遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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芯を切った(2012佐渡日記⑤)【佐渡屋太郎-vol.265】

今年8月末、“芯切り”を敢行する前のジャングル状態になっていたベランダ

いまは12年10月20日(土)の16時13分。いま、市立図書館へ行って、週刊朝日の記事のコピーを取って帰ってきたところだ。その記事とは、10月26日号に掲載された「ハシシタ 奴の本性」(佐野眞一+本誌取材班)で、今週のはじめからずっと気になっていた。実は昨日、緑橋で取材があったので、帰りに4軒の本屋で探してみたがいずれも売り切れだった。そこで、図書館にならあるのではないかと、突撃してみたわけだ。しかし、「週刊朝日」と書かれたラックにはなく、何と閲覧スペースの中にいた1人のじいさんが、この週刊誌を手に持ちながら居眠りをしているではないか。

仕事に追われる中、時間を割いてやってきたのに、まったくツイていなかった。仕方なく、じいさんが起きるまで他の雑誌を読んで時間を潰すことにした。しかし、じいさんは起きてもまだ雑誌を元に戻すことなく、また読み始めた。そして、ペラペラとページをめくり始め、最終ページに至った時にその席まで走っていき、横のテーブルに置いた瞬間に「次に借りていいですか」と声を掛けてやっと念願の10月26日号を手に取ることができたのだ。そこで、まずざっと記事を読み、コピーして持ち帰ってきた。急いでいたので、コピー機からお釣りを持ってくるのを忘れたくらいだ。

記事を読んでみて、完全にアウトだと思った。大阪の被差別部落の地名がはっきりと書かれてあった。どうして佐野さんともあろう人が、こんな初歩的な配慮を欠くことをしたのか信じられない。私はこの人の著作をずっと読み続けてきたし、とくに『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』(文藝春秋、1996年刊)や『大往生の島』(文春文庫、2006年)には深く感動した記憶もある。さらに、私はほとんど授業には出なかったが、同じ大学の先輩として尊敬もしていたし、選ぶテーマの興味深さと入念な取材には感服してきた。

10月8日の“芯切り”を行なったあとのすっきりしたベランダ

つい先日も、古本屋で『小泉政権―非常の歳月』(文春文庫、2006年)を買ってきたばかりだ。ちなみにこの本は、『小泉純一郎―血脈の王朝』(文藝春秋、2004年)の改訂版である。まだ、読んではいないが、この“血脈”の探求という点では、今回の橋下氏に関する連載にも通じるものがあるような気がする。内容もかなりスキャンダラスな部分が含まれているようだ。また、以前に『あんぽん―孫正義伝』(小学館、2012年1月)を読んだとき、少し上から目線が気になったこともあった。結局、今回の件は連載中止で、朝日新聞社と朝日新聞出版が謝罪することになった。

週刊朝日での謝罪文では、どうしてこのような記事が作られ、掲載されることに至ったかの説明があるのだろうか。是非とも、その点を知りたい。何か、背後でいろんな事情や思惑が錯綜していたような気がしてならない。それも、時間とともに徐々に明かされてくるだろう。それにしても橋下氏の腕力はさすがであった。その腕力を封じ込めようとした佐野氏が、見事に返り討ちに遭ったという図式になったようだ。私は今回の件で、佐野氏のことを心配したが、主張的には橋下氏に十分すぎるほどの正当性があったと思っている。

今年になって急成長し、樹高が1.2mを超えたガジュマルの木

そんな世の中の喧騒をよそに、我が家のベランダでは植木たちが秋のよそ風に葉を揺らしている。まったく、平和そのものも風景だ。さらに、夏の間はジャングルのように伸び放題であった幹や枝もきれいに整えられ、随分スッキリとしたベランダになった。これには秘密がある。その秘密が今回のテーマでもあるのだ。実は、以前から気になっていた植木の“芯切り”を10月8日(日)に敢行した。このブログの読者ならお分かりのように、佐渡で母の命令によって行なった雑木の“芯切り”(vol.262参照)を、ついにベランダの植木たちにも採用することになったのだ。

その“芯切り”に選ばれたのは、ガジュマル、シラカシ、トウネズミモチ、ウラジロカシであった。まず、ガジュマルは一昨年の夏に挿し木をしたものだ。我が家にはガジュマルの親木が2鉢あり、枝が伸びすぎて見苦しくなったために整枝(枝切り)をした。この親木は、そもそも100円ショップで10cmくらいの苗木を買ってきたものだった。その後、順調に育ち、3年前にすでに60cmくらいの高さで“芯切り”を行なっている。いまは幹から気根を方々に出し、風格のある堂々とした植木になっている。

“芯切り”と枝切りを行ない、スッキリとした姿になったガジュマルの木

そのときは、切り落とした枝の新葉があまりにも生気に溢れてきれいだったので、ダメもとで挿し木をした。当時、8本くらい植えたのであろうか。そのうち、4本が根付いた。しかし、1年目は生きているというだけで、ほとんど成長はしなかった。しかし、今年の春に急に成長を始めて20cmくらいになったので、それぞれ6号鉢に植え替えて独立させた。そしたら、さらに驚くほどの勢いで背が高くなり、1mを優に超えるまでになってしまった。枝も四方に拡がって横の植木にかぶさるようになったので、針金で幹に括りつけるほどであった。

2つ目のシラカシは、昨年秋にドングリを拾ってきて、既存の植木の脇に植え込んだものだ。それが春になったら芽を出し、みるみるうちに背を伸ばしていった。ドングリを拾ったときは、それがどんな種類の木の種であるのか、まったく分からなかった。成長してみると、何の面白みもない葉の尖った単なる木であった。しかし、当初はその猛々しいまでの成長力に圧倒され、共存していた鉢から新たな6号鉢に植え替えて独立させたのだ。今回の作戦敢行にあたり、芯を切ると成長が止まって死んでしまうかもしれないと危惧したが、あまりの単調さにやっと決心が付いた。そして、その根元には今回、枝切りをしたガジュマルを挿し木しておいた。シラカシの木がこのまま面白みがないままで終われば、その鉢はガジュマルに切り替えるつもりだ。このシラカシも4鉢ほどあった。

今年、ドングリが芽を出し、ドンドンと育っていったシラカシの木

3つ目はトウネズミモチである。これは3年前、淀川の川岸から採集して、「淀川1号」と命名した。それとは別に、2年前には上新庄の公園から名も知らぬ苗木を採集して植えたら、そのうちの3本が根付いた。今年になってこれらも急成長して、よく見たら両方ともトウネズミモチであることが判明した。したがって、大きさの違うものが4鉢になってしまった。旧「淀川1号」はもはや7号鉢に入れるくらいの堂々とした風格になっている。今回、これらも徒長枝を切り込み、盆栽仕立てにしてみた。

4つ目のウラジロカシは、3年前に和歌山から採集してきたもの。それまでほとんど成長しなかったのであるが、昨年から2本の幹が伸び始めた。そして今年になると、その伸びは恐ろしいほどの勢いになり、今年5月に高い方の幹の“芯切り”を行なった。しかし、それから新たな幹が出て1ヵ月も経たないうちに、2番目の幹の高さを超えてしまった。また、1番目の幹も切断部分の横から新たな幹が出て伸びだしてきた。そこで今回、3本とも50cmくらいで“芯切り”をして、全体の形を整えることにした。

“芯切り”をして無残な姿になったシラカシと、同じ鉢に植えられたナンキンハゼの苗木

今回は掲載する写真が多すぎるので、とりあえずベランダ全体、ガジュマル、シラカシの3点につき、芯切り前と後の変化を見てもらおうと思う。そして、残りのトウネズミモチ、ウラジロカシは、佐渡に残してきて今年の写真を載せていない捨てツバキと捨てモミジとともに、次回に紹介することにしたい。それにしても今年は植木の当たり年であった。これまでコツコツと採集してきた努力が、一気に報われたような気がする。3年前に花から木への転換を図り始めたが、いまやほとんどが木の鉢になっている。一応、夢は実現した。ただ、同じ種類のものが多いのが気になる。10日くらい前から、ナンキンハゼの紅葉が始まった。いよいよ、このベランダも“雑木林”になろうとしている。(佐渡屋太郎)

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土を盛る(2012佐渡日記④)【佐渡屋太郎-vol.264】

佐渡の畑から採集した直後の植木たち

いまは12年10月16日(火)の17時25分。先月下旬から突発的に原稿の依頼が、固まってやってきて、とんだ事態に陥ってしまった。急ぎのものは月末までに仕上げて、第1のハードルを越えた。そのまま休みなしで月初から原稿を書き続け、先週末でやっと第2のハードルをクリアすることができた。しかし、まだ4本の原稿を引きずっている。これを何とか今週中に片付けてしまわなくてはならない。今週末からはすでに10月末締切の原稿の取材が始まるからだ。

というわけで、このブログも半月以上にわたりアップができなかった。一時期、ポカっと空いた時間もあったのだが、ブログを書く気持ちの余裕がなかった。ではその間、何をしていたかというと、本を読んでいた。一番おおかったのがやはり桐野夏生の本で、『魂萌え!』(新潮文庫、2006年刊)、『グロテスク』(文春文庫、2006年刊)、『柔らかな頬』(講談社、1999年刊)、『顔に降りかかる雨』(講談社文庫、1996年刊)、『水の眠り 灰の夢』講談社文庫、1998年刊)と読み継いできた。いま『天使に見捨てられし夜』(講談社文庫、1997年刊)を読んでいて、あと『ダーク』(講談社文庫、2006年刊)を読み終われば、桐野夏生の手持ちの本がなくなってしまう。これでやっと、仕事に集中できそうだ。

さらに、個人的な問題も2つほど抱え込んでいて、その方にもかなり時間を割かれてしまった。しかし、その甲斐があって、一方は無事解決をみて、あと一方もねじれた糸がやっと解(ほぐ)れだし、あと解決までは時間の問題となるところまで、力づくで持ってきた。まったく、“いやはや”という気分である。まさに人生多難――その“多難”が佐渡屋太郎を厳しく育ててくれている。その間、私の心を癒してくれたのは、今年の夏に佐渡から持ってきた植木たちであった。

畑のジャングルにあったモミジの木の下にあった子供のモミジ)

それが、今回のテーマでもある。実は今年の夏も、佐渡から10鉢もの植木を略奪してきた。しかし、今年は新たな採取方法を考え出し、それがまんまと成功しているのである。思い返せば、佐渡に帰る2日前、突然にある“考え”が天から私の頭に降りてきたのだ。その考えとは、鉢を持って帰って、その鉢に植木が生えている土ごと植え込んで、京都に持って帰るという方法である。この考えが浮かんできた背景には、2つの重要な考察と要因があった。

まず1つ目は、なぜ佐渡に残してきたモミジは順調に育っているのに、大阪や京都に持ってきたモミジは枯れてしまうのか、という素朴な疑問であった。佐渡からこれまでに10数本のモミジの苗木を持って帰ってきたが、やっと根付いて生きているものは1本しかない。ひどいものになると、大阪駅に着いた時点で、すでに葉が茶色に枯れてしまっていたというものもある。いままでは、遠い道のりを越えてくるのだから、仕方のないことと諦めていたのだ。ちなみにこれまでは、採集した苗の根に最少の土を付けてビニールで包み、それらをビニールバッグに入れて持ってくるという運搬手法を採っていた。

根付いてどんどんと背をを伸ばしている成長株のモミジ

しかし、それなら予め鉢を持って行き、その鉢に根付いていた土とともに、苗木を採集して植え込んだらいいのではないか。つまり、育ってきた環境のまま略奪してくるという方法を思いついたのである。その背景には、枯れる原因として土が合わないことと、移動中の水分不足という2つの要素を見出したことがある。より大きな原因は、土が合わないことだろう。考えてみれば、佐渡の畑の土はネチャネチャの赤土である。これは昔、田んぼであったところを畑にしたからだ。しかし、私はそれら植木を大阪や京都で鉢上げするときには、培養土を使っていた。ここに根本的な間違いがあったのではないかと気付いたのである。

いまごろになって気付くのも、何とも恥ずかしい話ではある。しかし、植木にとってそれまで育ってきた土が、母の胎内のように最適な環境であることは疑いようがない。それなら、できるだけ深く掘って根と土を確保し、すぐ鉢に入れて母胎ごと京都に持ってこようと考えたわけだ。これなら土が合わないことも、水分不足を生じることもない。これが植木採集における最良の方法ではないかと思い付いたのである。佐渡に置いてきた植木は、最初からその方法を用いてきた。だから、いままで逞しく生き延びているのではないか。決して、気候や日当たりの問題ではないというのが、その時の私の結論であった。

根付いて新葉を出すツバキ。横の小ツバキも根元から芽が出てきた

2つ目の要因は、昨年から弟である佐渡屋次郎の車で帰ってきていることである。これまでは、電車や飛行機で帰ってきていたので、鉢植えを何個も持ってくることはできなかった。今回、持って帰ってきた10鉢は、ダンボールに入れたら2箱分になった。しかし、車なら何の苦労もなく運べる。この絶好の機会を利用しない手はない。改めて、弟の存在、いや運んでくれる車の存在を有難いと思った。ただ、それだけではない。そのほかに持ってきたものは、フォークギターや本、米をはじめダンボール7箱分に相当する量になった。使えるものは、徹底的に利用する。これは、人生多難の道を歩んできた佐渡屋太郎が学んだ、1つの生き延びる哲学でもある。

強い力で再生しようとしているクスノキの苗木。横からナナカマドが芽を出してきた

なんやかやと言いながら、私の人生はツキに恵まれてきた。負ける勝負もあったが、勝つまで諦めず勝負を続けたことで、最終的には勝ったことしか記憶にない。これはまさに自己満足であるが、自信を持った方が勝ちなのである。この“モミジ戦線”も、過去3年にわたって、連戦連敗を続けていた。しかし今回、これら2つの要素がからみあい、私に1つの光明を与えてくれた。勝つ時には、それまでの敗因が瞬時にすべて見えてくる。だから、勝てるわけだ。それは今までより1段上のステージに立つことであり、私たちはこのことを“ひと皮むける”と言ってきた。私は今年の夏に、モミジに関して“ひと皮むけた”ような気がしている。

では現在、佐渡から持ち帰ってきたモミジたちは、どのようになっているのであろうか。まず、略奪してきた10鉢の内訳は、モミジ=5鉢、ツバキ=3鉢、クスノキ=1鉢、ツツジ=1鉢であった。そのうち、ツバキの1鉢を除き、9鉢の全てが根づいて成長している。枯れたツバキも、一時は根元から新芽が出たのだが、その新芽が枯れてしまった。しかし、また時間が経てば、新たな新芽が出てくるのではないかと期待している。ここでは植え替え成功率“9割”と報告しておく。

さらに、嬉しい誤算もあった。それは、佐渡から採取してきた土の中に、様々な種類の種が眠っていたということだ。それが、京都に来てから芽を出して大きな葉を拡げている。草類を別にして、植木として確認できたのは、ヤマブドウ、ケヤキ、ナナカマドの3種である。その他にも、念の為に採集してきたモミジの小苗もどんどんと背を伸ばしている。この結果から、今回の“土ごと採集作戦”は見事に成功したと言えるだろう。思わぬ副産物まで得られ、私はこの上ない幸福感に浸っている。

山を崩すときに見つけたツツジの苗木。盛土に根を出していた生命力にあふれた期待の新人である

あと1つの収穫は、佐渡の畑にあった“赤土”の威力を認識できたことだ。これまで植え替えには培養土を使っていたが、木にはこの“赤土”がことのほか相性がいいということを、今回の件で痛感した。途中まで成長したのに、ある時期を過ぎると枯れてしまったこれまで例は、土に問題があったのではないかと思う。佐渡から持ってきたものでも、サザンカ、ヒサカキ、竹のハチクなどは立派に根付いているが、それらは土を選ばない強い適応力があったということなのだろう。そこで先日、赤玉土を買ってきて、瀕死の植木の植え替えを敢行した。その結果も今後の楽しみの1つとなっている。

佐渡に行ってから2ヵ月が経った。その間、朝起きるとまずベランダへ出て、佐渡から持ってきた植木の成長を見る日々が続いている。それにしても、大きな収穫であった。これら植木を眺めていると、あの過酷な作業に追われた夏の日のことが懐かしく思い出される。9月に入ってからいままで、仕事に追われまくられているので、佐渡での日々が遠い昔の出来事であったような気がしてくる。まだ、母親からナシが送られてこない。今年は「おけさ柿」も一緒に送るように頼んだ。あれから地球はどんどん冷えてきて、秋がどんどんと深まっている。(佐渡屋太郎)

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