ、“亜熱帯”には数々のドラマがあった。そして、今は植木にドラマがある。前回、ヤマブキのことを書いたが、そんなことを吹き飛ばすくらいの事件が、先週末の8月3日(土)に起こったのである。舞台は想像の通り、枚方のY家だ。その日、私に与えられた任務は、植木や庭への本格的な水遣りと、外回りの点検だった。想像していた通り、屋根のあるところに置いてあった植木鉢はカラカラの状態であった。さらに庭の土もカチカチに乾ききっていた。

そこで水まきにホースを使おうと思って、裏庭にある水道の蛇口をひねったら、つなげてあるホースの接合部から水が吹き出した。接合部にはネジ山が切ってあるのだが、ネジ山を無視して斜めに差し込まれていた。かなり、強引で法則を無視した接続方法であった。だから、その隙間から水が飛び出し、その結果としてホースは使えない状態にあったわけだ。証拠はないが、犯人はY嬢父であろう。自らの意思を完徹させるためには、周囲の状況や法則を無視する発想を取る人間を、関係者の中から洗い出した末に導き出した結論だ。果たして、ホースはこんな状態でどれくらい放置されていたのだろうか。

私にもいささかその傾向があるので、決して非難しているわけではない。ただ、ホースを使いたかっただけだ。この状態を正すために、タオルやペンチを使っていろいろ試行錯誤した。それほど、斜めに深く差し込まれていたのである。Y嬢父はこれを直そうと思って、何回もチャレンジしたに違いないが、その試みはすべて失敗に終わったはずだ。しかし佐渡屋太郎は、最後には素手でその接合部を外すことに成功した。では、なぜそんなことができたのか。それはY嬢父より佐渡屋太郎の方が、“力”があったからだ。言いたかったのはそれだけである。

植え替え後の2番鉢。分断したみきの中で背の高いものを集めて植えてみた

あと1つの重大な発見は、家の横にある通路の実態だった。地植えしてある木は散々に細枝を伸ばし、プランターに植えてあったキクは倒れ、通路を塞いでいた。私は細枝を切り、倒れているキクを紐で括って直立状態に戻し、何とか道を切り開いた。しかしそのとき、恐ろしい光景を見てしまった。踏み固められた通路から雑草が何本も芽を出し、葉を繁らせていたのである。この1件をもって、私が前回来てから誰もこの通路を通っていなかったことが分かった。多分、家を建ててから40年以上にわたり、通路がそんな状態になることはなかったはずだ。倉庫に物を取りに行ったり、植木の水遣りをするために、何万回いや何十万回も、この通路をY嬢の父と母は歩いたはずだ。

しかし人が通らなくなると、今まで踏み固められた土からでも、植物は芽を出して葉を繁らせる。これは単に植物の“生命力”の強さを賛美してばかりはいられない。そこにいる人間の“活動力”が落ちていることの何よりの証拠であるからだ。家はこのようにして荒れていく。いまは植物の生命力の高まっている時期であるから、ほんの数日間で雑草たちはここまで成長したのかも知れない。しかし私には、そこに住む人間の“生命力”が、その敷地内にある植物の“生命力”に負けそうになっているという事実を見せられたような気がして、寒気を覚えたのである。

こんなことが、以前にもあったことを思い出した。私の父が死んでから、佐渡にある畑の“ジャングル植物園”や周りの竹薮は荒れに荒れていたのだ。その現実と直面したのは、思い返せば09年の夏であった。そのとき、竹薮一面を覆うフジツルを見て、私は強烈な“戦慄”を感じた。それは自然の脅威と言ってもいい。しかし、それを見た数分後、次第に“闘志”が湧き上がってきた。これは人間としての本能と言ってもいいだろう。それがあの“フジツルとの闘い”に発展していったのである。今回の件ではっきり分かったことは、あのとき佐渡屋家の“生命力”は、畑一帯の植物たちの“生命力”に負けていたのである。

しかし、佐渡屋家には遠く離れて暮らしているが、佐渡屋太郎と次郎という“隠し玉”があった。この“生命力”に溢れた息子たちは母親とともに、いままで圧倒されていた自然の“猛威”に対し、果敢に立ち向かっていく戦闘を決行したのだ。以来4年にわたって、畑一帯の整備作業を続けている。それはまさに木たちとの“格闘”であり、“生命力”の強さ比べでもある。生きている限りは、この“闘い”には負けたくないと思う。しかし、今でもその過酷さに頭がフラフラし、息が切れることもある。あと数年後には、私の息子をはじめ、さらなる“隠し玉”の援軍を用意しておかなければならないだろう。

植え替え後の5番鉢。曲がりくねった幹のなかには姿にいいものがあったので小鉢に単独で植えた

それに比べれば、都会にあるY家の自然の力はささやかなものだ。私1人でも十分に勝つことできる。しかし、少し油断をしていると、敵はジワジワとY家を飲み込んでいく力は持っている。あまり自然を“敵視”してはいけないが、管理していくにはそれなりの覚悟を持たなくてはならない。いつもこのことを考えると、自分の中の大きな矛盾に気づく。鉢植えでは、自然の猛威を期待している。しかし、地植えの木に対しては、それらが持つ自然の猛威に、闘いを挑まなくてはならないのだ。昨年は佐渡で、モミジの枝落としを大々的に行なった。植木がこんな太さになって欲しいと思いながら、のこぎりで切り落とした。そして、最終日にはその木の下に生えている苗を鉢に入れ、持って帰ったのである。父は地植えを盛んにやったが、それから比べれば鉢植えは随分と罪は軽いのではないかと思っている。鉢植えは放置しておけば、自然に死んでしまうからだ。

そんなY家の横通路に生えた雑草をきれいに抜き取って、私は佐渡屋太郎の“生命力”を植物たちに誇示しておいた。さらにその雑草の中にセンダンの苗があったので、掘り起こして小鉢に鉢上げして持ってきた。センダンの木はベランダにもあるのだが、その涼やかな姿の苗を捨てることができなかった。と、ここまでは前フリで、いよいよ今回の本題に入る。横通路の整備も終り、家の前に置いてある植木にもホースで水をやった。よく見ると梅やサクラの枝が伸び放題になっていたので、散髪をしてスッキリとさせてやった。その中にボケの鉢が2つあった。1つは私が預けたもので、枯れたと思っていたら生き返っていることに今春、気付いて感動した。しかし、その後よく見ると、成長しているものは別の幹であることを発見した。多分、Y嬢母が挿し木をしてくれたのだろう。それが見事に根付いて成長していた。

植え替え後の3番鉢。この鉢には元気のいい細幹を集めた

問題はもう1鉢のボケであった。これはY嬢母の鉢である。やたらと幹が密生して絡んでいたので、支柱を立てて形を整えてやろうと、駐車場に持ってきて作業を始めてみた。私の植木道具の一式は、Y家の道具置き場にも備えてある。しかし鉢の様子をよく見ると、支柱を立てて整枝ができるような、そんな生易しいものでないことがすぐに判明した。それでとりあえず持って帰り、落ち着いて作業をすることにした。いま思えば、それが今回の“大手術”の始まりだったのだ。

まず、幹が鉢の内縁に沿いながらトグロを巻いていた。この時点で、現状のままでの“整枝”という発想を捨てざるを得なかった。こんな状態のままで成長しても、決して見栄えのいいボケ鉢にならないからだ。それで幹を鉢から引き抜いて、全体の構造を点検してみた。すると驚いたことに、根は幹以上に絡み合いながら大きなトグロを巻いていたのである。その複雑に絡み合った根を丁寧にほぐしていくと、この鉢は3本のボケによって構成されていることが分かった。

幹はそれぞれ長く伸びているのだが、トグロを巻いて地面に這っているため、根元からの“立ち上がり”を見せることができない。佐渡で闘ったフジのような、“ツル状”になっているのだ。これをどのように矯正していくのか。そこで考えたのは、根の付いている部分ごとに、“分断”してみることだった。生け花用のハサミで、バッツンバッツンと幹を切っていった。短くすれば、幹の湾曲はそれほど気にならない。それどころか、曲がり具合に味のある幹も何本か出現し、そのまま幹が太くなれば盆栽になるようなものもあった。思わぬ収穫である。

しかし、調子に乗って切っていったために、切った幹は想像以上の本数になってしまった。さらに、根はついているが葉が付いていない幹も5~6本あった。これは“根伏せ”にすることにした。さて、これをどのように植え替えていくのか。ここでハタと現実に引き戻されてしまった。今数えてきたら、葉がついているものだけで25本もあった。葉のないものを加えれば30本以上となる。普通に考えて、これを持ってきた1鉢に植え込むのは不可能だ。とにかく、植えられるだけ植えていこうと作業を始めた。そのとき、「枝ぶりのいいものは小鉢に単独で植えても面白いな」などという不埒(ふらち)な考えも浮かび、気付いたら1鉢が6鉢に増えていた。

植え替え後の4番鉢。残りものと葉のない幹を集めて植えてみた

こうして、植木鉢はベランダで“飽和状態”になってしまったのである。置けることはまだ置けるのだが、もう日の当たらない場所しかない。今回の6鉢のうち4鉢は、その日の当たらない場所に置いてあるのだ。私が気に入って小鉢に植えたもの以外は、Y家に持っていく予定だが、いま佐渡へ帰るまでの追い込みの仕事をしていて、その時間がなかなか取れない。ただ、Y家に持って行っても水遣りの心配がある。佐渡に行くまでに持っていくか、佐渡から帰ってから持っていくか。佐渡屋太郎はまたもや、“厳しい選択”を迫られているのである。

さらなる心配は、植えてから数日が経過すると、下の方から葉が次第に黄色くなってきたことだ。これは“手術後”の予想していた反応だ。いままで3本のボケは、何ヵ所にも亘って生えていた根から水分を吸収していた。しかし、その根と幹を分断することによって、新たな“吸水経路”を開発しなくてはならなくなった。多分、それぞれの幹についた根を伸ばしたり、増やしたりしながら、幹を維持・成長させていくのに十分な“吸水体制”を確立させていくはずだ。現状ではまだ、その“吸水体制”ができていないので、水分不足になった葉が変色して、落ちていく。

ここで問題となるのが、それぞれの幹が持つ“生命力”だ。強い“生命力”を持つ幹は、過酷なこの状況を克服して根を伸ばし、新たな葉を出し、幹を太らせていく。しかし、“生命力”の弱い幹は、新たな環境のなかで吸水ができず、カラカラになって死んでいく。では、その“生命力”の違いは、どこから生まれてきたのか。それを差配したのは誰でもない、この佐渡屋太郎である。幹と根を“分断”したときに、それぞれの幹に生き延びていけるだけの根を確保することができたかどうかが、これから実証されるわけだ。さらに“術後”の彼らをできるだけ、いい環境のなかにおいてやるという役割も、これまた佐渡屋太郎に課せられた任務となる。

まさにいま、彼らは“生死”の間をさ迷っている。施術者としては誠に不謹慎であるが、私はそんな彼らの“必死”な姿が大好きだ。その末に、新たな葉が出たり、蘇生の兆候を発見したとき、これ以上ないと思えるような感動を覚えるのだ。“よくぞ、生き返ってくれた”――感無量の一瞬である。このところ、様々な症状を持った植木たちが私の目の前に現れ、救済を求めてくる。一方、そんな植木たちを見ると、佐渡屋太郎は血が騒いで放置しておくことができない。

今回のボケも、鉢の中は空洞状態だった。鉢底の土留めを十分にしていなかったため、土が永年の間に流出してしまったのだろう。このボケたちもまた、劣悪な環境の中にいたのである。いま、十分な量の土を与えられて、それぞれが“独立”していこうと必死にもがいている。何とか生き延び、前以上に逞しく成長してくれることを祈らざるを得ない。なお、植え替え後の鉢は6つあるが、植え替え前の写真を入れたので、5つしか掲載できなかった。6番鉢はこれにめげずに頑張ってもらいたいと思う。(佐渡屋太郎)

┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘
banner_22.gifにほんブログ村 パチンコブログへ人気ホームページランキング
ブログランキング★まじめな話題 ブログランキング★パチンコ ブログランキング★パチスロ
┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘









スポンサーサイト

| 最新機種情報 | 16:03 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

| | 2015/08/04 08:52 | |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://yugidasuka.blog112.fc2.com/tb.php/523-e765a404

TRACKBACK

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。