遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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葬儀業界の取材に行ってきた! 【佐渡屋太郎-vol.19】

 今は10月27日(土)の18時。今日、2本目の原稿である。前回分は「ペチュニア」の開花に感激してしまって、それだけで終わってしまった。ここでは週末の常として、この1週間の動きを振り返ってみたい。

 まず、10月22日(月)に佐渡から帰ってきたことは、すでに書いたような気がする。正直、飲みながら書いているので、あまり記憶が定かでない。翌10月23日(火)は葬儀関係の取材が2つあった。これはもう10年近く続けている私の仕事の1つで、葬儀ビジネス関係の雑誌に原稿を書いているのだ。

 この日は、12月号に載せる特集の取材だった。特集のタイトルは、「成長する中小葬儀社の研究」(仮題)というもの。これを発行している会社は、いろんな業界向けに雑誌を出しており、この雑誌の部門は今年4月の配置転換で編集長が交代した。その“新編集長”がわざわざ東京からやってきて、取材に同行することになっていた。

 前日の夜、佐渡から帰ってきたばかりなのに8時30分に京都のマンションを出て、10時に阪急吹田駅で待ち合わせ。午前中に特集の打ち合わせと1本目の取材をして、阪急とJRを乗り継いで桃谷へ移動。そこで昼食を摂って、午後からもう1本の取材をする。

 1本目の取材は、それまで飲食業を行なっていた社長が葬儀社を買い取り、売上を1.5倍も伸ばしたという事例だった。飲食業や業界外の発想を注入し、葬儀社の改革に成功したケースと言える。顧客側のニーズである“会計の明朗化”や、同一価格でも様式が選べる“パック商品”を開発するなど、いわば他業界では当たり前のことを粛々と実行したのだ。

 どの業界でも、“業界の常識は、世間の非常識”といった一面が必ず存在する。葬儀業界の悪弊は、古い因習に業者同士が凝り固まって、新たな顧客ニーズに目を向けようとしないこと。一方、パチンコ業界の特徴は、業者同士が“足の引っ張り合い”をして、業界としての統一行動が取れないこと。それぞれの業界に特色があって、実に面白い。

 また成長する企業は、それなりの理由が必ずある。逆に衰退する企業にも、それなりの理由は必ずある。それをいろんな質問をぶつけながら見出していくのが、取材の醍醐味でもある。私もパチンコ業界でいくつかの会社と関係を持っているが、ダメな企業には必ずダメな要因が存在すると近頃、痛感している。
 
 社員のスキルレベルと士気の低さ、コミュニケーションやモラルの不足など、そんなダメ要因によって、社内の雰囲気が淀んで停滞している。こんな会社はよほど大きな改革をしない限り、成長はできないだろう。よくこれで持っているなと感心する会社もある。しかしパチンコ業界も、これから激しい波に洗われることになる。ホール企業のみならず、遊技機メーカーでも “破綻”に瀕している企業は少なくない。

 結局、2本目の取材は16時30分に終了する。実はその手前の鶴橋に、4年ほど“拠点”を持っていたことがある。新編集長と別れて、2つの目的のために鶴橋で下車する。1つ目は鶴橋にあった大日本印刷の工場跡地に、建設が進められている延田グループの大型ホールを見ておくこと。2つ目は鶴橋駅上にある「BOOK・OFF」に寄ることである。

 まず、玉津3丁目の交差点から延田グループの新店の激写し(写真参照)、すぐ「BOOK・OFFジェイアール鶴橋駅店」まで引き返した。そこでまたもや単行本12冊、新書4冊の計16冊を買い、難波の事務所に帰還した。それからこの遊技租界の原稿を1本書いて、17時から猪八戒と待ち合わせて飲み会となる。その日は京都に帰れず、事務所に泊まった

 翌10月25日(木)は朝10時から、遊技租界の原稿を2本書く。前日の1本と合わせて、佐渡帰還3部作が出来上がった。これでストック原稿も溜まり、ややホッとする。それから鶴橋で買ってきた古本の表紙張り作業に入り、疲れた心を癒す。

 佐渡屋太郎は古本を買うと、カバーがずれないようにその端を「プリット」で糊付けする。さらに、本を開きやすくするために、背に近い部分に折り目を入れることにしている。この作業によって、買ってきた本は佐渡屋太郎の所有物へと変化していく。その間、本を自分に合うようにいじくりまわしている時間が、佐渡屋太郎にとっての“至福の時”なのである。それから本業のパチンコに戻り、溜まった資料を整理し、11月号の取材日程を立てて、22時に事務所を出た。

 翌10月26日(金)は昼から事務所に出てきて、取材のアポを取り、すぐ我孫子に向かった。取材先は「我孫子さいき庵」であった。これはホール企業で播磨屋の子会社が展開している葬祭ホールで、「堺さいき庵」に続く2号店になる。1店舗目はパチスロ専門店を改造し、今回は旧本社ビルを葬祭ホールにしてしまった。

いま葬儀業界では、“家族葬”というコンセプトのホールが増えている。1日~2日間、会場を含むスペースを貨し切りとし、親族や故人とゆかりのある人だけで、心ゆくまで故人とのお別れをするための施設である。時間や形式に捉われず、自由な発想で故人との最後の時間を過ごしたいというニーズに対応した新型の葬祭ホールと言える。

 まさにこの「さいき庵」も、そうしたコンセプトの新型ホールだった。行くとき降っていた雨も上がり、無事に写真撮影もできた。取材後、我孫子駅の近くで遅い昼食を摂り、商店街をぶらついて難波に帰ってきた。難波でY嬢に動物占いの本を頼まれていたことを思い出し、「BOOK・OFF大阪難波中店」に寄る。

 また、いやな予感がした。早速、注文の動物占いをゲットしたのだが、足はカウンターに向かおうとしない。結局、単行本16冊、文庫本3冊の計19冊を買って、事務所に帰還。すでに仕事をする気は失せており、表紙張りの“至福の時”に没入する。21時過ぎに週末の定宿となっている“隠れ家”へ向かった。

 週末は、そろそろ葬儀関係の原稿を書かなければと焦っているが、今日の10月27(土)もこの遊技租界の原稿を2本書いて終わりそうだ。会員用Webの原稿のネタも3本分はあるのだが、手が付けられなかった社長、ごめんなさい。葬儀関係の原稿も4本ほど溜まっている。新編集長、ごめんなさい

 来週は心を入替え、別人佐渡屋太郎になって、書きまくります。それにしても葬儀関係遊技租界に占有された1週間だった。そろそろ11月に入るが、すでに雑誌における “魔の年末進行”が始まっている。これは各誌とも11月号と12月号と1月号の準備を並行して進める、出版界の恒例行事のことである

 ライターにとっては、書き入れ時ではあるが、それも命あってのこと。生死をかけた超多忙期がそろそろ始まる。すでに1月号の原稿依頼も来ている。昨年は11月から翌年の2月末まで、1週間ごとに締め切りが待ち受けているという“地獄”を味わった。さて、今年はどうなるのか。いずれにしても“首を洗って待つ”佐渡屋太郎ではある。(佐渡屋太郎




鶴橋で激写した延田グループの新店の現状

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播磨屋の旧本社ビルを改装して出店した葬祭ホール「我孫子さいき庵
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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 08:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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