遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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ヤマブキの救済【佐渡屋太郎-vol.294】

水不足で枯れの症状が出てきたY家のヤマブキ「大」と「小」

いまは13年8月4日(日)の17時55分。ついに“天国と地獄”を味わう8月に入った。しかし、日常生活は7月から引き続き、植木の水遣りと植え替え、そして原稿書きの毎日を送っている。そんな中で、近頃起こった出来事の“順番”が分からなくなることが多くなった。その日の出来事は記録してあるので、手帳を見れば分かる。また、本業である取材や原稿書きは、締切り順に書くものの計画表を作ってあるから、各月ごとに割と明確に思い出せる。しかし、このごろやたらに増えてきた植え替えに関しては、どれが先で、どれが後にやったものなのか、その前後関係がほとんど分からなくなっていることに気付いた。

今回、書こうとしているヤマブキの件も、写真ファイルを3回も探したが、目指す写真が見つからなかった。終(しま)いには、その植え替えがマカオに行った前なのか、後なのかさえ忘れていることに気付いた。私の感覚では随分前に植え替えをしたように思う。その証拠に、あのときほとんど枯れていた葉が、いまではすっかり青葉に代わっている。それがどれくらいの時間の経過の末に起こったことなのか。手帳を見ないとまったく分からくなってしまった。

なぜ、いまこんなことを書いているかというと、鉢数が増えた原因は、必ずしも私だけの責任ではないとY嬢に主張したかったからだ。Y嬢やY嬢の実家である枚方のY家関連でも、だいぶ鉢数が増えているのである。そのことを分かってもらうために、証拠の写真入りで説明しようと思い立ったわけだ。この“ヤマブキ事件”が起こったのは、手帳を調べた結果、7月10日(水)であることが判明した。その日はY嬢に頼まれ、Y家へ植木の水遣り、クーラー掃除、新聞括(くくり)りをするために行った。いずれも私の得意科目だ。

そのとき、裏庭で発見したのが、写真にあるようなヤマブキの盆栽の変わり果てた姿だった。この盆栽の2鉢は、Y家の鉢植えのなかでも最高の部類に属するものだ。結構、年数も経っており、丈は低いが幹にはそれなりの古相がある。もっと大きなヤマブキは庭に植わっていたが、私が引き抜いて持ち帰り、枯らしてしまった。しかしこの2鉢は、春には狂ったように枝を伸ばし、青々とした若葉を付けていたのである。その後も順調に枝を伸ばし、いつもY家に行くと私の目を楽しませてくれていた。

横に植えてあったナンテンを抜いたので、枯れの症状が軽かったヤマブキの「中」

それがどうしてこんな姿になったのか。それには深い理由がある。Y嬢父とY嬢母の認知症が確実に進行したからだ。「水遣りはワシがやる」と息巻いていたY嬢父は、自分の気に入った植木にしか水をやらないという悪い癖を持っていたものの、それでも1週間に2回くらいは水をやっていたようだ。しかし、記憶力のなくなったY嬢父は、ついに水をやることも忘れてしまったのである。一方、Y嬢父より認知症の進行が早いY嬢母は、重いものを持って腰を痛めてしまった。いままではY嬢父をフォローして水遣りをしていたが、そんな元気もなくなり、いまではまともな会話もできなくなっている。

こうしてY家の植木に、大きな災難が振りかかってきたのだ。外回りの管理を担当する佐渡屋太郎にとって、また頭の痛い問題が1つ増えたことになる。しかも季節は夏を迎えている。1週間に1回の水遣りでは足りないので、今後はどうしようか。そんなことを考えていた矢先の“ヤマブキ事件”であった。水を遣ったとしても、このままここに置いていては、夏を乗り切ることができない。これがそのときに私が下した決断だ。こんな底浅の鉢ではすぐに乾いてしまう。とりあえず持ち帰って、底深の鉢に植え替えることにしたわけだ。

当時の状況を説明すると、2本植わっているのがヤマブキの「大」と「小」である。2本が1鉢に植わっているために、枯れがひどくなっている。一方、1つの鉢に1本だけ植わっているのがヤマブキの「中」である。春にはこの横にナンテンが植わっていたが、枝が伸びてあまりにも不格好になったので、丁寧に引き抜き、私のところに持ってきて深底の6号鉢に植え込んだ。その結果、1鉢に1本だけとなった「中」は十分に水分を摂ることができ、ほとんど枯れの症状が出なかったのだ。これは私のお陰と言ってもいいだろう。

一方、引き抜かれたナンテンはほとんどの根を一緒に採取することができたので、植え替えてからすぐに活発な成長を見せた。それどころか、いまでは子供も何本かでき、株となって一族を形成するまでになっている。前にもこのブログで書いたが、私はナンテンにコンプレックスを持っていた。それは去年の秋か冬に買ってきたナンテンを3株に分けて植え付けたところ、そのうちの2本を枯らしてしまったからだ。その後、Y家の裏庭の倉庫の陰にあったナンテンの子供を持ってきて植えたが、それも枯らしている。

しかし春になり、3本のうち生き残った1本が、すごい勢いで成長を始めた。ヤマブキの隣にいたナンテンと張り合うような勢いである。枝を横に張り、隣の鉢の植木を覆い隠すような成長ぶりで、置くところに困るような存在にまでなっている。そこで気づいたのだが、私は横に広がる植木は好きではない。ベランダに十分なスペースがないということも関係しているだろう。しかし、黙々と上に向かって伸びていく植木が最も私が好むタイプだ。いま正直に言うと、この2本のナンテンには手を焼いている。もうコンプレックスも解消されたし、枝を思う存分に伸ばしてやれるスペースもない。もう少し大きな鉢に植え替えて、Y家に移住させることも考えている。そのY家から持ってきたナンテンの写真も付け加えておいた。

5月4日にヤマブキ「中」の鉢から引き抜いて深底鉢に植え替えをしたナンテン

ではこの後、3本のヤマブキはどうなったのか。植え替え直後の写真もあるが、1回に6枚しか掲載でないので、涙を飲んで割愛した。当初は裏庭にあったヤマブキの鉢上げに失敗しているので、自信はまったくなかった。そのとき私は1枚1枚の葉が茶色くなり、1枚1枚が落ちていくのをずっと見続けていた。また今回も、そんな悲しい思いをしなくてはならないのかと、憂鬱な気分になっていたのである。しかし、天は私に味方をしてくれた。

まず、変化が現れたのが「小」であった。植え替えてから5日後くらいから枝が赤くなり、先端に黄緑色っぽいものが見えるようになった。それが新葉であることに気付くころには、
枝のいたるところで新葉が吹き出した。これは早目に救済したのが勝因だった。もう少し、遅れていればどうなったか分からない。ちなみに植え替えの時は、底浅の鉢中に根が回りに回っていた。伸ばすと1.5mくらいあった。樹高を考えれば、恐ろしいくらいの長さである。この1件で、私は何年も植え替えをされずにいたヤマブキたちの歴史を知った。

まず、最初に新葉を出して蘇ったヤマブキの「小」

今となっては病人のY嬢母を責めることはできないが、ヤマブキたちは永年の間、過酷な環境下に置かれていたことが判明した。その根を30cmくらいに切り詰め、おそらく初めての植え替えをしたのである。私が裏庭から掘り起こしたヤマブキの貧弱な根とは大違いであった。あんな根では、生き延びられなかったことにも納得がいく。この「小」が次々に新葉を出す様子を、私は毎朝ながめては、その生命力の強さに感動していた。これから急速な勢いで衰えていく人たちと、鮮やかな新葉を出して生き返るヤマブキ。その厳しい自然の鉄則の前では、いくら私たちが知恵のある人間でも、いまのところ抗うことはできない。Y家において家の中と外で生きてきた人間とヤマブキは、これから正反対の方向に向けて、それぞれが歩き出そうとしているのである。

一番症状は軽かったが、植え替え後に新枝や新葉も出し、幹も太くなったヤマブキの「中」

一方、ほとんど枯れの被害がなかった「中」は、そのまま青葉を維持している。さらに新たな枝や葉を出し、幹も少し太くなったように感じる。問題は「大」である。植え替え当時は枯れが木全体に回っていたし、ほとんど生気を感じることができなかった。他の2本は助けることができても、この「大」は救えないのではないかと思っていた。しかし、新葉が盛んに出てきた「小」を眺めていたある日、「大」の最下部の枝のある辺りから、新たな細枝が出ているのを発見した。その時の感激は今でもよく覚えている。こうした“蘇生”の喜びは1度、悲しみや苦しみ、諦めを経た上でやってくるいわば“逆転劇”なので、なおさら衝撃度が大きい。いまは下の方から徐々に上の方へと新葉が出るようになり、ゆっくりと生き返りつつある。

こうした迅速な処置により、3本のヤマブキは見事に救済されたのである。しかし、この救済によって、鉢が3つも増えてしまった。いずれはY家へ返すことになるが、少なくても夏の間はわがベランダに置いておかざるを得ない。さらにその日の手帳をみると、コギク2鉢の植え替えもしたと記されている。このコギクはY嬢が4~5年も前に買ってきたものだ。最初の1~2年は元気よく春と秋に花を咲かせていた。しかし、3年目くらいから虫がよく付くようになり、多くの葉が茶色に変色した。さらに、花も春にしか咲かなくなった。根が回っているので、根切りをして植え替えなければと、私はずっと思っていた。

最も症状が重かったヤマブキの「大」だが、下の方から新葉が出て回復傾向にある

このコギクに関しては、Y嬢はもう捨ててもいいという見解だった。女性は何とも思い切りがよく、残酷な生き物だ。私は植え替えをすれば虫に負けないくらいの元気を取り戻せると思っていた。何と優しい心の持ち主であろうか。それで状態を確認してみると、根が鉢底から出ており、鉢中にも根がぎっしりと詰まっていた。そこで根をほぐして10cmくらいに切り、腐りかけていた枯れ枝を除去すると、全体の量は半分くらいになった。それを小鉢3つに分けて植え替えてやることにしたのだ。

その結果、1週間後に鉢は鮮やかな緑色の一色となり、茎の背も伸びてつぼみを付けるまでになった。我ながら見事な蘇生術であったと思う。しかし、鉢は2つから3つとなった。ヤマブキも加えれば、この1日で4鉢も増えたことになる。このようにして、植え替えをするたびに鉢数はどんどんと増えていくのである。ただ、この4鉢については私のものではない。そもそもY嬢やY家の関係のものだ。ただ、そのことを言いたかっただけである。

物を求めて集め出してから年数が経つと、今度は逆に物の方からこちらにやってくるようになる。本の場合もそうだった。出版社にいた時は社内に古書部があり、仕入れが終わると、「欲しい本があったら抜いておいて」と私に声を掛けてくるのである。また、著者の先生のところに打ち合わせに行くと自著を渡されるし、自分が作った本も当然ながら持って帰る。今も取材に行くと取材の参考にというとで、自著を渡されるケースが多い。さらに友人や知人が本を出した時には、贈呈本が送られてくる。自分でももちろん買うが、何もしなくても生きているだけで、本が集まってくるような仕組みが出来上がってしまった。

植木もそんな感じになってきた。散歩や取材に出れば種や挿し木を持ち帰ってくるし、Y家に行けば、植木の方から救いを求めて私の方にやってくるのである。ただ、本は溜まるたびに佐渡の畑の家に送っているが、植木の場合は送る先がない。いずれは広大な庭に見渡す限りの盆栽棚を作りたい。また、大きなビニールハウスも作って熱帯植物の鉢植えも並べてみたい。その棚を巡りながら手入れをしていると、1日が終わるような生活もなかなかいいものだと空想している昨今だ。(佐渡屋太郎)

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