遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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梁石日と李良枝――『終りなき始まり』【佐渡屋太郎-vol.276】

春の到来を告げるように咲き出した梅の花

いまは13年3月5日(火)の18時20分。2月分の原稿締め切りを終え、のんびりとした日々を過ごしている。今日は天気がよかったので、朝起きてからベランダに出て、週末に咲き始めた梅の花を愛(め)でた。そろそろ、この男山にも春の兆しが感じられるようになった。原稿の締切りさえなければ、佐渡屋太郎はこのように心静かで、風流な日々を送ることができるのである。思い返せば、先月は20日過ぎから集中的な原稿書きに入って3月1日まで、昼とも夜とも分からない殺伐とした“異空間”でもがいていた。2月が28日までしかないことを忘れていて、それを知った終盤はかなり焦りながらの原稿書きとなった。

それから今日は、3月1日から読み始めた梁石日著『終りなき始まり』の下巻300ページくらいから一気に最終まで読みきった。いま、その最終部分の意外な展開に対する驚きで、半ば放心状態になっている。最後まで読んで、すぐ李良枝(本名・田中淑枝)のことを調べてみた。そのあと、本棚にその著作を探して落胆し、画像を求めてネットをさ迷った。そして、やっとすべての謎が解けて、放心状態に陥ってしまったのだ。いま、作中の人物である「朴淳花」が、『由煕』(ユヒ)で芥川賞を受賞し、37歳で亡くなった「李良枝」(イ・ヤンジ)であったことを知って、梁石日という作家の容赦ない表現と、李良枝の自らのアイデンティティを求め続けた短い人生の対比に頭が混乱している。

梁石日氏の小説は、名前こそ変えてあるが、内容は実話(ノンフィクション)である場合が多い。以前このブログでも取り上げた『シネマ・シネマ・シネマ』(2006年、光文社)も、まさに映画制作を巡って氏の周りで展開されたドキュメントが、そのまま小説となって表されたものだ。『終りなき始まり』の下巻の裏表紙には、「感動の自伝的大河恋愛小説、堂々の完結!」という惹句が書かれている。この本の中にも、主人公である著者自身をはじめ、金時鐘、岡庭昇、故金達寿、新宿梁山泊の金守珍氏など、実在と思われる多彩な人物が出てきて楽しませてくれる。しかし、主人公の愛人であった作中の「朴淳花」が、あの今は亡き故李良枝氏であったとは……。

偶然に探し出した単行本の上巻と、閃いてアマゾンで入手した文庫本の下巻

読者の中には、何を今になって寝言みたいなことを言っているのだと思う人もいるかも知れない。それは、私が古本しか読まないからである。それも本を積み上げて寝かしておいた上で、書名や著者名が気になった本を引き抜いて読んでいるから、時代錯誤の過去の世界に生きている。だから、02年に出版された本を新しく読めるわけである。そして、今になって騒ぎ出しているわけだ。今回も先日のブログを書くため、江副浩正氏の本を探しているとき、『終りなき始まり』の上巻を偶然に見つけた。これは上巻しか買っていないという確固とした記憶があった。だから、今まで読まないで放ってあったわけである。しかし、アマゾンで下巻を手に入れれば読めるのではないかと、そのとき思いついたのだ。調べてみたら、文庫本が1円で出品されていたので注文した。さらにその時の探索で、まだ読んでいない『異邦人の夜』上下巻の文庫本も見つけて、感激した。梁石日氏の本はほとんど読んでいると思っていたが、まだまだ埋もれている本があったのである。

『終りなき始まり』の中で梁石日氏は、主人公文忠明と19歳年下である朴淳花との関係を赤裸々に書いている。さらに、その性描写まで過激で克明に描写している。そんな箇所は作中に数多くあるが、たとえばその1つを抜き書くと、「文忠明が乳房に触れると、それだけで淳花は『あーー』と声をもらした。そして文忠明の首に両手を回し、体をシートに横たえて股を開き、素早く片脚だけパンティーを脱いだ。文忠明もたまらずズボンを半分下ろしてどしゃぶり状態の淳花の中へ挿入した。淳花は呻き声をもらすまいと歯を喰いしばっていたが、喰いしばっている歯の隙間から呻き声がもれてくるのだった。それは錆びた鉄の扉を開け閉めするときの軋みに似ていた」といった具合である。

その一方で、朴淳花を冷静に見つめ、「淳花の過激な性格――熱情、情緒不安定、孤独。淳花は自分の思うがままに生きようとするだろう。たとえ破滅が待っているとしても、その破滅を生きずにはいられないのだ」と、その後の人生を予見している。結局、淳花は忠明と別れ、自分のアイデンティティを求めて伽耶琴を習いにソウルに行き、ソウル大学の国文科にも入学する。そして、別れて4年後、忠明は新聞で、淳花が書いた250枚の小説が文芸誌に掲載されていることを知る。これは忠明にとって意外な出来事であった。

江副氏の本を探しているとき、『終りなき始まり』とともに出てきた『異邦人の夜』

2人が付き合っているとき、淳花は在日同胞の季刊誌から20枚の原稿を依頼された。しかし、2週間もかかって書き上げた原稿を見せられ、忠明はあまりの悪筆に何が書いてあるのか分からなかった。さらに、「誤字も多かった。意味をまったく無視して同音の漢字をでたらめに当てているのである。したがって、意味不明の文章になるのである。それを指摘されると淳花はまた羞恥心に打ちひしがれて泣きだしそうになった」とある。その淳花が5作目でA文学賞を受賞するのだ。そして、別れてから13年後に、それまで見たことのなかった淳花の夢を見た。別れてから1回も会っていなかった淳花は、夢の中で黒いドレスを着て、羽ばたくように両手を広げて微笑んでいた。その日、淳花は心不全で死亡した。享年、37歳。

この最後の展開を、梁石日氏は上巻の単行本365ページ、下巻の文庫476ページの計841ページの長編において、最後の15ページで畳み込んできた。それまではいささか緩慢な流れであっただけに、この意外で急激な展開の最終部に、読んでいる者は圧倒されずにはおられないはずだ。少なくとも私は、しばしの放心状態に陥ってしまった。まだ読んでいない人がいるのに、ここまで説明していいものかどうか迷ったが、書いてしまった。まだ、読んでいなかったのは私くらいのものだろう。また推理小説ではないので、結末を知っていても十分に堪能できると思う。読み終わってから私は、李良枝氏の本を探してみた。しかし、買った記憶はあるが、1冊も発見できなかった。確かに、『ナビ・タリョン』と『由煕』は買った憶えがあり、『由煕』は読んだ記憶がある。しかし、それらは08年の引越しで佐渡に送ってしまったようだ。両方とも1円でアマゾンに出ているし、93年には講談社から全集も出ているようだ。いま、どうしようか迷っている。

ネットを探していて見つけた李良枝氏の画像

李良枝氏は1955年、山梨県南都留郡西桂町生まれ。小学生の時に両親が日本国籍を取得。山梨県立吉田高等学校から、1973年に京都府立鴨沂高等学校に編入して卒業。75年、早稲田大学社会科学部に入学するが、1学期で中退。80年に初めて韓国を訪問。82年、ソウル大学校国語国文科に入学。留学中に書いた「ナビ・タリョン」を『群像』に発表し、第88回芥川賞候補作となる。以後、「かずきめ」(83年)、「刻」(84年)も同賞の候補作となった。88年、ソウル大学校を卒業。そして翌89年、「由煕」で第100回芥川賞を受賞する。この作品は韓国女性の視点から、韓国語ができず自分のアイデンティティを求めてもがき苦しむ在日韓国人留学生の姿を描いたものだ。その後、92年に長編「石の聲」を執筆していたが、5月22日に急性肺炎を罹患し、ウイルス性の心筋炎を併発して死去した。享年37歳。とウィキペディアにはある。著作としては、『かずきめ』(83年、講談社)、『刻』(85年、講談社)、『由煕』(89年、講談社)、『石の聲』(92年、講談社)、『李良枝全集』(93年、講談社)。

実は『終りなき始まり』も92年5月22日、淳花の死んだ日で物語が終っている。その日の夜、酔った文忠明は淳花のことを回想し、「あの夢は何だったのか。この世の最後の別れに、おれに会いにきたのだろうか。輝くばかりの微笑をたたえて誘うように暗闇に消えていった淳花。おれは淳花を裏切ったのだ、という思いが、文忠明の胸の奥で疼いていた。文忠明の目に涙が溢れた。その涙で曇っている瞼に、幾千億光年の宇宙の彼方へ飛翔していく淳花の姿を一瞬、垣間見たような気がした」という描写で最後を締めくくっている。1人の人間が死に、神になっていく瞬間であろうか。かつて愛した1人の女性が、自分の手の届かないところに旅立っていく厳粛な摂理を、ただ見ている梁石日氏の姿があった。

それにしても、高校時代に詩を書き出してから、56歳で1冊の詩集と3冊の小説を刊行した92年までの生活を、リアルに書いた壮大な自伝小説であった。荒々しさとリアルさ、さらに在日社会の濃密な人間関係に惹かれて氏の小説を読んできたが、この『終りなき始まり』は私にとっては最高の一作となった。2人の子供がいる妻と愛人との生活の葛藤は、離婚経験者である私にとって、リアルで懐かしい思い出も誘ってきた。どうして、今まで読んでいなかったのかと不思議に思うくらいである。それは、氏の作品があまり古本屋に出ないからだ。その後、『異邦人の夜』(上・下)(2006年、幻冬舎文庫)も早速、読んでみた。これで手持ちの梁石日作品は全部、読み尽くしたはずだ。その一方で、李良枝氏のことも気になってきている。この事実を知って読んだら、また異なった面が見えてくるかもしれない。「李良枝」というよりは、「朴淳花」のその後の生き方を知りたいという気持ちが強くなってきた。

このブログを書いているうちに訪れてきた春の夕暮れ

思い返せば一時期、鷺沢萠氏を集中的に読んだことがあった。彼女は執筆の取材の過程で、父方の祖母が韓国人であることを知る。それを契機に韓国に留学し、『君はこの国を好きか』などを書いた。しかし04年4月、自宅で自殺する。享年35歳。いまは在日関連の女性作家では、柳美里氏の一本槍になった。彼女は荒々しくてなかなかいい。数年前からブログで、苦しみながら作品を生んでいる様子を見て、密かに声援を送っている。「死ぬ、死ぬ」と言いながら過酷な日々を送っているようだが、あと10年生きていたら飛んでもない名作を物にできると思う。その過酷な日々の連続が、そのまま小説の題材になるからだ。ひとり息子の丈陽君が成人したときの感慨を読みたい。この人も図抜けた才能を持っていると思う。

ところで、先ほど李良枝氏の実物の姿を見たいと思って、ネットを探しまくった。その中に、少し格好を付けすぎだと思うが、生まれ故郷である山梨で、富士山をバックにしたいい写真があった。しかし、無断転載禁止と明記してあったので、ここへの掲載は断念した。見たい人は「まいまい写真部、李良枝」で検索すれば出てくる。それにしても、私の中では「李良枝」と「朴淳花」のギャップが大き過ぎて、いまだに戸惑っている。この戸惑いを解消するには、李良枝氏の作品を読んでみるしかない。しかし、今すぐアマゾンで注文するのか、夏に佐渡へ帰ったとき、“畑の家”に置いてある2万冊の蔵書の中から見つけ出して持って帰ってくるのか。大きな迷いの中にいる。いま、仕事部屋は本で溢れかえっている。また、次に読みたい本も目白押しの状態にある。今読むか、夏以降に読むか。「李良枝」と「朴淳花」、そして、“今”か“夏”か――“いつやるか。今でしょう”というテレビCMもあるが、『終りなき始まり』を読み終わった佐渡屋太郎は、二重の“戸惑い”のなかで激しく揺れ動いている。(佐渡屋太郎)

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