遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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芯を切る(2012佐渡日記②)【佐渡屋太郎-vol.262】

私が切った種類不明の木。この木は柔らかく簡単に切れた

いまは12年9月1日(土)の19時02分。何とか盆休みのあった8月を乗り切り、いまやっと一息付いているところだ。佐渡から帰ってからも、雑用に追われて本業どころではない時期もあったが、いま終わってみれば遠い昔のことのように感じる。とにかく、何回も熱暑のなかを自転車に乗り、山の上と下界を往復した。

そのたびに自分へのご褒美として、古本を買ってきたので、いま部屋の中はえらいことになっている。佐渡から持ち帰ってきたダンボール1箱分の本に加え、それらの本が合流し、せっかく整理したのに、またいつかの“本の山”が形成されしまった。いまレシートを見ながら計算したら、下界へ行くたびに平均14冊の“ご褒美本”を買ってきたことになる。少し買いすぎのような気もするが、それだけ掘り出し物が多かったということにしておこう。

さらにその過程で、私にとっては新たな作家との出会いがあった。その作家とは桐野夏生氏で、いま空いた時間があると、その作家の作品を読んでいる。最初は『対談集発火点』(2009年、文藝春秋刊)で作家自身に興味を抱き、『残虐記』(2007年、新潮文庫)、『東京島』(2010年、新潮文庫)、『OUT』(1997年、講談社刊)と読み継いできた。一度、読み始めるとなかなか抜け出せないので、仕事にもいくらか支障が出るほどになっている。またこの点については、回を改めて報告したいと思っている。とてもではないが、一言では語ることができそうにない。とにかく、オリンピックや佐渡への帰省、さらには思いがけない作家との出会いなど、暑い熱い1ヵ月間であった。

次々と幹と枝を切り落とされていくモミジの木

しかし、4~5日前に原稿を書いていて、ふと蝉の声が聞こえていないことに気が付いた。さらに、自転車で走っていると、セミの死骸をよく目にするようになった。それで、“セミの季節”も終わってしまったのかと寂しい気持ちになっていたのだ。しかし、どっこいセミは生きていたのである。今日、やっと8月分の仕事が終わって、しばし放心していたら、窓の外から地響きのようなセミの声が湧き上がってきた。鳴く時間は確かに短くなってきているが、まだまだ必死に生き延びている“猛者たち”がいるのを、この耳で確かに確認した。したがって、2012年の夏は終わっていない。夏が終わるまでに、佐渡屋太郎はもう“ひと暴れ”したいと、真剣に考えている。

さて、今回のテーマは“畑の楽園”の木についてである。8月分の原稿は何とか書き上げたが、頭がまだ佐渡の後遺症を引きずっており、完全に戻っていない。今年の後遺症は例年に比べ、かなり重症のようだ。前回の土の山に加え、今回の木、さらに竹や植木、本や荷物整理に関して書かないと、気が収まらない状態になっている。それほど、印象の強い作業をいくつも体験してきたということだろう。それを適宜、形に残して記録しておきたいと思っている。

木に関しては昨年、佐渡屋次郎が貴重な戦力となり、畑の西側にある雑木をかなり切り込んだ。その結果、薄暗かった西側全体が明るくなり、健康的な雰囲気に生まれ変わった。私もジャングル植物園の前列に並んでいる松の枝落としをやらされた。したがって、今年は春の暴風で倒れたという竹薮の整備くらいでいいだろうと考えていたのだ。しかし今回、母親から出たのは、“木の芯を切れ”という大胆な命令であった。つまり、木が高くなるのを防止するために、主幹を切って“縦の成長”を抑え込もうという作戦であった。枝落としという“横の成長”を止める対症療法からさらに一歩進め、ついに“芯切り”という根本療法へ乗り出す決心をしたようだ。ただ、その“芯”を切るのは、当然ながら母親ではなく、私たち兄弟の任務となる。

弟によって切り落とされたモクレンの木

この作戦自体に関しては、実に“的”を射ていると思う。いくら毎年、枝打ちをしていても、木はどんどんと成長を続けていき、最終的には我々の手に負えないような高木(こうぼく)・巨木になってしまう。そうならせないためには、枝ではなく幹を切り、上への成長を止めておかなくてはならない。しかし、その作戦はもっと早い時期に展開しておくべきであったと私は思う。すでに、“畑の楽園”の周りにある木々は、十分な高木へと成長してしまっている。その主幹を切れといっても、その幹はもう十分な太さになっているのである。

一方、私たちが持っているのは、いとこのMの家から借りてきた5mほどの三脚ハシゴと、ノコギリしかない。これからはチェンソウが必要なことを痛感した。5mのハシゴを掛けて木に登り、先の方の幹を切るといっても、これはかなりの重労働となる。その辺の現場の苦労への想像力が、“ゆうだけ番長”には少し欠けていたと思う。その結果、作業は昨年を上回る大規模なものとなり、私たち兄弟の体力と根性が試されることとなったのである。

弟の主戦場となったのは、昨年と同じ畑の西側の雑木群であった。そこでの一番の大木は杉であるが、これにはさすがに手を付けることができない。幹は太いもので直径50cmくらいあり、高さも15mは超えているであろう。これはいずれプロに頼むか、チェンソウで根元から切り倒すしかない。弟が格闘していたのはモクレンの大木である。芯となる主幹の直径は、30cm以上もあった。それをハシゴに登り、小型ノコギリでシコシコと切り進み、ついにその丸太を切り落としたのである。本人にとっては、物凄い達成感であったと思う。こういうことに異常な“やりがい”を感じるのは、小さい頃、木こりになりたいと思っていた弟の本能と大きな関わりがあるのではないかと思う。

弟によって芯切りされた西側の雑木林

焼却場で焼いたときも、その丸太は最後まで焼けずに残っていた。弟は「これはおれが切った丸太だ」と言って、感慨深げに焼いていたのが印象的だった。そのほか、柿の木や椿など、情け容赦なく太い幹が切り倒されていった。その結果、不気味な高木の密林から、中木(ちゅうぼく)の可愛らしい雑木林へと変わっていったのである。もちろん、全体が昨年よりさらに明るくなり、林から庭といった感じになった。いま、あの時の労働風景を思い浮かべると、いよいよ来年はチェンソウの登場だという気がしてならない。一度、いとこのMから借りて、その効力を試してみる必要がある。

一方、私の担当は、畑の家への通路脇にある高木の芯切りと、ジャングル植物園内にある植木の剪定であった。最初に取り組んだのは、ジャングル植物園内にある植木の剪定。昨年、枝落としをした一列に並んだ松は、1年のうちに驚くべき成長を遂げていた。高さは4~5mほどだが、これくらいになるとドンドンと成長速度を上げていく。そこで今回は母の指示に沿い、頭頂部の幹を中心に刈り込んでいった。さらにその作業が終わると、園内にある背の高い木の主幹や太めの横枝を、容赦なく切り落としていったのである。これらは父が観賞用の植木にするために、あちこちから持ってきて植えたものだ。

それが30年の歳月の経過によって、高さ3mを超す雑木林に変身しようとしている。さらに、将来の姿を想像することなく無闇やたらに植えたために、木と木の間隔が成長とともに狭くなり、ジャングルのようになってしまっている。これでも母は、父の死後に松の1列を切り倒し、さらに邪魔になる何本かの木を切って、風が通るように整備したのだという。このことを知ったら父は激怒するに違いない。しかし、死んでしまった人間には手も足でない。それをいいことに、その後さらに成長してきた木々の管理を今度は息子に任せ、さらなるジャングルの開拓を目指しているのである。

弟によって無残にも頭を切り落とされたツバキの木

しかし、私には父と同じように収集癖があるし、植木育てにも並々ならぬ情熱を傾けている。だから、木の切り方にも愛情がこもっていた。自分の植えた木たちが、こんなに成長したならどんなに嬉しいかと思う。ただ、さすがの私もこのジャングル植物園の現状を見ると、手を下なければならないと決断した。木々の頭を落とし、張った横枝を払って、それぞれ独立した木として見られるまでに形を整えた。

そして翌日、弟は昨日に切った大量の幹や枝の焼却に専念することになった。しかし私は、畑の家への通路脇の整備の仕事が残っている。ここにはモミジ、ヒバ、ねむの木などが茂っていた。それら上部の幹や枝を次々と切っていくのである。私はいま京都で必死になってモミジの木を育てている。その人間が片方で、佐渡で育ったモミジの大木の枝を切り落としているのだ。何たる矛盾であろうか。そんなことを考えながら作業をしていると、枝運びに疲れた母親が、私の作業を座り込んで見ている。その姿を見たとき、私は悪い予感がした。昨年もこんな状況からひどい目に遭っている。

私によって芯切りされたヒバなど通路脇の木々たち

しばらくすると、やはり母親から声が掛かってきた。その声は、「その横も切れ」「その上の枝も切れ」といった内容である。これは幼い頃からの習慣であったと思われるが、人が仕事をしていると指示をしなければ気が済まないという性分を母親は持っている。危ないことはするなと言いながら、発せられた指示は実に危険で過酷なところまでの枝切りを要求しているのだ。その指示により、モミジの枝は次々と通路に切り落とされていった。

ここまで切っておけば日が差し込み、その下で育っている小木もすくすくと育っていくに違いない。事実、通路と竹薮の間には、多くのモミジの苗が群生していた。それを掘り起こして京都に持ってきたのは言うまでもないだろう。その件は、また回を改めて報告したいと思う。それにしても2日間にわたって、木を切りに切りまくった。いま、ベランダでは昨年に挿し木したガジュマル、ドングリから目を出したシラカシとナンキンハゼが急成長し、1mを超えるくらいに伸びてきた。この芯切りをしようかどうか迷っている。3年前、和歌山から採ってきたウラジロガシはすでに芯切りをしてしまった。鉢植えの芯切りは、ハサミで簡単にできる。このブログを終わったら、まずガジュマルの芯切りから、決行しようと思っている。(佐渡屋太郎)

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