遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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佐渡高校の敗退とワーネッキーの復活【佐渡屋太郎-vol.191】

写真キャプション=秋の気配を感じさせるベランダの植物


いまは10月29日(金)の18時50分。目下、佐渡屋太郎は“原稿地獄”のなかに嵌(はま)り込んで、身動きが取れない状態にある。これは何回、経験してもつらいものだ。まだ、トンネルの向こうから一筋の光も差し込んでこない。そこで気分転換に、以前から気になっていたわが母校である佐渡高校(新潟2位)の野球の結果を調べてみたら、長野2位の佐久長聖に6-0で完封負けしていた。選手諸君の健闘は称えたいが、実に悔しい。その悔しさがエネルギーとなって、このブログの原稿を書く気になった。

実は以前から、週末あたりにこのブログの原稿も書かなければならないと思っていた。本業の原稿もまだまだ先が永いので、ここらで一服しながらブログの原稿を書くことにしよう。今回は佐渡高校の件から、地獄の中にいる自分を元気付けるためにワーネッキーのことを書いて、1回分として仕上げたいと思っている。したがって、今回もパチンコとは無関係の記事になることを先にお断りしておく。



1つ目の佐渡高校の件に関しては、twitterで断続的に報告をしているので、知っている読者の方も多いと思う。佐渡高校の野球部が高校野球・秋季北信越地区県大会の決勝戦に勝ち上がったことを10月9日、弟の佐渡屋次郎からの電話で知った。翌10日の試合ではこれまで春と秋を合わせると13回も優勝している強豪の日本文理と戦い、残念ながら6-1で負けてしまった。しかし、その県大会で1位から3位までは、北信越大会に出場できる。佐渡屋次郎の友人である佐渡高校野球部OBの推測によれば、北信越大会で最低1勝すれば、“21世紀枠”で春の甲子園に出場できる可能性が高いということであった。

そこで、“21世紀枠”がよく分からなかったので調べてみた。これは10年前から設けられもので、部員不足などの困難を克服したチームや、他校の模範となるチームに出場権が与えられるという。推薦には基本的に各都道府県の秋季新人大会で、参加数が128校以上はベスト16、それ以外の県はベスト8以上のチームとある。これは県大会の成績が2位であるので、十分にクリアしている。あとの条件は「選考基準が曖昧」であるとして非難の声も多いという。

写真キャプション=新記事の中で負けた佐渡高校に関するもの


そこで、過去の選考理由を見ると、佐渡高校野球部OBの見解も満更、希望的観測ではなさそうだ。そのなかで、佐渡高校に当てはまるものをピックアップすると、「部員全員が地元中学出身で地域貢献を果たす」「離島の過酷な条件を克服」「生徒数減少の中で文武両道を徹底」「県内有数の進学校」「地元密着の選手育成」「創立100年を超える文武両道の進学校」などがある。“お情け”で甲子園に行くのもどうかと思うが、居並ぶ強豪校を見ると、そんなことは言っていられない。とにかく、“不可能”の壁をぶち破り、“風穴を開ける”というドラマを佐渡屋太郎は見たいのである。そのパワーの源泉は、私流に言うと“佐渡魂”であり、全国的な共通語で言うと“離島パワー”となる。

つまり、劣悪な条件の中で育った人間ほど、抑圧に耐える力を持っている。その力が抑圧を超えることができたとき、ドラマが生まれる。その“瞬間”を見たいと思う。省みれば、私がインド、チベット、クルド族、韓国、台湾、沖縄に魅かれ、いまパチンコ業界にいるのも、そうした抑圧を撥ね付ける“一揆”を見たかったのかもしれない。ただ、そのドラマが果たされ、いつの間にか改革が日常となり、多くの人がその“意義”を忘れたときに“堕落”が始まる。現実はいろんな問題を日常的に突きつけてきて、その判断の中で最も大切であった“初志”を見失ってしまう。そんな場面も多く見てきた。人間は実にものを忘れやすい。

とくに、それが世代をまたぐときに、抑圧を超えた先人の苦労と決死の覚悟を忘れ、パワーダウンしていく。しかし幾世代か過ぎ、いまの世になって佐渡高校野球部が戦闘の態勢に入っていると思うと、“一揆”好きの佐渡屋太郎の血が騒いでくるのである。強いものに立ち向かっていく。これほどスリルがあって面白いことはない。ただ、相手は強靭である。それをどのように打ち負かしていくのか。これを考えることが実に楽しい。高校時代の佐渡屋太郎は毎日、そんなことばかり考えていたので、こんな人間になってしまった。もっと勉強をすればよかったと、いまでは思っている。

では、その注目の北信越大会で、佐渡高校はどのような戦いを展開したのか。まず、出場する各県代表は、●新潟県=日本文理(1位)、佐渡(2位)、北越(3位)、●富山県=桜井(1位)、新湊(2位)、富山第一(3位)、福岡(4位)、●石川県=金沢(1位)、金沢桜丘(2位)遊学館(3位)、●福井県=敦賀気比(1位)、福井工大福井(2位)、福井商業(3位)、●長野県=東京都市大塩尻(1位)、佐久長聖(2位)、松商学園(3位)という顔ぶれだった。その中で佐渡高校(新潟2位)は佐久長聖(長野2位)と1回戦で戦い、6-0で負けてしまった。結局、北信越大会の順位は、1位=金沢(石川1位)、2位=日本文理(新潟1位)、3位=佐久長聖(長野2位)、遊学館(石川3位)という結果だった。これでは、甲子園出場は極めて難しいと言わねばならない。

しかし、思い続けることによって、勝てる瞬間は必ずやってくる。私も剣道でそのことを何回か経験した。その“瞬間”の感激は、何にも代えがたい貴重な体験と言えるだろう。いつの日か佐渡高校の野球部が、北信越の居並ぶ強敵をことごとく打ち破り、正々堂々と甲子園に出場する日が来ることを信じている。さらに、その日はそれほど遠くないはずだ。そのためには、何回も何回も壁にぶち当たって、跳ね返されることを繰り返さなければならない。その回数が多ければ多いほど、壁を破ったときの感激は大きくなる。

決して諦めてはいけない。勝負は勝つまでやれば、それまでの負けはすべてプラスに転化し、大きな自信をもたらしてくれる。負けたままで諦めれば、一生、“負け犬”で終わってしまう。思いつめたとき、人間にはそれまで想像できなかったような“力”が生まれてくる。とここまで書いて、今日は佐渡高校を“肴”にしながら、自分を元気付けているような気がしてきた。そうだ、私も頑張らなくてはならない。

実は昨日、母親から電話があってTシャツが見つかったという。それは何を隠そう、佐渡高校野球部のTシャツである。夏に佐渡へ帰っているとき、ある店で偶然に佐渡高校の野球部員に会った。どうして分かったかというと、胸に「佐渡高校」とあり、裏に「佐渡から甲子園へ」という文字が書かれていたからだ。そのときカメラを持っていたのに、頼んで写真を撮らせてもらわなかったことを今でも悔やんでいる。そこで弟や母親に頼んで、そのTシャツを売っている店を探し出した。梨と一緒に送ってくれるように頼んだので、まもなく私のもとにやってくる。本来ならそれを着て来春、甲子園へ応援に行くはずであった。しかし今となっては仕方ないので、酒を飲むときに着て、私の強い“念”を佐渡高校野球部に送ることにする。

それとあと1つ、今回の件でいろいろ調べていて、意外なことを発見した。発端は県大会の対戦相手である「日本文理」をウィキペディアで調べたことだ。私が佐渡にいたころ、こんな高校はなかった。なるほど、1984年の設立であった。ついでに佐渡高校も見ることにした。創立は1896年とあり、今年で114年目を迎える。そして、著名な卒業生を見ると本間雅晴(陸軍中将)、北一輝(思想家、中退)、北吉(思想家、評論家、政治家、教育者、北一輝の実弟)までは知っていた。北一輝先生は中退であったようだ。学校は縦に出るより、横に出たほうが大物になると言われている。それから宮田亮平(東京芸術大学学長)も知っている。受験で東京に行くとき、佐渡汽船の船で海を見ながらイルカのイメージが浮かび、それで大家になった。

その次に、須藤健一(文化人類学者、国立民族学博物館館長)とある。この人は知らなかった。実は、10月20日(水)に民博の初代館長であった故梅棹忠夫先生のお別れ会があり、取材に行く予定であった。しかし、結局はドタキャンになったと東京の編集部から連絡があった。こんなことなら、私が佐渡高校の先輩である須藤先生に直接、頼んだ方がよかったのではないかと今になって思う。私は山好き・探検好きでそれを学問にした今西錦司、梅棹忠夫、中尾佐助、西堀栄三郎、伊谷純一郎、石毛直道など一連の人が大好きで、それらの著書をむさぼるように読んだ時期があった。伊谷先生のお別れ会には取材に行っている。

しかし、その憧れの民博の館長が何と佐渡高校の先輩である。これほど嬉しく励まされることはない。立派な先輩を持って幸せを感じる。できたら一度、会って話をしてみたい。そこで著書を調べてみたら、『母系社会構造 サンゴ礁の島々の民族誌』(紀伊国屋書店、1989年)、『オセアニアの人類学 海外移住・民主化・伝統の政治』(風響社、2000年)などがあった。何となく、海と関係がありそうで佐渡人らしいテーマのようにも感じる。これらの本は是非とも読まなくてはならないだろう。さらに論文を見ると、「ヤップの離島支配」「星と波と風と――ミクロネシアの伝統的航海」などがあり、研究の根幹に佐渡で生まれ育ったことが大きく影響している気配を感じてしまう。須藤先生も佐渡高校が甲子園に出場したら、応援にいくのだろうか。

写真キャプション=天井につかえていた手術前のアオワーネッキ-


また、随分と永くなってしまった。早く切り上げないと、本業に影響が出てしまう。2つ目のテーマは、今年7月22日(木)に“ドクトル佐渡屋太郎”が執刀したアオワーネッキ-に関するその後の報告である。その経緯については、遊技租界の【182】と【183】に書いてあるので、知らない人は参照してほしい。簡単に言うと、逞しい成長力によって2メートル近くになったワーネッキーに対し、上半身と下半身を分断して、その両方の命を救うというもっとも困難な手術を佐渡屋太郎は断行したのだ。あれから3ヵ月以上が経過した。さて、結果はどのようになったのであろうか。

写真キャプション=上半身と下半身を分断され直後のワーネッキーの姿


ここで読者の注目を十分に引き付けたい。TVなら迷わず、CMを5本くらい入れているだろう。何を隠そう、両方とも助かって、以前にも増した成長力を発揮しているのである。バンザ~イ!!である。いま、長大な原稿に負けそうになっている佐渡屋太郎は、その2本になったワーネッキーから、大きな“元気”を日々もらっている。しかし、あいつらは大した植物だとつくづく感心する。並外れた生命力を持った化け物だ。心配した私が馬鹿だった。

写真キャプション=見事に復活を果たして、成長を続けるアオワーネッキ-


まず下半身には、いま6ヵ所から新葉が吹き出ている。頭頂部から3つ、幹の最頂部から30cmのところに1つ。これが一番、大きな新芽になっている。さらに、地表部分からも2つの新芽が出て、どんどんと葉を伸ばしている。いきなり、訳の分からない男に頭を切られ、ワーネッキーは驚いたに違いない。その危機感が、残された下半身の全体に指令を出した。その指令内容は、「生き延びるため、新芽を出せ」というものだった。その指令によって6ヵ所から新芽を出すことができるところに、図太い基底部を持つ下半身の力強さがあったということだろう。

写真キャプション=頭頂部から3 ヵ所、幹の上部から1ヵ所の新芽を出した下半身


一方、上半身は最も心配していた。根がない幹をいきなり土に埋めたからだ。いわば無謀で壮大な“挿し木”を決行したのである。果たして、上半身が枯れる前に、切断面から根を出すことができるのか。これが今回の切断手術における最大テーマであった。最初の1ヵ月は何の変化もなかった。生きているのか死んでいるのかも分からない状態だった。きっと、生死の間をさ迷い、必死になって闘っていたことだろう。ただ、葉が変色するとか、幹が腐ってくるとかという“死”の兆候は見られなかった。

写真キャプション=地表部分からも2ヵ所から新芽を出した下半身


そのうち、上半身を見ることに飽きてきた。いつ見ても何の変化もないからだ。その後、水だけはあげていたが、あまり詳細な観察はしていない。2ヵ月を経過するころに、下半身から新芽が吹き出し、最低限の課題はクリアしたことでやや安心した。それからしばらくして、一方の上半身も葉の数が増えているのではないかと思い始めた。さらにその後、しばらくして今まで垂れていた葉が、徐々に持ち上がっていることに気付いた。それが今から20日前のことだ。つまり、2ヵ月と10日で上半身も生き返ったことを確信したのだ。1つの命が2つになって、それぞれ凄い勢いで成長を始めている。そのことがこの上なく嬉しい。

写真キャプション=垂れていた葉が持ち上がり、新葉を出して成長を始めた上半身


いま、幹が曲がっていた上半身を矯正するため、鉢を半回転してこれまでの裏側を太陽の方に向けている。徐々にまるまった背も伸び始めてきた。これまでつかえていた天井の圧迫もなくなり、両方とものびのびと日々を送っている。今回の手術は、私がワーネッキーを助けるために行なったのだが、彼らの生命力によって逆に私が助けられている。いま元気一杯の上半身を見てきたが、私が彼らと初めて出会ったころと、同じ背の高さであることに気付いた。あれから5年が経っている。その時間の流れの中で、私と彼らは“持ちつ持たれつの仲”になってしまった。(佐渡屋太郎)

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