遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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パチンコをしない理由【佐渡屋太郎-vol.235】

読了またはいま読んでいる“厚い本”とこれから読みたい“厚い本”の一覧

いまは3月3日(土)の17時25分。今日は“ひな祭り”で、久し振りのいい天気だった。そろそろ春の気配が濃厚になってきている。寒い日と暖かい日が交互にやってくる“三寒四温”を経ながら、徐々に春に近づいていくのだろう。それにしても今年はやけに“春の訪れ”が待ち遠しい。きっと、今年の冬が特別に寒かったせいだろう。雪国にいた幼かった頃の感覚を、いま懐かしく思い出している。あのころも“春”が心底、待ち遠しかった。

実はいま、ある人物の半生記を書いており、この週末までに原稿を送らなければならない。数日前から書き始めて、やっと最終までの見通しが付いてきた。そこで夕方にもなってきたので、いつものように酒を飲み始めたわけだ。今週はそんなこともあり、このブログの原稿は書けないと諦めていた。しかし、気分転換のつもりでネットを見ていたら、気に掛かる記事を見つけてしまった。酒を飲んでいることもあり、気が大きくなって冒険をしてみる気になった。果たして、半生記は明日までに書き上げることができるのだろうか。

あと1つ、備忘録として記しておきたいのは、先週から“厚い本”を読み始めていることだ。その目的は、積み上げている本の山を何とか減らすことにある。そこでいままで“厚さ”ゆえに敬遠していたものに手を付けることが、“山を削る”早道ではないだろうかと閃いたのである。私はここ数10年、月に最低10冊以上の本を読むことを自分に課しており、いままで何とかクリアしてきた。年間にしたら140~150冊は読んできた。その記録は「読了本一覧」というタイトルをつけ、18歳から読んできた本の読了年月日、書名、著者名、刊行年、出版社名を書き綴ってきた。

その分厚い手帳もすでに5冊目になっている。先日、資料整理をしているときに、その古い手帳を見つけて驚いてしまったことがある。それは、97年=280冊、98年=238冊、99年=242冊という記録があったからだ。ちょうど、出版社を辞めて、パチンコ業界に入ったころである。それまで本作りに追われていたことの“反動”で、むさぼるように本当に自分が読みたい本を読んだ時期であったようだ。果たして、仕事はちゃんとしていたのか不安になる読書量だ。しかし、いま思い返すと、長時間勤務の出版社時代を別にすれば、その頃が1番、熱心に仕事をしていた時期でもあった。

先週前半は『永遠の仔』(天童荒太著、1999年、幻冬社刊)を読んだ。2段組で上巻=442ページ、下巻=493ページという手応えのある作品であった。いまは『8月の果て』(柳美里著、2004年、新潮社刊、832ページ)の大物に挑んでいる。今後に読む予定にしているのは『女優杉村春子』(大笹吉雄著、1995年、集英社刊、465ページ)、『宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作-』(高沢廣皓司著、1998年、新潮社刊、527ページ)、『ソフィーの世界-哲学者からの不思議な手紙-』(ヨースタイイン・ゴルデル著、池田香代子訳、1995年、日本放送出版協会刊、667ページ)、『コンプリート マドンナ』(J・ランディ・タラボレッリ著、吉澤康子訳、祥伝社刊、492ページ)、『わが父・小平-若き革命家の肖像-』(毛毛著、長堀祐造他訳、1994年、徳間書店刊、Ⅰ=425ページ、Ⅱ=434ページ)、『だれが「本」を殺すのか』(佐野眞一著、2001年、プレジデント社刊、461ページ)などである。

一方、文庫本では、一度読んだことはあるが、『細雪(全)』(谷崎潤一郎著、1983年、中公文庫、936ページ)という1冊本を買っていて、これが圧巻である。他に『百年の旅人たち』(李恢成著、1997年、新潮文庫、726ページ)もまだ読んでいない。さらに、『血脈』(佐藤愛子著、2005年、文春文庫、上巻=637ページ、中巻=684ページ)に至っては、まだ下巻を買っていないことも判明した。

また、単行本でも大学生の頃に買って、度重なる引越しがあっても常に手元に置き、いつか読みたいと思ってまだ読んでいない『夜よ、さようなら-パリ娼婦の自伝』(ジャンヌ・コルドリエ著、谷口侑・谷口正子訳、1979年、読売新聞社刊、2段組=403ページ)といったものもあった。これらを一気に“読破”すると、心に決めた。どんな長いものでも読み上げる自信はある。積年の課題に挑戦する新たなテーマが発見できて、いまの佐渡屋太郎は久し振りに燃えている。

様々な気持ちを抱きながら遊技台に向かうパチンコファン

思わず、とんでもない横道にそれてしまった。いま、こんなことをやっている時間の余裕はない。今回のテーマは、ネットで見つけた記事である。それはボイスコムがインターネットで行なったパチンコに関するアンケートだった。調査は2月1日から5日まで実施され、全国の男女1万3557人が回答したという。この種のアンケートはパチンコ業界でもやっており、これまでに何回も分析記事を書いたことがある。しかし、この調査には目を奪われた。その理由は2つあり、1つ目はパチンコ“絶不調”の今の時期の調査であること。2つ目は質問項目がリアルで、現状におけるファンの肉声を聞いたような気がしたからだ。では早速、その中の「パチンコをしなくなった理由」というアンケート結果の、上位10位までの 理由と割合を列記してみる。

【パチンコをしなくなった理由】(母数=6936)
①「時間やお金の無駄だと気づいた」=38.8%
②「興味がなくなった、飽きた」=28.1%
③「試しにやってみただけ」=21.1%
④「パチンコ・パチスロをするのにお金がかかる」=18.9%
⑤「お金に余裕がなくなった」=18.4%
⑥「時間に余裕がなくなった」=14.8%
⑦「あまり勝てなくなった」=14.6%
⑧「店内の環境(たばこの煙や騒音など)が悪い」=12.6%
⑨「客層が悪い」=6.2%
⑩「ギャンブルを全般的にやめた」=6.1%

この結果を見て、パチンコ業界の関係者はどのように感じたのだろうか。私は至極、真っ当な意見であると思う。これが常識を持った社会人の“普通の感覚”だろう。特徴的なのは上位10項目のうち、5項目が「お金」つまり投資金額への不満である。これも今の御時世を如実に反映している。日本の経済事態がデフレスパイラルに陥ろうとしているとき、パチンコの投資金額がいままで以上に突出している印象が、より強まっていることは確かだろう。

もう、この点については10数年も前から業界内で議論もあったし、具体的な行動が取られたこともあった。しかし、現状を変えるまでの支持を得られず、その多くが挫折していった。たとえば、遊技機に関しては初期投資額の低減や玉持ち維持、低射幸性機をはじめとした課題への取組み。また、ホール関して利益構造の見直し、薄利多売を基本とした顧客本位の営業、快適な遊技環境の実現などである。しかし、目先の販売台数や売上の維持に固執するあまり、これまでの既存路線からの“脱却”ができなかったというのが現状だろう。

そうした“人心”から離れた営業を長期間にわたって続けると、一体どういうことになるのか。それが、今回のアンケートを見て私が目を引かれた点でもある。つまり、①「時間やお金の無駄だと気づいた」=38.8%、②「興味がなくなった、飽きた」=28.1%という意見が、トップ2に入り、合わせて全体の66.1%を占めたことだ。これはファンであった人たちの心の中で起きたパチンコというゲーム自体の“否定”である。

前回は「嫌パチンコ派」による“パチンコバッシング”という正面攻撃を取り上げた。しかし、その一方で「親パチンコ派」のなかでも、このような“内部崩壊”が起こっているのである。実は、こうした冷ややかな反応の方が、“パチンコバッシング”よりも怖いと私は思う。時間やお金の無駄、興味がなくなった、飽きた――こう思いながら多くのファンは、ホールから去って行ったのである。これはパチンコ営業にとって、その活動を根底から否定されたような言葉ではないだろうか。しかも、その言葉が至極真っ当な理由となっており、多くの人に共感を与えるのだ。

遊技客で賑わうホールだが、その陰にホールを去って入った多くのパチンコファンもいる

こうした“普通の感覚”を持った多くのファンが去ったあと、ホールはどうなっていくのであろうか。10年近く前から“へビーユーザー重視営業から脱却”という言葉が叫ばれるようになった。その間、低貸営業なども行なわれた。しかしその根底にあったのは、稼働アップの手段としてであって、多くのホールで顧客に対する営業方針は変わらなかった。冷静に考えてみればよく分る。経済環境が悪化の一途を辿る現況下で、1回に1万円近くも必要な遊技に行く人は果たしてどれだけいるのだろうか。また、期待する勝ち率もどんどん低下している。

こうした現状からの“乖離”に、何ら有効な対策を打てなかったのが、パチンコ業界である。その一方で、訳の分からない絶叫型の宣伝ばかりを繰り返している。これでは世間から、そしてファンから見放されても当然だろう。その結果、ホールの客は“へビーユーザー”どころか、1部の偏向傾向のある“マニア”ばかりになっていくのではないだろうか。かくしてパチンコは“身近で手軽な大衆娯楽”から“ギャンブル志向で閉鎖的なマニアゲーム”に変貌していくのかもしれない。今でもその予兆は見られる。「客層が悪い」という意見に、失礼だが私は笑ってしまった。公明正大な大衆娯楽になれなかったパチンコは、また昔の穴のなかに帰っていくのだろうか。

「船頭多くして船山に登る」「大山鳴動してねずみ一匹」「馬耳東風」「暖簾に腕押し」――いまはこんな心境になっている。換金問題をはじめ業界改革のために侃々諤々の議論をしたことは、一体どこに行ってしまったのだろう。結局、何1つとして重要課題の解決は図れなかった。散々、議論しても何1つ決められない今の政治に似ている。互いの思惑があるために、国民(ファン)のため、子孫(次世代業界人)のためという最優先事項がなおざりにされているのである。そして結局、行政の思惑(指導)で事が決してしまう。これで本当にいいのだろうか。いけない。ブログに没頭しすぎた。そろそろ本業の原稿書きに戻ることにしよう。(佐渡屋太郎)

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