遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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佐渡から帰ってきたぞ!(後篇の後篇) 【佐渡屋太郎-vol.17】

 今は10月25日(木)の14時を過ぎたところだ。それにしても、この「佐渡から帰ってきたぞ!」の原稿が終わらない。ついにこれも巨編3部作になってしまった。今回こそはキッチリと終わりにしたい。他にも佐渡ネタを仕込んできたが、それはボチボチと “小出し”にしていくことにする。

 坊さんを送り出してから、しばらく親類の兄ちゃんたち(実は皆んな立派なおっさん)と歓談する。そのなかで驚いたのは、私たちが乗ってきた直江津―小木航路が2年後、廃止になるのではないかということだった。この航路は主に関西方面からの人たちが利用している。

 話によると、新潟―両津航路は黒字だが、やはり直江津―小木航路は赤字続きなのだという。そこで今後2年間、補助を受けながらできる限りの努力をして、状況が改善されなければ廃止されるプランが始まっているそうだ。その一環として、佐渡出身者や観光客誘致のための優待券も配布されている。

 実は、私たちも親類のおじさんから船代が5人まで無料になる優待券を送ってもらい、行きも帰りも船にタダ乗りしてきた。通常の料金は片道が2530円。今でも冬になると、“経済欠航”なるものがあって、少しでも天気が悪いと欠航になってしまう。冬は乗客が少ないので、船を出せば出すほど赤字が膨らんでしまうからだ。

 しかし、この航路が廃止されるとどうなるのか。直江津からさらに2時間近くを掛けて新潟へ行き、そこから船に乗るか、関西から飛行機を使うしかなくなる。「佐渡汽船」には何としても頑張ってもらうしかない。関西でもよく佐渡の宣伝をしているではないか。関西方面の方々、佐渡は夏の海だけでなく、春や秋、冬には温泉もたくさんあるので、1度いかがでっか

 食べるものは、何をおいてもまず魚だ。夏はハチメ(黒メバル)に、スルメイカのソウメンや刺身。冬はタラ、スケソウダラ、ズワイガニ、寒ブリなどもある。本当は冬の荒々しい佐渡が最高だ。私はこれが本来の佐渡の姿だと思っている。ある歴史家の高名な先生と話したときも、「佐渡はやっぱり冬だな」と言っていた。知っている人は、知っているのである。

 また、話が横に逸れ出した。それから隣町にある墓地へ行って墓参りをし、先の坊さんが住職を務める檀家寺へ寄って、堂内でお茶を飲みながらまた雑談。この寺の檀家は現在、35軒しかない。彼が住職になってから2700万円をかけて、屋根の葺き替えや補強工事をした。母も70万円寄進したという。しかし、私たちの世代になったら、そんなことはしない。わが後輩も頑張っているが、今後の状況はさらに厳しくなるだろう

 その後、わが町の旅館に戻って会食となった。この旅館は私が中学生の時に所属していた野球部の先輩の実家だ。今はお兄さんが跡を継いでいる。そのY先輩は私の2年上で、実に厳しい人だった。私たちは“野球の鬼”を短縮して、単に“”と呼んでいた。毎日、玉が見えなくなるまで徹底的にシゴかれた。しかし、あれだけ練習しても大会では1回戦か2回戦で負けていたのだ

 私は1年生の秋からレギュラーになった。そして2年生のとき、あの弱かった野球部が創部以来、初めて30数校が参加する佐渡の大会で優勝するという奇跡が起こった。“”がいなくなってから、練習をしないで遊んでばかりいたが、3年生に剛速ピッチャーがいたからだ。あれだけ練習をしても勝てなかったのに、あれだけ遊んでいても優勝できた。世の中、こんなものかもしれない。ただ、私はあの“”を今でも尊敬している

 会食で酒盛りとなり、一番盛り上がったのは “むじな”の話だった。佐渡は島国で天敵がいないためか、“むじな”が急増しているという。このあたりの話題が実に田舎らしくて、何とも微笑ましい。私は“むじな”はイタチのことだと思っていたら、実はタヌキであるということが分かった。人生は日々、勉強である

 この“むじな”がよく人を騙す。私も小学生のとき、よく漁師町や山奥の友達のところに遊びに行き、アブラメ(アイナメ)釣りやサヨリのつかみ取り、クルミやアケビ採りに狂奔して、暗くなっても家に帰らなかった。そんなとき必ず母から、女の姿をした“むじな”が出て人を騙し、山の奥まで連れて行くと脅された。今だったら、その脅しは効かないだろう。今の私は率先して、その“むじな”と山奥まで行ってしまう。
   
 酒盛りではその化かされ方の披露合戦となった。1番、面白かったものを紹介しよう。ある農家の爺さんが街で酒を飲んで、家に続くあぜ道を歩いていた。すると、浴衣をきた色っぽい女性が向こうからきて、「おじいさん、風呂にでも入っていきませんか」と声を掛けてきた。

 見慣れない顔で、どこの家の娘だろうと思いながら爺さんは、その女に付いていった。どんどん山の方に入って、やがて川に出ると、その脇に湯気が出ている温泉があった。「こんなところに温泉があるのか」と驚いていると、「さあ、入りましょう」と娘は浴衣を脱いで、じいさんを湯船に誘った。じいさんは手を引かれるままに湯船に入って、川向こうの木々を見ながら、「こりゃ、極楽だわいな」としばし悦に入ってしまった

 しばらくすると、娘は「背中でも流しましょう」と河原に誘った。じいさんは火照った体に快い川風を感じながら、河原にあった大きな石に腰を下ろし、背中を娘に預けた。娘は何やら毛のついた垢こすりで、じいさんの体の隅々まで洗ってくれたという。

 一方、家にいた息子はじいさんの帰りがあまりにも遅いので、心配になって街まで続くあぜ道を迎えに出てみた。しばらくすると、向こうの田んぼの方で何やら水の跳ねる音がする。少し気味悪かったが、その音のする方に行ってみると、人の姿が見えた。

 近付いてよく見ると、1人の男が素っ裸になって田んぼに入り、泥まみれになっている。さらによく見ると、何やら泥を自分の体に塗りたくって、ニヤニヤしていた。これは大変だとその男を家に連れ帰り、全身についた泥を水で洗い流したら、何とそれは自分の父親だったという話だった

 これを方言ボソボソ語られると、落ちが分かっていても腹を抱えて笑ってしまう。果たして、これは実話なのだろうか。私の親類の中にも、こんなことをしそうなじいさんは何人もいた。そんな訳の分からない七回忌の酒盛りをして佐渡屋太郎はまた京都に帰ってきたのである。(佐渡屋太郎

SQ07年11月号 060s-

いずれは佐渡屋太郎も入る我が家の墓
SQ07年11月号 203s-

帰りの船の甲板から撮った我が故郷、海に浮かぶ佐渡島
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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 15:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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