遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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佐渡屋太郎は一体、何者なのか!【佐渡屋太郎-vol.3】

佐渡屋太郎は一体、何者なのか――そんなに気張らなくても、私はただのしがないライター以外の何者でもない。決して怪しいものではありません。いや、少し怪しいところがあるかもしれない。生まれはその名の通り、日本海に浮かぶ佐渡島。順徳天皇や日野資朝、さらに世阿弥や日蓮が流された流刑島である。

また、江戸時代には佐渡金山に、多くの罪人たちも流されてきた。それら罪人は採掘時に出る石塵で、ほとんどが労咳(肺結核)で死んでいったという。しかしそうは言っても、何人かは生き残った者もいたはずだ。もしかしたら、その地獄の金山から逃亡した罪人の子孫が私かもしれない。時々、胸が苦しくなり、金鉱の帯が目に浮かぶことがある(ホンマかいな)。また時々、罪人の血を感じるときもある(早く善人になりたい!)。

佐渡島の面積は855k㎡(東京23区の1.38倍、意外と大きい)、人口は7万人。佐渡金山が全盛の頃は、金山がある相川の町だけで10万人の人口があった。その町には遊郭もあり、全国から一攫千金を狙った有象無象の人々で賑わったそうだ。しかしその黄金島も、今は老人だけが残された過疎の島になってしまった。

そして、その島に生まれたのが、前にも書いた革命思想家の “北一輝”(1883~1937)である。1911年の辛亥革命にも関係し、1920年には「日本改造法案大綱」を刊行している。日本における天皇を奉じての革命と階級制の打破、さらにアジアにおいては亜細亜連盟の構築による英国侵略からの解放を説いたのだ。これが青年将校に大きな影響を与え、36年の「2・26事件」へとつながっていく。その結果、青年将校たちと直接の事前謀議はなかったものの、“2・26事件の理論的首謀者”として37年8月19日に、愛弟子の西田税とともに処刑された。

この北一輝が、私の高校(当時は旧制中学校)の大先輩である。しかし今では、佐渡とくれば何と言っても、私の中学校の後輩である曽我ひとみが有名になってしまった。実はこの夏の帰省でジェンキンス氏に会い、ツーショットで写真を撮り、著書「告白」にサインをもらってきた。いやはや、しっかりミーハーしてしまった。北一輝先生、申し訳ありません。このジェンキンス氏の話は、また項を改めて書くつもりだ。

というわけで、流刑の島、罪人の島、黄金の島、革命家を生んだ島(実は我が後輩・曽我ひとみが詩に謳ったように最高に美しい島である)から巣立ち、何の志も持たず、毎日あたふたと取材と打ち合わせに駆けずり回っているのが、何を隠そう佐渡屋太郎なのである(何の説明にもなっていない!)。開国にあたって、建国の経過、遊技租界の意味、佐渡屋太郎のプロフィールの説明が必要だと言われ、この3部作を書き上げた。

しかし、書き上げてから、実に不十分な説明であることがわかった。まあ、このブログと付き合っていただければ、いずれボチボチといろんなことが分かってもらえると思う。パチンコの話が全然ないではないかと怒っているアナタ。そう、焦らないでください。これからボチボチとその日に起こったことを書いていくことにします。よろしく、お付き合いのほどお願いいたします。(佐渡屋太郎



直江津からの船が着く佐渡の小木港
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