遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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ぱちんこ情熱リーグ-①(パチンコ玉三郎黒崎店篇)【佐渡屋太郎-vol.215】

写真キャプション=オープニングセレモニーで「よさこい」を踊る参加スタッフの有志


いまは6月25日(土)の19時50分。今日も大阪は物凄い暑さだ。一体、今年の夏はどうなるのかと、天の神様に聞きたい。今からこんなに暑くていいのか。マジで今年の夏を乗り越えられるかどうか不安になってきた。事務所に来るだけでも命がけだ。実は昨夜、点滴も打ったので早めに帰途に着いたところ、パチンコ村の一角で偶然、“猪八戒”とTちゃんに遭遇してしまった。いやな予感がした。2人ともすでに赤い顔をしている。ブログ原稿を送った連絡を入れたときは、留守電になっていた。その頃、2人で飲んでいたのであろう。

“猪八戒”にブログ原稿のことを伝え、「今日は点滴を打ったので、早く帰るわ」とすれ違おうとしたとき、すでに佐渡屋太郎の左腕はがっちりと“確保”されていた。そして、“今日は点滴を打った”と叫びながら、また飲んでしまった。実を言えば、事務所で原稿を書いているときからチビチビと飲んでいた。Tちゃんからも、「佐渡屋さん、体調が悪いでしょう。顔がむくんでいますよ」と言われてしまった。だから、微熱が続き、今日は点滴を打ってきたと最初から説明しているではないか。こうした2人とその夜は飲み、今日はまだ奇跡的に生きている。

その生きている幸せを噛み締めながら、6回連載の「ぱちんこ情熱リーグ」の2回目をお届けする。参考までに言うと、微熱の原因は、徹夜で原稿を書いた翌日、早朝から雨の中を取材に行き、それが冷房のガンガン効いた中での長時間取材となって風邪を引いたからだと、私は思っている。本来なら持ち前の“体力”で乗り切れたはずだ。それができず、つい“点滴”に頼ってしまった。ここにいまの私の“弱さ”の根本原因がある。今夏は高校生時代に戻り、徹底的に体を鍛え直す必要があることを痛感した。それがあと5年で死ぬか、あと20年生きられるかの境目だと密かに考えている。“あと20年の体づくり”を目下のテーマとして掲げたい。

さて、今回から5回にわたり、決勝大会に進出したホールの紹介をしていく。ただ、大会でのプレゼンの様子をレポートしても、あまり意味がない。本当に知りたいのは、どんなことをきっかけにして、どのようにホールが変わっていったかということだろう。その点について、パチンコ雑誌で書いたことを基にして、検証していきたいと思う。

写真キャプション=ホール紹介で、自店の自己紹介を行なう「パチンコ玉三郎黒崎店」のスタッフ


これら5店舗は、参加した301店舗のなかで傑出した高得点を挙げた。しかし、もともと“優良店”であったわけではない。全スタッフによる“店舗改革”、すなわち“もっといいホールにしたい”というスタッフ全員の気持ちと団結力が、参加した他のホールより強かったのではないだろうか。では、その改革のきっかけはどこにあったのか。その改革によって、ホールはどのように変わったのかを重点的に見ていくことにする。  

一方、そこには参加した他の店舗と同じようなドラマがあったはずだ。ホールや顧客、そして仲間や自分が変わっていくドラマを体験することが、“改革の原動力”となる。高得点を取ることも大切だが、改革のドラマを体験することがまず必要だろう。その代表的な成功事例として、5店舗における改革の流れを参考にしていただきたい。

1つ目のホールは、新潟市西区の「パチンコ玉三郎黒崎店」である。このホールは08年12月、閉店した既存店を買い取ってスタートした。内外装を一新し、「低玉貸専門店」としてのグランドオープンだった。しかし、幹線道路から遠く離れた立地、老朽化した設備、新しいバイパスの開通を見越した大型店の相次ぐ進出で、オープンから低空飛行が続いていた。このままだと“閉店は時間の問題”というところまで追い詰められていたのだ。その間、2人の店長が“無念の涙”を飲んで、このホールから去っていった。

写真キャプション=ステージ上でプレゼンを展開する「パチンコ玉三郎黒崎店」のスタッフたち


そして“起死回生”を目指し、10年8月にリニューアルという“最後の勝負”に打って出ることになった。そこに乗り込んできたのが、3代目となる瀧田圭吾店長だった。ちょうどリニューアルオープンの5ヵ月前のことだった。しかし、パチンコ240台、パチスロ72台、総台数312台の小型店では、ハード主体の正攻法や物量作戦では、体力が続かない。さらに、“低玉貸し専門店”という特徴も、すでに差別化戦略としては効力が失われつつある時期に差し掛かっていた。

そこで瀧田店長が立てたホール改革の方針は、徹底的な“接客サービス”によるソフト戦略だった。接客によって自店の“ファン”を増やし、地域の中で愛されるホールに生まれ変わろうと考えたわけである。一方、その改革の主体となるスタッフたちの“意識”は希薄だった。顧客の数が減ってきたことは身を以って感じていたが、皆が“仲良しクラブ”となり、現状を黙認する雰囲気の中で、日々の営業は過去1年8ヵ月にわたって続けられてきたのだ。

写真キャプション=自分のホールに対する気持ちを述べるスタッフ


しかし、その雰囲気に“風穴”を開ける事件が起こった。それはリニューアルオープンを目前にした、キックオフミーティングの場であった。その場には、ホールに残ったスタッフと、新たに採用されたスタッフが一堂に会していた。その場で土屋副主任が、「俺たちは負けた。競合店にも自分にも負けた。でも、もう絶対に逃げない。皆の役に立ちたい。そして、リニューアルを成功させたい。もうこんな悔しい思いをしたくない。絶対、お客様に喜んでもらえるホールを作る。小さなホールだからこそできることをやる」と叫んで、涙が止まらなかったという。

これが、真の意味での「パチンコ玉三郎黒崎店」における改革の“きっかけ”と言えるだろう。この叫びを聞いた旧スタッフが、泣きながら堰を切ったように自分の思いを本音で話し始めたのだ。まず、旧スタッフはこれまでの自分を総括して、新たな決意を皆の前で語った。そして新スタッフは、自分たちのスタッフとしての責任の重さを自覚した。

この本音の語り合いによって、スタッフ全員の心が1つになり、それがこれまでになかった大きな力を生み出した。いま、自分はホールのために何をしなければならないのか。自ら進んで議論の輪に加わり、アイデアや意見を発表するようになった。瀧田店長が掲げる接客による店舗改革の方針を、スタッフの1人ひとりが自分の問題として、積極的に取組み始めたのである。

写真キャプション=自分たちの顧客サービスの様子を再現するスタッフ


瀧田店長の掲げた具体的な方針は、大きく分けて次の3つだ。
①接客=エントランス前での挨拶、雪かきサービスなど。
②仲良くなる=お楽しみイベントなどで名前をゲットし、お客様を名前で呼ぶ、
③絆=自分の家のような感覚をお客様に持ってもらう。こうした施策の積み重ねによって、真の“顧客本位”のホール作りに取り組んできた。

写真キャプション=スタッフに対する感謝の気持ちを述べる瀧田店長


決勝大会のプレゼンで、瀧田店長は「いま私たちはあらゆる意味で、“最高のホール”であるという心を持ってお客様と接している。これまでスタッフには厳しいことをたくさん言ってきた。しかし、それでも付いてきてくれるスタッフがいた。そして、嬉しいときも悲しいときも、一緒に涙を流してくれたスタッフがいた」とこれまでの“ホール改革”の歩みを振り返った。13名のスタッフによる“ホール改革”によって、現在では稼働が以前の3倍になるほどの実績を上げるまでになったという。まさに、ホールは“改革”によってスタッフの意識だけでなく、実績の面でも生まれ変わったわけだ。

ここで、雑誌の記事は終わっている。付け加えるなら、自分のホールを“最高のホール”であると思えるのは、働くスタッフにとって大きな誇りであり、自信である。しかし、その“最高のホール”を創るための道のりには、自分は何をしなくてはならないのかという、スタッフ1人ひとりの絶え間ない“自問自答”があったはずだ。まず、こうして各スタッフが真剣に考えることが、改革への“出発点”となる。その点では、副主任の一言が、その気持ちの転換を促す大きな要因となった。

写真キャプション=これまでの店舗改革の歩みを寸劇で紹介したシーン


しかし、その問いを答えの方に導き、顧客の反応や店舗の実績に結びつけていくのが、店長の“手腕”でもある。自分が課題に挑戦することによって、ホールが変わっていくという実感を持てるのは、スタッフにとって最大の喜びだ。それが少しずつ蓄積され、スタッフのなかに自信と誇りを生み出し、“最高のホール”という高みにスタッフを運んでいったわけだ。

写真キャプション=スタッフの団結によって、「パチンコ玉三郎黒崎店」は大きく変わっていった


一方、10年8月のリニューアルが改革のスタートだから、2次予選まで4ヵ月という超スピードで、改革が進んだことになる。「ぱちんこ情熱リーグ」の審査が、ちょうど並行して行なわれたという点も実に興味深い。その間のホールのレベルは192点(9月)→200点(10月)→190点(11月)→181点(12月)と安定した力を発揮した。そして、1次予選は301店舗中2位、2次予選は同5位で難関を突破した。この結果を見ると、10年8月に起こった意識改革のインパクトが相当に強く、その衝撃が一気に「パチンコ玉三郎黒崎店」を変えていったと言えるだろう。“改革”は意識さえ高まれば、驚くほどの短時間で実現できる。難しいのは、それを持続していくことだ。(佐渡屋太郎)

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