遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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入魂篇/佐渡高校野球部が夢の“甲子園”に出場する【佐渡屋太郎-vol.197】

写真キャプション=佐渡高校球児を生んだ佐渡島のやさしい夕暮れ風景


いまは1月28日(金)20時45分。Twitterでも報告した通り、佐渡高校が甲子園に出場することになった。もう今日は18時30分から個人的に祝杯を挙げていて、すでにかなりいい気持ちになっている。先程、酒が残り少なくなったので、新たな酒とツマミ(大阪流にいうとアテ)も買ってきて、いまイカの足を咥(くわ)えながらこれを書いている。

やはり佐渡屋太郎は、紛れもない“佐渡のおっさん”であった。欲を言うなら、BGMに「佐渡おけさ」がほしい。明日は知り合いのキムちゃんの結婚披露パーティがあるが、今日は徹底的に飲むことにする。と言いながら、実は毎日飲んでいる。嬉しい。実に嬉しい。この気持ちをどのように表現したらいいのだろうか。佐渡高校の野球部については、08年からこのブログでも何回か書いているので、興味のある人は遡って探してほしい。本来ならその原稿ナンバーをお知らせすべきだろうが、今日は興奮していて、そんなややこしい作業はできなくなっている。

この嬉しさを伝えるために、Y嬢と猪八戒と弟の佐渡屋次郎に電話を掛けた。スポーツマンの佐渡屋次郎は、この件をまだ知らなかった。昨年、県大会の決勝戦に進んだとき知らせてもらったので、今回はそのお返しにこのビッグニュースを教えてやった。詳しく知らない読者のために、概要を説明しておこう。わが母校の佐渡高校は昨年の2010年10月10日、第123回北信越高校野球県大会の決勝戦に進出した。これも選抜の予選では学校創立以来、初めての出来事であった。その結果、残念ながら対戦相手の強豪「日本文理」に、6-1で敗れてしまった。

写真キャプション=佐渡高校のある佐和田の浜からみた穏やかな真野湾


しかし、10月23日から始まった北信越大会には、新潟県代表として1位=日本文理、2位=佐渡、3位=北越の3校が出場。この大会(5県16校出場)で佐渡高校は、1回戦で長野県2位の「佐久長聖」と戦い、6-0で完封負けを喫した。これで春の甲子園への道は途絶されたかに見えた。しかし12月15日に全国9地区から選ばれた「21世紀枠」のなかに、佐渡高校は北信越地区から推薦されたのだ。

そして今日の11年1月28日、「第83回選抜高校野球大会」の出場校を決める選考委員会が、大阪市の毎日新聞大阪本社で開催された。そのなかで21世紀枠特別選考委員会は、大館鳳鳴(秋田)、佐渡(新潟)、城南(徳島)の3校を、「21世紀枠」の出場校として選出した。これは佐渡高校野球部が創部以来、永年にわたって夢に描いてきた“甲子園出場”が、実現された瞬間でもあった。部外者の剣道部であった私から見れば、まさに“奇跡”というしかない。最も多くの予算を取りながら、新潟へ行っては負けて帰ってきたのが、当時の野球部だった。その野球部が甲子園を目指していたというのも、3年前に同窓会の新聞で読んだOBの言葉で初めて知った。本当にあの当時からそんな“野望”を抱いていたのだろうか。

しかし、3年前から状況が一変した。思い返せば08年7月23日、鉄腕・中河達哉を擁する佐渡高校は夏の高校野球大会の新潟県予選において、対戦相手を次々に破って決勝戦にまで進出した。決勝の相手は「県央工」で、延長11回の熱戦の末、3-2で負けてしまった。甲子園まであと1歩のところで涙を飲んだのである。ただ中河君は決勝までの6戦で、712球を1人で投げ抜いた。まさに佐渡が生んだ“傑物”で、その後は國學院大學の野球部に進んだ。

そして今日、中河君を初め、前々代のメンバーが果たせなかった甲子園への夢が遂に実現した。それどころか、創立から115年になる佐渡高校において、開校以来“初”となる快挙だった。この快挙を祝うために、佐渡屋太郎は個人として何ができるのかを飲みながら、書きながら酔った頭で考えた。その結果、私にできることは、佐渡高校や佐渡高校野球部のことをもっと多くの人に知ってもらい、喜びを分かち合ってもらうことであるという考えに至った。幸いにして、私は佐渡高校や野球部に関する写真を僅かながら持っている。そこで今回は、それらを総編集してお届けしようという趣向である。実はすでに飲み過ぎていて、文章を書く気力が萎えてしまった。下手な文章よりは、“百聞は一見に如かず”路線でいくことにしよう。

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これが佐渡高校の校門。生徒たちの玄関は昔、体育館の横にあったので、こんな校門があったことは3年前の撮影時まで知らなかった。もしあったとしても、毎朝、遅刻ぎりぎりで石段を“脱兎”のごとく駆け上がっていたので、校門を見る余裕などなかった。

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校門の脇にあった位置を示す石碑。碑文にあるように、本間氏の居城であった「獅子ヶ城」の跡に校舎が建てられた。かなりきつい坂を上がった山の上にあるが、今回その高さが僅か海抜28メートルであることが分かった。

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佐渡高校の正面玄関。私がいたときは木造であった。そういえば何年か前、校舎を建て替えるので寄付をしろという手紙が来ていたような気がする。個人的には悪事を働いたときに「父兄召喚」となり、母親が学校に呼びつけられたことがある。そのとき母親は、この玄関から校舎に入っていったことだろう。私は自宅謹慎で反省文を書きながら居眠りをしていた。

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これが佐渡高校のグランドで、野球部もここで練習をしている。3年前、ブログにこの写真を載せたとき、「この何もないグランドが、果たして“甲子園”につながっているのだろうか」という誠に失礼な文章を書いてしまった。それに対し、野球部の球児たちは何もないこのグランドが、確かに夢の“甲子園”につながっていたことを証明してくれた。この壮大な“ドラマ”の前では、すべての言葉を失ってしまう。お詫びの意味を込めて、県大会における佐渡高校ナインのオーダー表を掲載しておく。
①鈴木(センター)
②和田(ショート)
③荒井(サード)
④石見聖(ライト)
⑤相田(レフト)
⑥鎌田(ピッチャー)
⑦渡部哲(キャッチャー)
⑧仲川(ファースト)
⑨石見翔(セカンド)

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これは1昨年9月、引越し後の整理のために、佐渡へ行くときに撮影した佐渡高校野球部のメンバーである。直江津から佐渡へ向かう佐渡汽船で偶然、メンバーたちに出遭った。運命の出会いである。この年は春予選が1回戦、秋予選は3回戦で負けたとメンバーから教えてもらった。多分、秋季予選の帰りではなかったかと思う。弟・佐渡屋次郎の友達である野球部OBによると、今年のメンバーは「監督は総合力のチームと言っているが、ピッチャーの鎌田が投げる方だけでなく、打つ方でもチームをリードしている」ということであった。

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通称“遅刻坂”の下から見上げた佐渡高校の校舎。私がいた頃、坂の両脇は田んぼであったような気がするが、いまはこのように家が建て込んできた。野球部はどうか知らないが、剣道部は裸足でこの坂や正面玄関につながる石段を毎日、せっせと走り回っていた。

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高校のある佐和田の商店街。以前は両津に次ぐ佐渡で2番目に賑やかな商店街であったが、だいぶ寂しくなってしまった。いまは高校の下にある国道沿いに郊外店が集積して、多くの人を集めている。あの頃、昼に学校を抜け出したり、クラブが終わった後で食べた諏訪町交差点にある「かねふく」のラーメンが懐かしい。「かねふく」でラーメンを食べながら『愛と誠』を読み、岩清水の「早乙女愛よ、岩清水弘はきみのためなら死ねる!」という言葉に感動していた高校時代であった。あれから30年以上も経ったが、その頃から私はほとんど成長していない。人間はなかなか変われないものだ。ちなみに「かねふく」はいま、「ラーメン大学かねふく」という店名になっているそうだ。いつから“大学”になったのであろうか。佐渡高校“御用達”の名物ラーメン屋であった。

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これは私が探し回った末に、やっと手に入れた佐渡高校野球部のTシャツである。昨年11月に佐渡から送ってもらい、写真も撮ったのだが、いままで掲載を躊躇していた。その理由は、それを着ている私の体型に愕然としたからだ。知らないうちに、人にお見せできないような体になってしまった。それが恥ずかしくて掲載を見合わせていたのだ。しかし、佐渡高校が甲子園に出場するに至って、そんな小さいことは言っていられない。現在の佐渡屋太郎は身長174cm、体重82kg。佐渡高校に入学したときは、身長169cm、体重52kgであった。30kgも成長してしまった。人間は変わるものである。しかし、このTシャツを着て、佐渡屋太郎は堂々と甲子園に行き、母校の後輩たちが全国の強豪たちと“死闘”を繰り広げる姿を見てくる。

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そのとき、周りには“佐渡人”たちが結集していることだろう。果たして、何台のバスを仕立てて、佐渡から甲子園に乗り込んでくるのだろうか。すでにバスのなかで酔いつぶれているおっさんも、何人かいるに違いない。しかし、島で生まれ育った人間は、厳しい環境を共通体験として、心は自然と1つになっている。みんなが島の子供たちに、夢にまで見た甲子園で、せめて“1勝”させてやりたいと、泣きながら声を枯らしているはずだ。それを想像すると、私も泣けてくる。その背景には、“島の人間”が持つ異常な連帯感がある。その声援は永年の間、虐げられてきた島人(しまびと)たちの、歴史的な“叫び”であるのかもしれない。さらにその応援自体がひょっとすると、甲子園を舞台にした“佐渡一揆”の代償行為に近いものがあるのではないか。少し、表現がオーバーになって、妄想が入ってきてしまった。しかし折角、甲子園に立つのだから、何としてもこの子らに、勝たせてあげたいのだ。私も事務所の中で酔いつぶれる寸前だ。いま、佐渡の“血”が体のなかで沸き立っている。

一方、島が生んだ子供たちは、いくつもの決戦を戦い抜き、見事に夢を実現した。しかし、歴戦のうちに成長して“戦士”となった英雄たちは、さらに“日本一”を目指して晴れ舞台に上がるのだ。その勇ましい姿と、佐渡人たちが懸命になって声援する必死な様子を想像するだけで、また泣けてくる。やはり、佐渡は“偉大な島”であった。そしていま佐渡は、全国に対して勝負を挑んでいるのである。そこで、佐渡高校の吹奏楽部に1つ要望がある。「佐渡おけさ」をアップテンポにアレンジして、応援歌にしてほしい。佐渡と言えば、「佐渡おけさ」である。「相川音頭」も「両津甚句」もいいが、やはり佐渡の“戦士たち”を勇気づけるには、「佐渡おけさ」しかないだろう。甲子園にこだまするアップテンポの「佐渡おけさ」――考えただけで頭がジンとしてくる。今日は酔い過ぎているので、ここらで終わることにしたい。本当の決戦は、3月23日から始まるのだ。

最後に、佐渡高校野球部の皆んな、感動をありがとう。私は君たちを“誇り”に思う。夢の甲子園では“佐渡人”らしく、思いっきり勇ましく闘ってほしい。私も何があってもすべての予定をキャンセルして応援に行き、その姿を目に焼き付けくることを楽しみにしている。決して対戦相手や多くの観客たちに飲まれることなく、自分のすべてをさらけ出し、悔いのない闘いをすることを祈っている。(佐渡屋太郎)

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