遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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新天地の開拓【佐渡屋太郎-vol.281】

無残に頭を切られてしまったウメの木。太い2本が“大”で、手前の細い幹がまだ生きている“小”

いまは13年5月5日(日)の18時55分。昨日はY嬢の枚方の実家へ行った。近頃は毎週のように通っている。今回の任務はY嬢母の依頼で、枯れたウメの木を切ること、切り残してあったヤツデの幹を切ること、そして前庭と裏庭にある沈丁花の枝をすかすことであった。先週、枚方実家に行ったとき、ウメの木が切られていて驚いた。切られたウメの木は、何を隠そう私の挿し木用の親木であった。その枝とヤツデの幹が駐車場に散らばっていたのだ。Y嬢母はボケているので、ときどき信じられないような行動を取ることがあるが、せっかく葉が出てきたウメを切るとはまさに狂気の沙汰である。

その日、本人はデイサービスに行っていたので、私はその無残に切り落とされた幹や枝をゴミに出せるように細かく切り、男山に持って帰ってきた。今回、その事情を聞くとウメの木は前庭に“大”と“小”の2本があり、“大”の方は枯れているので前から切りたかったのだという。しかし、力がないので上部の方しか切れなかったらしい。問題は生きている“小”の方だ。これに関しては、これから葉が繁って鬱陶しくなるので、頭の方を切ったということだった。一応、理屈は通っている。そういう場合は、もう少し待って伸びた枝を整枝すればいいのだと教えたが、切ってしまった幹は戻らない。実にもったいないことをしたと私は思う。

枯れたウメの木はさらに小さく刻んで、仏像彫り用に持って帰ってきた

しかし私自身、ウメの木が2本あったことを知らなかった。その2本は非常に近接していたため、“大”の木が葉を繁らせていたと勘違いしていたのだ。今回は“大”を根元から切り、ヤツデも上の方だけ切られたものを元から切ってスッキリとさせた。そして“大”のウメの木は仏像彫りに使えるのではないかと思い、さらに40cmくらいに分断して持って帰ってきたのである。ここ数ヵ月、こんな日々がつづいている。その間、私は物干し場の朽ちかけた柱や梁を補強し、雨漏りがするトタン屋根や雨樋を修理した。また、茂りすぎて頭をもたげている植木は支柱で補強し、鉢が小さすぎる植木は大きな鉢を持っていて植え替えた。はたまた、日当たりの悪いところにあった植木は工夫して日当たりのいい場所に移動し、庭に散らばっていた落ち葉を掃いて綺麗にした。

物干し場では朽ちかけた柱や梁の補強や穴の開いた屋根の補修を行なった

このように佐渡屋太郎は毎週、枚方に行って粉骨砕身、働いているのである。いまでは、その日が待ち遠しいくらいになっている。庭を良くすることなら、どんな苦労も厭わない。こんなに庭いじりが好きだったのかと、自分でも驚くくらいだ。その甲斐あって、物干し場の雨漏りは直り、半ば死にかけていた植木たちは生き生きと蘇ってきた。1日の作業を終えて、キャンプ用の椅子に座り、綺麗になった庭を眺めるときが私の“至福の時”となっている。これは佐渡に帰ったとき、夜に酒を飲みながら、前庭でモミジの鉢植えを眺めているときの気分に似ているといま気付いた。実に風流で、健全な趣味ではないだろうか。

さらに私を喜ばせているのは、その労働の対価として庭に植わっている木々の子供たちを鉢上げして持って帰れることだ。この庭には私が欲している樹種がいくつかあり、もちろんY嬢母に許可はもらっているが、私のオファーを彼女が断ることはない。その理由は、昨年の秋から冬に掛けての4ヵ月弱に亘り、私の住む男山に引き取って同居していたからだ。その間、私は昼食を作ってやるなど、粉骨砕身の世話を行ない、図太い信頼関係を築き上げたのだ。さらに“植物好き”という共通の趣味が、私とY嬢母を強く結び付けているのである。いまでも時間があると、公園や植物園などに花や木を見に連れて行っている。一方、Y嬢父は家事、とりわけ料理や修理、さらに庭仕事などに一切の興味はないし、やろうとしてもできない。その代役を佐渡屋太郎は楽しみながら率先垂範して行なっているわけだ。

枚方から掘り起こしてきた貫禄のあるヤマブキの木

これまでに鉢上げして持ってきた植木は、ヤマブキ=1鉢、ナンテン=3鉢、ヒサカキ=2鉢がある。“挿し木”を本流としている現在の私にとって、根がついている苗木は贅沢すぎる素材である。圧巻はヤマブキだった。5年生くらいの幹を持った逸物が、裏庭の日当たりの悪いところに植わっていた。そこから挿し木で増やしたであろう鉢植えの2鉢も、元気に枝を伸ばしている。これは絶対、立派は盆栽になるという確信が湧いてきた。しかし、世の中はそんなにうまくいくものではない。その“絶対”の素材が、いま生死の境をさ迷っているのだ。土が合わなかったのかもしれない。

次のナンテンは、裏庭で家と物置小屋の間に親木とともに育っていた。本来、ナンテンは日陰でも育つので、よくトイレのそばなどで見掛ける。実は昨秋、池田市に盆栽を見に行った帰り道で、何気なくナンテンの苗木を買ってきた。よく見ると3株あったので、それを分割して3つの小鉢に植え替えた。しかし、そのうちの2鉢が枯れて、何とか1鉢だけ生き延びているのが現状だ。ナンテンごときを枯らしたのは、私にとって大きな屈辱だった。それからナンテンに対する異常な執着が生まれてきた。だから、物置小屋前に枝を伸ばしている親木のそばの子供を、2本ほど引き抜いてきたのである。しかし、それも鉢上げした途端に元気をなくし、生死の境をさ迷っている始末だ。そこで、ヤマブキの鉢植えに寄せ木してあったナンテンを見つけたので、丁寧に根を掘り起こして持ってきた。小さいが、今のところ元気に枝を伸ばしている。

3つ目のヒサカキは、その意外な展開に驚いている。まず、枚方の家の前庭に埋め込んだブロックの穴から、ヒョロヒョロと幹を伸ばしている苗木があった。それを引き抜いたら砂地であったために、長い根の先端まで引き抜くことができた。樹高は1mくらいあった。しかし、それを鉢上げして持って帰ってきたものの、何の変化も見られなかった。そのころ、次回に詳しく書くが、ガジュマル、ナンキンハギ、シラカシの“再切り詰め”を行なった。するとそのヒサカキだけ背が高いのが気になって、思い切って幹の半分から切断し、さらに異様に伸びていた枝も切って同じ鉢に挿し木をした。これで鉢の中には根付きの“大”、根なしの上部幹の“中”、同じく根なしの小枝である“小”が同居することになったのである。

さて、その結果はどうなったのか。まず、“小”の先端が育ち、新たな葉を出した。次によく見ると、“中”は先端ではなく2節目の芽が膨らんで新たな葉を出そうとしている。この2本の挿し木の成功は確実になった。しかし、すぐにでも新葉を出すと期待していた“大”は、全く変化する気配を見せていない。ただ枯れる様子もないので、時間を掛ければしっかりと根付いてくれるものと期待している。あと1鉢の小さい方のヒサカキは、裏庭にある花壇外の通路に生えていた。根もすっぽりと引き抜くことができたので、楽勝で根付くと思っていた。しかし早々に葉が落ちてしまったので切り詰めて、いまは“奇跡の蘇生”を待っているところだ。枚方から持ってきた3種は、それぞれ意外な展開を見せてくれている。

植木移住計画の第1弾として持っていったペチュニアと金のなる木

一方、そのお返しに男山から枚方まで持っていった鉢もある。まず、Y嬢母は女性らしく花が好きなので、ペチュニアの咲いている2鉢を持っていった。続いて、ベランダの場所を取って仕方なかった金のなる木の“大”を厄介払いして、枚方の家の玄関に置いてみた。これがなかなか堂々としていい味を出している。さらに、我が家には大きくなりすぎて手がつけられな“お化け金成木”もある。これも大きな鉢に植え替えて、持っていこうかと考えている。私としては、これからどんどんと移住を進める計画だ。しかし、そのためにはまずそれらの鉢を置くスペースを作らなければならない。

実は5年前、事務所を移転したとき、そこに置いていた約80鉢を持って帰らざる得なくなり、そのうちの40鉢くらいを無理やりY嬢母に引き取ってもらった。いま生き残っているものを点検すると、街道桜、ウメ、ボケ、金のなる木、青年の木、ハイビスカス、お茶の木くらいのものだ。何とも悲しい結果であるが、押し付けた私に文句を言う資格はない。それで分かったのであるが、植木を育てる“腕”はどうも私のほうが上でないかということだ。何しろ、掛ける“情熱”に関しては、少なくともY嬢母に負けない自信はある。ただ近頃、私に刺激を受けて庭の整備に力を入れるようになった。その結果、ウメの木の切断事件を引き起こしたわけだ。一方、Y嬢父も私が水をやる姿を見て、自分が水やりをすると言い出した。しかし父の悪い癖は、自分の気に入った植木にしか水をやらないことだ。本当に困った性格である。だから最低1週間に1回は、私が点検に行かなくてはならなくなったのである。

私が里子に出した街道桜、ウメ、ボケなども何とか生きていた

Y嬢の両親はほとんど同じ時期にボケの症状を発症した。父は記憶力が減退し、母は理解力が著しく衰えるようになった。父は同じ話を何回も繰り返し、母は得意の手芸はもとより、料理をすることもできなくなった。どちらかが正常であれば、これほどの事態にはならなかっただろう。父は母がぼけたことを認めようとせず、何でも母に頼んでくる。しかし、母はもう銀行でお金を下ろすこともできなくなっている。それで父に怒られ、我が家に避難してきたわけだ。もちろん、父も自分ではお金を下ろすことができない。今はヘルパーさんに食事を作ってもらっており、その休みの日だけ、Y嬢やその姉であるS嬢が世話をしている。そのとき、私は外回りの補修担当とY嬢父の話し相手として駆り出されているわけだ。同じ話に何回も相槌を打つのは、思っている以上に大変な仕事である。しかし、この苦労はなかなか分かってもらえない。

いまは2人で何とか暮らすことができている。この状態がいつまで続いてくれるのか。それでも信じられないような事件が頻発し、Y嬢はその対応に疲れ切っている。しかし、植木のことしか考えていない私でも、男手があるというのは何かと心強いのではないか。私も自分のばあさんがボケて死ぬまで、10年ほどその姿を佐渡に帰ったときに見ているので、大体の流れは分かっているつもりだ。Y嬢家問題に関しては私も乗りかかった船なので、興味深く眺めつつ、最後まできっちりと付き合っていくつもりだ。

その一方で、私の植木問題も喫緊の課題として、浮上してきている。しかし、この問題について考えることは、実に楽しい。いずれ家を半分くらい潰して、日当たりのいい広い庭を作る構想などが次々に浮かんでくる。2階の1部屋を潰し、植木用のベランダを作るという方法もある。また、1階の1部屋をガラス張りにして、植木用のサンルームを作れば南方系の植物も育てられるのではないか。いまは妄想の段階だが、自分でも何をやりだすのか分からないほどに、“夢”が頭の中を駆け巡っている。大工仕事も好きなので、改築はなるべく自分でやりたい。しかし、差し当っての私の任務は、来週の来訪時に駐車場の鉄扉のペンキ塗りをすることだ。現実は何とも厳しい。(佐渡屋太郎)

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