遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

パチンコ業界情報なら遊技租界!最新!本日のパチンコ業界ニュースからパチンコ業界の製品情報まで話題満載ブログ!

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

“減収減益”に陥ったマルハンの現状【佐渡屋太郎-vol.222】

佐渡の小木港沖に沈む夕日

いまは9月27日(火)の16時55分。明日に2年ぶりの引越しを控え、今日の佐渡屋太郎は久しぶりに燃えている。先程、自分の人生を振り返って、これまでの引越し回数を数えてみた。そしたら何と明日の引越しは、我が人生で13回目になることが判明した。これまで12回の内訳は、東京(3回)、北九州(2回)、京都(4回)、大阪(3回)となる。

“放浪癖”は何とか治ったと思っていたが、長い目で見るとやっぱり“移動“を繰り返していることが分かる。今回は大阪から京都への引越しとなった。また、“母なる京都”へ戻っていくわけだ。京都とはやっぱり妙な“縁”があるようだ。なお、念のために言っておくと、今回の引越しは私の発案ではない。Y嬢の家庭の事情で、実家に近いところに住まなければならなくなったのだ。

当初、Y嬢は恐縮していたが、引越しの提案に佐渡屋太郎が反対する訳がない。本人よりも積極的に話を進めてしまった。私の条件は3つだけ。1つ目はベランダが南向きで広いこと。2つ目はベランダからの景色がいいこと。3つ目は自分の部屋が確保できること。つまり、私にとっての引っ越す最低条件は、植木を育てられる環境とスペースを確保すること。さらに、本や資料とキャンプ道具や釣り道具を収納できるスペースがあれば、どこでもいいいということだ。

昨日は無事に、70鉢の植木を3日掛かりで運び込んだ。これだけは引越し業者に任せられない。と言うより、引越し業者が嫌がって、植木はこちら側が運ぶことという条件を付けられてしまったのだ。しかし、その間もY嬢と荷物のことで過酷な“闘い”があった。私はこのグログでも書いたが、2年前にコレクションの大部分を“佐渡”に送るという、身を切られるような“地獄の体験”をしている。それは肉体的にも精神的にも大変に厳しいものであった。

雨の中、小木線の“七曲り”から見た真野湾

あれから2年、Y嬢から本がまた少し増え出しているという指摘があった。さらに今回、とくに問題になったのは、鉢や土や肥料など植木用品が異常に多いという事実であった。以前の京都の拠点や事務所にあったものを、とりあえず大阪の拠点に持ち込んだからだ。その量は佐渡屋太郎から見れば“屁”みたいなものだが、徐々に減らしていくということで合意が得られた。またいずれ、故郷の佐渡に送ることになるだろう。怒りに震える“母”の顔が見えるようだ。

ということで、今回は無事に引越しの荷造りが進んでいった。2年前、1人で120個の荷造りをした佐渡屋太郎から見れば、こんなものは“屁”みたいなもので、子供の“ままごと”のような実にかわいい規模であった。しかしその作業をしながら、なぜ私の周りにはこんなに物が増えていくのだろうかと考えた。空気を吸うだけで太る人がいるが、私の場合は生きているだけで物が増えてくる。結局、買い過ぎと捨てられないことが原因であることは分かっている。しかし、捨てることを前提にして、物を買っているわけではない。

この問題は、これからじっくりと考えてみることにしたい。しかし、やっと捨てる決心が付いたときは、“死の前日”だったということも十分に有り得る話だ。まあ、こんな葛藤を続けながら、死ぬまで生きていくことになるのだろう。さらに今回の引越しで驚いたことは、その移転先がM師匠の家と目と鼻の先にあったことだった。M師匠は、私が放浪をやめて東京から京都に移り、“定住”を始めた頃にとてもお世話になった人である。関西では有名なコピーライターであったが、すでに現役を引退し、いまNPO法人を立ち上げて丸木船などを作っている。

しかしまだ、M師匠には引越しのことは連絡していない。何だか嫌な予感がするからだ。師匠も無類の酒好きで、会えば近所の飲み屋で連日にように飲むことになり、最後には丸木船を彫らされるのではないかと怯えているのだ。しかし、この世の中は不思議な“縁”で結ばれている。今回は京都に呼ばれ、M師匠に呼ばれたような気がしている。今から24年前、佐渡屋太郎は日本に帰ってすぐに、中国からインドまで一緒に旅をした女の子に会うために、京都にやってきた。

船客の差し出す「かっぱえびせん」や海苔巻き煎餅に寄ってくるカモメ

そして、一時停泊のために下ろした碇(いかり)が、“京都”という岩礁に引っ掛かり、もがき苦しみながら京都で生きることになった。そのとき、心の支えになってくれたのが、M師匠であった。当時、狂っていると言われた私の目から見て、唯一のまともな人間だった。M師匠もある意味では、狂った人間であった。しかし一度、佐渡屋太郎は京都の苦しみに耐えられず、大阪への逃亡を試みた。ところが、また京都に引き戻されることになってしまった。それは物凄い力であったと言うしかない。これも運命だろう。何か大きな意味があるのではないかと思っている。そのことを考えると、佐渡屋太郎はやっぱり丸木船を彫る運命にあったということなのだろうか。

こじつける訳でないが、マルハンの本社も京都にある。私が京都の出版社にいた頃は、マルハンの京都本社脇を流れる高野川で花見をし、出町商店街を酔ってふらつきながら毎夜のように徘徊していた。今年、マルハンの会社説明会はホール組合の総会とぶつかって、取材に行けなかった。そのため、後日にその資料を送ってもらった。しかし、総会や盆休みのための前倒し進行、引越し騒動などいろいろあって、やっと今になってその資料を眺めてみる気になった。

問題はこれまで急激な右肩上がりの成長を続けてきた同社が、03年以来の“減収減益”を記録したことだ。具体的には、売上高が前年比で320億円(3.9%減)の減収。利益面では、営業利益が同じく65億円(11.6%減)、経常利益が67億円(12.0%減)、当期純利益が53億円(19.4%減)の減益という結果になっている(下の図表参照)。

【マルハンとダイナムの11年3月期実績一覧】 ※( )内は前年同期比

        マルハン         ダイナム
売上高  2兆389億円(▲3.9%)    8530億円(▲0.5%)
営業利益    491億円(▲11.6%)    280億円(▲16.3%)
経常利益    487億円(▲12.0%)    273億円(▲14.7%)
当期純利益   220億円(▲19.4%)    126億円(10.7%)

この要因として同社では、減収については、貸金業法の改正やAPEC開催に伴う入れ替え自粛などによる稼働の大幅低下を挙げた。一方、減益に関しては、利益幅の少ない低貸市場の拡大などを挙げている。つまり、4円パチンコのファン離れと、低貸市場の拡大が、同社の収益構造を激しく圧迫するまでに進行しているということだろう。ではその実態は、どのように変化してきたのだろうか。

見事な飛翔姿で船を追ってくる佐渡の“カモメ軍団”

まず、稼働の推移を見ると、パチンコは09年3月期=3万5728個(前年比287個減)→10年3月期=3万4585個(同1143個減)という減少傾向にあった。そして、11年3月期はさらに3万1242個(同3343個減)という大幅な落ち込みを記録している。一方、パチスロは、09年3月期=1万3934枚(同694枚増)、10年3月期=1万4684枚(同750枚増)、そして11年3月期も1万5066枚(同382枚増)と確実に回復基調にあることが分かる。

このパチンコにおける稼働の大幅低下が、同社ホールの“競争優位性”にも少なからぬ影響を及ぼすことになった。これまで同社のホールは、エリア内で9割以上が地域1番店の地位にあった。それが去年から今年にかけて、いくつかのエリアで他社のホールに1番店の地位を奪われるという現象が起こってきたのだ。

その結果、10年3月期と11年3月期を比べると、地域1番店=93.8%→89.4%(4.4ポイント減)、地域2番店=5.0%→7.9%(2.9ポイント増)、地域3番店=1.2%→2.7%(1.5ポイント増)という比率となった。新店では必ず1番店を取れるわけではなく、既存店では1番店から2番店、2番店から3番店へという他店による“下克上現象”が起こってきたというわけだ。

年間で見ると、8月から11月にかけて、大きな稼働低下現象が起こっている。例年でもこの時期は稼働が落ち込むのだが、前期は前述のAPEC開催による入れ替え自粛が10月から11月にかけて行なわれ、その落ち込み幅をさらに大きくしたようだ。参考までに同社の平均稼働を月別に見ていくと、10年4月=66.0%、5月=64.1%、6月=61.6%、7月=65.4%、8月=62.8%、9月=60.3%、10月=58.5%、11月=55.9%、12月=59.3%、11年1月=62.6%、2月=63.8%、3月=60.3%という流れになっている。とくに、このところ60%の稼働を切ることがなかった同社が、10年10月に58.5%、11月に年度最低の55.9%、12月に59.3%を記録した。

その間の経費の動きを見ると、広告宣伝費は概算で7月=11億円から8月=7億5000万円、9月=6億7000万円、10月=6億1000万円、11月=6億4000万円と絞込み、12月からは10億2000万円くらいに膨らませている。一方、機械入替費は4月から9月まで月に40億円から70億円を掛けていたのが、10月には入れ替え自粛で30億円ほどに減少している。

つまり、ここで何を言いたいのかというと、さすがのマルハンでも新台入れ替えと宣伝広告を抑えれば、確実に稼働は低下してくるということだ。しかも、その落ち込み幅は他社のホールに比べて大きく、競争優位性も低下してくるという数値的なデータが出たのだ。これは個人的に、実に貴重な資料であると思う。

このデータから分るのは、マルハンの“競争優位性”の大きな柱の1つが、大量の機械入れ替えと他社と比べて膨大な宣伝広告費にあったということだ。これまでホール業界自体も大なり小なり、その傾向にあったといえる。資力のあるホールがその資力を機械入れ替えと販促に投入し、稼働を上げていく。その稼働の上昇によって得た利益を顧客還元と新店の店舗展開に投入し、ホールの信用(ブランド)の向上と会社としての規模拡大につなげてきた。

カモメの羽根が持つ美しさには、毎年うっとりとしてしまう

しかし、ファンの消費マインドや資力の低下、さらに今回の広告宣伝規制によって、その“ビジネスモデル”が徐々に崩れ始めているのではないだろうか。その大きな“転換点”を、マルハンの減収減益に見たような気がする。これはマルハンだけの問題ではなく、ホール業界全体に言えることだと思う。現状のファンの実態を踏まえて、これからのホール営業のあり方を根本的に問い直す時期に来ている。それは、ファンをはじめとした業界内の動向だけでなく、行政をはじめとして水面下で進む“業界包囲網”が、そのことを如実に物語っているように思う。もしかしたら、その転換はすでに遅すぎたのかもしれない。

一方、収益構造の変化をもたらしたのは、“低貸営業”の拡大である。4円パチンコの客離れによって、マルハンも低貸へのシフトを強めざるを得なくなったというのが本音だろう。現在、同社の低貸導入店舗は全269店のなかで252店を占め、全体の93.6%にも上っている。北海道、東北エリアの店舗に至っては、すでに全店舗で低貸を導入している。

さらに、全パチンコ台に占める低貸パチンコ台の比率も次第に高くなってきた。08年からの推移を見ると、08年=5.1%、09年=11.9%、10年=18.6%、11年=24.6%。すでに全パチンコ台に対し、1/4のラインを超えようとしている。同社の低貸はほとんどがパチンコであるので、全遊技台数に占める低貸台数の比率は18.2%で、競合店舗の23.4%や15分商圏内の店舗の26.8%よりは低いが、徐々に他店レベルに近づいてきていることが分る。

では、実際に店舗での営業はどのように行なわれているのか。まずは、1店当たり台数比率から見ていくと、11年4月時で4円パチンコ=55%、低貸パチンコ=19%、パチスロ=26%。低貸パチンコは、全遊技台数のほぼ2割を占めるまでになっている。そして、この“低貸パチンコ”はこの2年間で倍増している。09年=10%、10年=15%、11年=19%という急増振りだ。

一方、「4円パチンコ」は09年=67%、10年=63%、11年=55%と激減している。これが同社の減収減益の大きな要因となった、“4円パチンコ離れ”を如実に語る数値データと言える。パチスロは、09年=23%、10年=22%、11年=26%と堅調な回復傾向を辿っている。そして、最も注目すべきその台数比率による11年4月時の稼働比率は、「4円パチンコ」=53%、「低貸パチンコ」=21%、「パチスロ」=26%という実績だった。台数比率と稼働比率を比べると、「4円パチンコ」=-2%、「低貸パチンコ」=+2%、「パチスロ」=±0%。稼働的には「低貸パチンコ」に、まだまだ伸びる余地はある。

こうした結果を見ると、他社よりは持ちこたえたが、さすがのマルハンも“低貸の波”には打ち勝てなかったということを感じる。その“臨界点”を迎えたのが11年3月期の決算であり、それが“減収と大幅利益減”になって現れたと見るべきだろう。パチスロ比率を上げるのか、さらなる経費節減に励むのか、それとも営業形態の根本的な改革に乗り出すのか。いずれにしても大幅な収益構造の見直しが必要なことは確かだ。

気性は獰猛であるが、意外とかわいい目をしている

さらに個人的な意見を述べさせてもらえば、これは“低粗利時代”への完全移行と見ることもできるのではないか。今後は“薄利多売”もしくは“薄利少売”のホール像が、さらに明確になってくると考えている。しかし言ってみれば、これが本来のパチンコホールであって、ファンを大切にすることにつながってくれればと願っている。

そのためには、大型店での進出、新台の大量導入、多大な出費による販促合戦という“店舗間競争”に費やしてきた経費の無駄な部分を互いのホールがカットすること。その分を顧客還元に当て、来店客から信頼され、喜んでもらうという効率化の道を歩んでもらいたい。それが本来のパチンコホールのあり方であり、“顧客本意の営業”はないかと思う。

思えば、パチンコは“突出”しすぎた。それには社会的な背景もあった。遠くはバブル時代、さらにその後のバブル崩壊と社会不安の増大のなかで、国民の“陽と陰のストレス”が高まっていった。そのストレスを解消するために、国民はより強い刺激を求め、パチンコもそれに同調して大きな役割を果たしてきた。そして、その結果として業界は膨れ上がっていった。しかし、最も浮かれていたのは、業界自身だったのではないだろうか。裏舞台から表舞台に立って、本来の自らの姿を見失っていった。

表舞台に立ち続けるのなら、それなりの自覚を持ち、社会的な要請にも応えなければならない。しかし、この業界はそれができなかったし、これからも業界全体として社会を納得させる存在になれそうもないと思わせる事象が次々と露見している。したがって、与えられたテーマをクリアできなかった、もしくはクリアしようともしなかった業界は、手足を縛られて、もとの裏舞台に帰っていくしかない。社会的な要請もその点にある。ついに、“この業界は変われなかった”というのが、残念ながら正直な感想だ。

これからいくつもの試練が襲ってきて、否応なく元の“パチンコ屋”に帰っていく作業が始まる。これからは、その中で地道に顧客を喜ばせていくしか、ホールの生きる道はない。それが本来の“パチンコホールの道”であったのかと近頃、しみじみと思っている。無念さや悔しさは募ってくるが、これがパチンコホールの“運命”であったのかもしれないと感じる昨今だ。近頃、急に冷えてきた秋風が、身に沁みてくるようになった。なお、今回は入れる適当な写真がないので、佐渡からの帰りに撮った海とカモメの写真を入れておく。 (佐渡屋太郎)


┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘
banner_22.gifにほんブログ村 パチンコブログへ人気ホームページランキング
ブログランキング★まじめな話題 ブログランキング★パチンコ ブログランキング★パチスロ
┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘┘
スポンサーサイト

| 最新機種情報 | 16:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://yugidasuka.blog112.fc2.com/tb.php/448-394b44ee

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。