遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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佐渡から帰ってきたぞ!(後篇の前篇)【佐渡屋太郎-vol.16】

 今は10月25日(木)の午前10時15分。なぜ、私はこんな時間なのに事務所にいるのだろうか。そう、昨夜は“猪八戒”と飲んでいて時間の感覚がなくなり、事務所に泊まってしまったのだ
 
 1軒目では、このブログの掲載商品を増やしていくことや、掲載の基準、具体的な候補の検討、さらに佐渡のネタを聞かせたりして、それなりに充実した会議であった。それからこのブログの将来性にテーマが発展したくらいから、やたらに話が大きくなり、互いに“夢物語”から“妄想”の域に入ってしまった。

 1軒目を出たのが、確か21時30分くらいだった。帰るのには少し早い時間だ。そう思っていると、“猪八戒”は後ろを振り返ることなく、御堂筋を北へ向かって黙々と歩き出した。仕方なくその後を付いていくと、三津寺(大阪では“ミッテラ”と発音する)のとあるスナックに入っていった。

 店に入るとカウンターやテーブルに巨大なツボが置かれ、その中に天井まで届くほどの木の枝が生けられている。私が座った横のツボに生けられていたのは“寒桜”であるという。壁面には勢いのある筆文字で埋まっている。なんとなく、アートっぽい雰囲気だった。この店には半年前、パチンコ雑誌のデザイン会社の社長に連れてきてもらったことがある。

 幸い、ママも私のことを憶えていてくれた。佐渡屋太郎は1回見たら、絶対に忘れることができない風貌をしているのだ。だから、悪いことはできないのである(しとるやないか!)。聞けば、そのデザイナーとは小学校のときの同級生だという。そのママが“猪八戒”と、どのような関係であるのか。

 その件については、いずれまた本人から語ってもらうことにしよう。それにしても世間は狭い。パチンコ業界はなお狭い。だから、悪いことはできないのである(しとるやないか!)。ちょっと、クド過ぎたかな。そこで“猪八戒”はいつもの悪い癖が出て、また過去を“語り”はじめ、サザン・オールスターズを歌いまくった。

 結局、店を出て別れたのは1時前ごろだったのだろうか。そんなに遅い時間ではない。私は千日前で久し振りに「金龍」のラーメンを、ニンニクたっぷり入りで食べ、このコーナーでも記事を書いた「namBa HIPS」の前を通って、事務所に帰ってきた。しかし、「金龍」のラーメンはキムチと細麺の絡みはいいが、もっと寒くならないと本当のうまさは出てこない

 さて、佐渡の話の続きをしなくてはならない。着いた10月20日(土)は佐渡の新鮮な刺身をアテに、熱狂的なジャイアンツファンの母親とリーグ優勝を祝って乾杯をした。5年ぶりの快挙である。原監督をはじめ、各選手を褒め称えた。一方、テレビではクライマックスシリーズの3戦目を放映していた。

 しかし、ゲームが進むにつれてムードが険悪になってきた。そして、3連敗でゲームが終了すると、原監督のアホさ加減を口々にののしり始めた。まさに巨人ファン一家にとっては、“天国と地獄”を一気に味わった悪酔いしそうな酒宴となった。

 そして、翌10月21日(日)は、いよいよ七回忌の法要である。何と朝の9時に坊さんが家に来るという。さすが田舎である。朝は飛びっきり早い。親類の人たちも集まり出し、派手な袈裟を着た坊さんもやってきた。その坊さんは弟の高校の同級生であり、私の後輩でもある。

 ブッチャーのような後輩の坊さんは、日蓮が流されて住んでいた佐渡で最も由緒あるK寺の跡取り息子である。しかし、我が家の檀家寺の住職が亡くなったので、そのM寺の住職を引き受けた。祖母の葬儀は前住職が執り行い、彼もアシスタント(こんな呼び方でいいのであろうか)として来ていた。

 しかし、父の葬儀は彼がM寺の住職となって、初めて取り仕切った思い出深い葬儀であったという。実は、我が家では平成14年1月7日の祖母がなくなり、その20日後の1月27日に父が逝った。何とひと月に2つの仏さんを出したのである

 佐渡では葬式を出した家の前には、「不幸」と書いた提灯を立てる風習がある。そのとき、我が家の玄関には「不幸」と書いた提灯が両脇に2つも立っていたのだ。「まるで“不幸の館”だな」と、弟と苦笑いした覚えがある。

 読経の後の講話でブッチャー似の坊さんは、「最近、私の同級生が2人、相次いで刑務所に入った。私も心を入替えて精進しなければならない」と訳の分からないようなことを話していた。1人はパチンコで借金をして逃げて捕まり、あと1人は置き引きで捕まったという。

 あいつの同級生ということは、私の後輩でもある。私の後輩ということは、北一輝先生の後輩でもあるではないか。この頼りない先輩でもパチンコの仕事で稼ぎ、さらに大先輩はアジアを革命によって救おうと一命を投げ打った。しかし、その後輩はパチンコで身を持ち崩し、さらにあと1人は置き引きだと~!お前はひと昔前のイタリア人か

 北一輝先生が生きていたら、こうした状況をどのように思っただろうか。いや、そんなことは上海の租界で、いやというほど見ているのかもしれない。まあ少なくとも佐渡人なら、もっとデカいことをやってもらいたいものだ。たのんまっせ、佐渡人の末裔たちよ。また、話が横にそれてしまった。後篇はもう1回ほど延長することにしよう。(佐渡屋太郎

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