遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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山を崩す(2012佐渡日記①)【佐渡屋太郎-vol.261】

手前にある第1の山と、その土を運ぶ佐渡の原住民ではない、弟の佐渡屋次郎

いまは12年8月20日(月)の16時20分。8月11日(土)から17日(金)までの7日間、故郷の佐渡に帰ってきた。本来は19日(日)までいるつもりだったが、弟である佐渡屋次郎の車で一緒に帰ってくるため、あいつの日程に合わせることにしたからだ。お陰で私の分だけで、米=30kg、植木苗=ダンボール2箱分、本=ダンボール1箱分、フォークギター=1本、衣類=キャリーバック1個分、土産や雑貨=ダンボール1箱分など、大量の荷物を佐渡から持ってくることができた。

今日は朝から打ち合わせで京都へ行き、帰りに扇風機を買ってきた。いままで居間にあるものを必要に応じて持ってきて使用していたが、この暑さでは常備しなくては仕事ができなくなった。それで仕事場専用のものを買ってきたわけだ。大型の扇風機であるが、在庫一掃セールなので2000円でいいといわれ、大いに得をした気分になっている。さっきまで、その扇風機にあたり、氷を一杯いれた麦茶を飲みながら、佐渡での出来事を思い出していた。何とも幸せな時間であった。そして私はこの幸せな風のことを、“2000円の風”と名付けることにした。

ご察しの通り、いま佐渡屋太郎の頭は“佐渡ボケ”の状態にあり、物を考えることがひどく面倒くさくなっている。したがって、また例年のごとく、佐渡日記でも書きながらリハビリをしていこうと考えているところだ。これまでの佐渡での作業を振り返ってみると、09年8月=京都からの引越し荷物の受取、同年9月=引越し荷物の整理、10年6月=ジャリ運び、10年8月=籐ツルの撤去、11年8月=竹薮整備、木の枝落としという流れで進行してきた。

作業が終わって平坦に均された第1の山。山が撤去されて随分と見晴らしがよくなった

そもそもこうした重労働が始まったのは、私が引越しのため、自分の荷物を半ば強引に佐渡へ送ったことがきっかけになった。その立場の弱さから、母親の命令に逆らえなくなり、ジャリ運びを行なうことになった。このとき母親の頭の中で、息子たちは“労働力として使える”という新たな発想が生まれたのだと思う。その一方で、私は10年8月に偶然、竹薮を中心にして猛威を振るう“籐ツル”の存在を目撃した。その惨状を見たとき私の頭の中で、父が死んでから半ば放置されていた“畑の楽園”に、人の力による管理が必要であることを痛感させられた。

そして、11年8月に弟の佐渡屋次郎が参戦することによって、“畑の楽園”の整備は、佐渡屋家における夏の定例行事へと定着していくことになったのである。この3年間における急激な状況の変化について、先程から“2000円の風”にあたりながら、しみじみと回想していた。私にとっては実に意外な展開であった。本来なら、子育ての終った佐渡屋太郎の夏の帰省とは、先祖の墓参りという義務を果たすこと。そして、“畑の家”に安置した2万冊に及ぶわが蔵書と再会することに当てられるはずであった。それは、これまでの人生をしみじみと振り返る“静かな時間”を過ごすことでもあった。

それが一転して、なぜ大量の汗を流し、筋肉痛に見舞われながらの、過酷な肉体労働の日々になってしまったのか。この点をさっきからずっと考えていた。1つ目の原因は、生前に見境なく木を植えまくった父の所業にある。この問題のすべてはそこから始まっている。その父が死んでから、今年は10年目の夏を迎えることになった。この10年間に、植えた木々がどれほど成長したかを、父は見ることができなかった。それは不幸というべきか、幸せというべきか、いろんな判断の仕方があると思う。

同時に、その過酷な管理作業にも参加できない。父が生きていたら、どのような伐採方法を取るのだろうか。この点には個人的な興味がある。多分、一人でコツコツと枝切りをしていたと想像する。もし父が生きていたら私と弟は、これほど大胆に幹や枝を切り落とすことができなかったはずだ。それほど私たち兄弟は、父が植えた木を切りに切りまくったのである。父が生きていたら、木の枝にさえ、触らせてもらえなかったのではないかと思う。

第1の山の撤去されたあとを反対の北側から見たところ。薄色の土は山を切り崩して均らした部分

2つ目の原因は、母も私も弟も何やかやと言いながら、結局は“畑の楽園”を心の底では愛していたことだ。私が2年前、“籐ツル”を見て異常な闘争心を駆り立てたのも、この楽園を守りたいという本能的な情動(エモーション)が働いたからだと、今になって思い返している。また、それまで佐渡の友達と連夜のように飲んでいた佐渡屋次郎が、人が変わったように畑へ通うようになったのも、何か彼なりに惹きつけられるものや使命感があってのことだろう。一方、母は父が死んでからも畑やその周辺を、綺麗に保っておくという義務感に支配されている。田舎ではだらしなくしていると、何を言われるか分からないからだ。しかし、自分ではその作業の全てを行なうことができない。そこで息子たちに指示を出し、自分の理想の形に近づける試みを実践しているわけである。

このように三者三様の“畑の楽園”に対するスタンスはあるが、この楽園を父が生きていた頃のような状態に維持しておきたいという思いは共通している。そして、その思いが3人を、過酷でときには危険な作業に立ち向かわせる原動力になっているのである。何と美しい“家族愛”ではないか。作業が過酷であればあるほど、3人の連帯は強まり、この作業に参加したくてもできない父の存在感が増してくるという不思議な構造になっている。ここまで計算して木を植えたのなら、父は稀代の“策士”である。しかし、私が見る限り、単なる地方に住む収集癖のある“おっさん”であった。

さて、今年は昨年にも増して過酷な作業となった。その理由は、積み上げられた土の山を切り崩すという“土方作業”が加わったからだ。しかも、その山は2つもあった。それが今回のテーマである。この夏の共同作業は、この山の切り崩しと木の枝切りや倒れた竹の撤去。私的な課題としては、植木苗の採集、本の整理と持ち帰り本の選択、3年前に送った引越し荷物の整理、そのうえ母の調理助手までやらされて、さらにそれら全てをほぼ完璧にやりこなしたという充実の夏期休暇となった。

お陰で、いま指先は腫れて従来の1.5倍くらいの太さになり、手足には多くの切り傷が付き、私の体は文字通り“満身創痍”の状態になっている。また、外見だけではなく、手足は筋肉痛に見舞われ、腰は重い鉛を抱えているようで背中をまっすぐにすることも痛くてできない。さらに、今年は佐渡で大阪風にいうと“メバチコ”、佐渡風にいうと“メグリ”ももらってきた。いま、左目が“お岩さん”のように腫れている。これが蚊に刺された外傷によるものか、汚れた手で目をこすったことによる内症なのかも分からない。とりあえず、ホウ酸による消毒を行なっている始末だ。

第2の山はこの池を掘り下げたときに出た土で作られた

さて、今回のテーマとなる山の1つ目は、畑の東側通路に積み上げられた土盛りであった。これは母の知り合いが置いていったものであるという。捨て場所がないかというので引き取ってやったというが、少なくとも4~5年は置いていったそのままの状態になっていた。母は知り合いがそのうち通路へその土を拡げ、均(な)らしてくれると思っていたという。何事も最後まで“詰め”を行なわず、自分本位の思い込みで放ったらかしておく悪癖が母親にはある。その悪癖によって、これまでいろんな事件や問題を起こしてきた。

まさに、今回もその悪癖の典型である。多分、その知り合いは引き取ってもらった土を均すことなど、考えてもいないだろう。その場合は、「均らしてくれるのなら、引き取ってやる」と、はっきり言わなくてはならない。それでいて、その知り合いのことを怒っているのである。まったく始末の負えない人間である。今更言っても直らないけれど一応、「その全ての責任は、あんたにある」と私は指摘しておいた。そして結局、その“均らし”の作業は、私たち兄弟に回ってきたのである。

その山を切り崩して一輪車に積み、通路に均等に撒いていくという方法を採ることにした。私と弟が山を切り崩して土を一輪車に積み、弟がそれを通路の奥から順に撒いていく。それを母が鍬で均していくという役割分担だ。汗が滝のように流れ、息が切れ、休憩時には狂ったように麦茶を飲みまくった。いくら飲んでも、喉の渇きは癒えることがなかった。途中、熱射病と心臓破裂で死ぬかと思ったが、2時間くらいでその作業は終了した。これが第1日目の午前中に与えられた第1の課題であった。

午後は2つ目の山への挑戦である。この山は、水溜の池を大きくするため、機械で掘ってもらったときに出た土の山であった。畑の北東の隅に積み上げられていた。この工事を行なったのは、もしかしたら父がまだ生きていたころではないかと思う。池の周りに竹垣が組んであったが、こんな作業は母にはできない。そうであるとするなら、この山はもう10年以上も放置されていたことになる。この山に関する母の指示は、ここに積み上げられた土を、竹薮の横にある焼却場へ持って行けというものであった。

池の土を積み上げてできた第2の山と背後にいる“ゆうだけ番長”

そのためには、第1の山の土を均らした東側の通路を通り、3年前に私が均らしたジャリ道を抜けて行かなくてはならない。ほぼ50mの距離がある。しかもその道は上り坂になっていて、いま均らしたばかりの土に一輪車のタイヤが埋まる可能性もある。私はその指示を聞いていて、“言(ゆ)うだけ番長”という言葉を思い出した。それは、懐かしき漫画『夕やけ番長』(梶原一騎/原作、荘司としお/画)を文字(もじ)ったもので、いまは民主党の政調会長になっている前原誠司氏のニックネームになっている。まさに母は言うだけで、自分がその作業をしないものだから、作業の辛さや効果を深く考えることなく、好き放題のことを妄想している。

その“ゆうだけ番長”に対し、私は「他の土地より少し高くなるが、山を均らすだけでいいのではないか」という提案をした。同じ奴隷である弟も、その意見に賛成した。ただ、均らすだけと言っても、その作業は実に過酷なものであった。スコップで掘った土を低い方の地面に向かって放り投げていく作業を、炎天下で黙々と続けなければならない。母はその土を池の反対側の少し低いところにも持っていきたいというので、一輪車で運ぶ作業も追加された。その作業も2時間くらい掛かったであろうか。地面は見事に平坦になり、畑として使えそうな立派な区画となった。

平坦に均された第2の山。少し他より高くなったが、十分に畑として使える

母はちょうど北東側の境界線に当たるので、果樹でも植えようかと言っていた。私は自分が好きなナシやモモを提案したが、虫が付きやすいとか手間が掛かるということで全て却下されてしまった。一体、どんな果樹を植えるのだろうか。来年以降の楽しみがまた1つ増えた。こうして、2つの山は均され、随分と見晴らしがよくなり、活用できる土地も増えた。母の懸念も山のように切り崩され、平安な気持ちになったことであろう。昼飯まえに、この2つの課題をクリアしたことは、実に順調な滑り出しであった。このあと、14時すぎに遅い昼食を採るために、近くの冷房の効いた中華料理屋に行き、やっと人間らしい気持ちを取り戻したのであった。なお、京都に帰ってきてから雑用に追われ、アップが1週間おくれたことをお詫びしておきたい。(佐渡屋太郎)

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景品問題の底流にあるもの(後章)【佐渡屋太郎-vol.260】

夏空に向かって元気よく成長する「ナンキンハゼ」の木

いまは12年8月10日(金)の16時50分。やっと佐渡への帰省まで終わらせなければならない、最後の仕事までたどり着いた。今日は午前中に駅前のデパートへ行って、土産を買ってきた。それから帰省のための荷造りをし、水シャワーを浴びたあとで、8月20日締切りの原稿を書いた。そして、いまキンキンに冷えた焼酎の水割りを机の上において、チビチビと飲みながら、このブログ原稿を書き始めたのである。冒頭にも言ったように、この原稿を書き終えれば、帰省前のすべての仕事が終了する。そして、明日のいまごろの時間には佐渡の実家に着き、冷たいビールを飲んでいることだろう。

先ごろから連日にように続いた緊張感が溶けたため、急に眠気が襲ってきている。それに加えて酒も飲み始めているので、早目に本題に入っていかないとこの記事を積み残してしまいそうだ。今回のテーマは景品問題の4回目で、いよいよ最終回を迎えることになった。前回は、今回の規制強化をホール側から見てきた。そこで今回は空の上から、この問題を“鳥瞰”してみたいと思う。まず、雀のようにまず低空から規制強化の流れを見ていきたい。

先日、ネットを見ていたら、“釘曲げ”に関する本格的な規制強化が始まったという記事を見つけた。個人的には“いよいよ来たか”といった感じがした。流れとすれば、遊技機→ホール営業→換金という3つのポイントがあるように思う。遊技機は「ECOパチ」などといったあやふやものではなく、ホール側の関与をいっさい排した遊技機への転換。もともとホール側による“釘調整”は、風営法でも禁止されている。それに民間のパチンコ屋のオヤジや店長が、売り物である遊技機の釘をいじって自由に“粗利”を調整できることに対し、疑問や不信感を持っている人は意外と多い。

散歩の途中の道で咲いていた「ヒマワリ」

建前的には、遊技機は警察庁の外郭団体である「保通協」の検査を通り、各都道府県の公安委員会が承認して、ホールに設置される。しかし、実際は機械で打ったような釘で、そのまま営業したらひどいことになってしまう。玉はあちこちに飛び跳ねて顧客のストレスは高まるし、ホール側もそんな荒れ釘では数値管理ができなくなってしまう。以前はメーカーや販社の人間が、実際に営業で使えるような“開店釘”を作りに来てくれたものだという。しかし、メーカーや販社の人間がカナヅチを持つことは禁止された。

それからホールがすべてを引き受けるようになった。日常の調整は以前からホール側が行っていた。そこには独自の理論やノウハウ、さらに職人的な技術によって、“釘”を通した釘師と顧客との、よく言えば“コミュニケーション”、悪く言えば“騙し合い”があったのだ。昔はこの“釘読み”がパチンコの醍醐味でもあった。この一連の釘調整を行政は射幸性アップのための“改悪”、ホール側は顧客や自分たちのための“改良”と考えていたと思う。そして、今回の規制強化によって、本格的に“釘調整”にメスが入れられることになったのである。

それをどこまで徹底するのかは、今後の大きな焦点でなる。広告宣伝規制や来店ポイントや貯玉システムなどで騒いでいるが、それはあとから考えれば、“序の口”であったと思えるようになってくるだろう。ホール営業においてはこの“釘調整”が最重要ポイントとなることは間違いない。これは遊技機とホール営業にまたがる、これまでになかった“大改革”である。しかし、カジノをみればそれは当然のことであり、営業者が遊技機を調整することなど、絶対にあってはならないこととされている。長い目で見れば、遊技機へのホールの関与は次第に減らされていくことだろう。

ベランダに落ちていたセミの死骸

シナリオは着実に進行している。しかし、“釘調整”にも増して、業界に大きな影響を与えることになるのは、換金問題であろう。この換金問題は業界自体の存立基盤、さらに産業自体の“存亡”に関わる大きな問題であるからだ。いまは、一物一価を“金科玉条”として、景品問題をこれまでの乱れを統一見解によって正す方向に向けての指導が行なわれている。この先、個別的には各エリアにおける特殊景品の検証や、一物一価を振りかざしての景品交換システムの改変は十分にありえるだろう。しかし、景品問題を換金問題として、切り込んでくる問題認識はいまの行政に果たしてあるのだろうか。

私はないと見ている。それは自分で自分の首を絞めることになるからだ。もし、換金問題に踏み込むことがあるとすれば、民意を受けた政治的な要請があってからのことだろう。しかし、その政治も昨今の虚妄的な動きを見ると、何とも心もとない。つまり、パチンコ業界は行政に吊るし上げにされているとは言え、その行政が“金科玉条”に掲げる風営法によって、逆に滅亡の危機から救ってもらっているという見方もできるのだ。下世話的に見れば、警察OBがメーカーやホール企業、ホール組合のみならず、“3店方式”を構成する特殊景品関係の組織や会社にも天下っているという現状がある。法改正でパチンコ業界の再編成が行われれば、既得権を失うことに関しては、行政とパチンコ業界は“運命共同体”の関係にあるわけだ。

つまり、何が言いたいのかというと、今回の規制強化が換金問題まで踏み込まないのであれば、言い方は少し過激になるが“茶番”に過ぎないと私は考えている。なぜかと言うと、“射幸性の低減”を目的とした規制強化なら、当然ながらその根源となっている換金に踏み込まなければ、根本的な解決にならないからである。パチンコは換金というシステムを使った実質的なギャンブルであるからこそ、これだけ多くの顧客を集め、産業として拡大してきた。それは、パチンコをしても換金ができなかった場合を考えたら、誰でも簡単に分かることだろう。最高額1万円の賞品を得るために、どれだけの人たちがホールに通うだろう。

景品を介して、換金ができるからほとんどの人たちは、ホールに通っているのである。その顧客たちの頭の中は、たとえば1万円の遊技料を払っても、勝てば3万円になって返ってくるという論理構成になっている。こうした考えこそが、まさに射幸心(偶然の利益や幸福を得ようとすること。まぐれあたりをねらうこと)そのものではないかと思う。この射幸心を抱く源泉となっている換金システムを野放しにして、遊技機やホール営業だけを締め上げても、私は全くの“片手落ち”であると思う。事実、これまでいろんな施策が打たれてきたが、顧客の射幸心は鎮まることはなかった。

あまりに成長の早さに再度の植え替えを敢行した「シャコバサボテン」

それどころが、3万円を得るという自らの論理に破綻した多くの人たちは、家庭崩壊や自己破産、なかには犯罪に走るケースもあり、さらに報道されている数倍あるいは数十倍の人たちが水面下で命を失っていった。こうした実態を見過ごしておきながら、その根本原因を放置した行政は一体なにをしようとしていたのだろうか。カジノ法案という背景によって、まるで思い出したように規制強化路線を打ち出し、ホール業者を容赦なく叩いているいまの行政の姿を見て、私は不信感を募らさずにはいられない。

まず、換金を法的に認めること。その上で、1日の遊技料金や換金額に網を掛けること。これが射幸心の虜になった国民を救うために、とりあえず必要なことではないかと思う。税金をどうするかは政治のテリトリーで、勝手に綱引きをやっていればいい。これまでパチンコの換金に対し、「直ちに違法とは言えない」というのが行政の見解であった。それは“3点方式”という、アクロバテックな換金システムが担保となっていたわけだ。しかし、一時期は3000万人の遊技客を持ち、97%の換金率である現状を前にしては、その論拠も通用しなくなって来ているのではないか。

花の時期も終ったので、4年ぶりに植え替えを行なった「アジサイ」

私自身が、この換金システムを客観的に見ておかしいと思うし、同じように考えている一般市民も多くいる。だから、パチンコがTVCMなどで突出してくると、直ちに多くの反感が渦巻いてくるのである。パチンコを真に世に認められる形にするには、どうしたらいいのか。今回の規制強化を見ていて、つくづく考えされられた。それには“大手術”が必要であるが、それに耐えられるだけの体力をパチンコ業界が持っているのか。一方、今回もまた根源的な病巣を抱えながら、薬で散らしていくのか。いずれにしても、景品問題の奥にある換金問題が、今回の規制強化においても最大の“山場”になることは間違いないだろう。その観点からこれまでも流れを注視してきたし、今後もその興味はますます強まっていくはずだ。

そろそろ体力と酔いの限界に近づいてきた。明日は6時に起きて、佐渡に向けて出発しなければならない。佐渡ではまた多くの力仕事が待っているようだ。景品問題についてはもう少し書きたい気がするが、今回はこのあたりで留めておかないといけないだろう。また佐渡で英気を養ってきてから、考え続けていきたいと思っている。今日は13時40分の船に乗って佐渡に渡る計画になっている。(佐渡屋太郎)

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景品問題の底流にあるもの(中章)【佐渡屋太郎-vol.259】

今年10回目の“猛暑日”を迎えた京都の夏空

 いまは12年8月4日(土)の16時50分。京都は今日で10日間連続の“猛暑日”を記録している。言うまでもないが、とにかく暑い。この原稿を書くにあたり、恒例の“水シャワー”を浴びてきた。お陰で体がさっぱりとして、生き返ったようだ。外ではセミがうるさいくらいに鳴いている。まさに夏の真っ盛りで、今が1年で最も暑い時期であろう。8月1日生まれの佐渡屋太郎は、夏が一番好きで、この夏を楽しむためにこれまで生きてきたようなものだ。セミたちが1日でも永く、鳴いていてくれることを願っている。この声が聞こる間が、私にとっての夏のイメージだ。

そして、もう少しでお盆となる。早く仕事を片付けて佐渡に帰りたい。先日、弟の佐渡屋次郎から電話が掛かっていたが、月末締めの原稿に追われていて出ることができなかった。きっと、佐渡へ帰る日の打ち合わせの電話に違いない。いよいよ、佐渡へ帰るための“ラストスパート”の時期に差し掛かっている。しかし、今週は連日のように雑務が湧き上がってきて、右往左往しているうちに、1日が終わるような1週間であった。さらに夜は夜で、オリンピックの競技をみるために寝る暇もない。果たして、こんな状態で本当に佐渡へ帰れるのかどうかといささか不安になっている今日この頃だ。

そんな折、この景品問題のブログも最終回を迎えることになった。言いたいことは山ほどあるが、それをどのように組み立てて結論に結び付けていくかを昨日から考えていた。まず、パチンコを中心にした構成要素が持つ、それぞれの“立ち位置”の説明から始めることにしよう。私の頭の中では、①行政→②ホール→③顧客→④一般市民という構図になっている。

夏の太陽を浴びて逞しく成長する植木たち

まず①の行政であるが、この視線は④の一般市民に向いている。安心で安全な社会を作ることが任務であるからだ。別にパチンコ産業を育成することが目的ではない。それどころか、パチンコを“おとなしく”しておくことが任務の遂行上において必要である。経産省などが監督官庁であれば、産業育成に尽力してもらえるかもしれないが、パチンコの監督官庁は警察庁である。そんな産業育成の意識もノウハウもない。それは当然のことである。では、なぜパチンコが警察庁の管理下にあるのか。それはパチンコ営業が風営法の元に置かれているからだ。その法の元にして、行政はパチンコホールに対して取締りや指導を行っている。

では、行政がパチンコに対して、どのようなことを求めているのか。それは風営法第1条に謳っている「善良な風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止する」ことである。逆に言えば、この点を厳守することを条件に、各ホールに対して営業許可を与えているわけだ。さらに、風営法施行条例では「著しく射幸心をそそるおそれのある方法」での営業を禁じている。これが行政の持つ“金科玉条”である。この法律を今のパチンコホールに当てはめて考えてみたとき、一般市民は果たしてどのような感想を抱くだろうか。

一方、個人的にはこの2つの“金科玉条”があれば、今のパチンコ営業のほとんどの部分の規制ができるような怖さも感じる。さらに、パチンコ関係者を怯えさせる点として、行政の“裁量主義”とも言われる特権的な法の運用姿勢がある。つまり、法を厳格に運用するのか、甘く運用するのかは、すべて行政の匙(さじ)加減に委ねられている部分が多くあるのだ。その点で言うと、今の行政の態度は法を厳格に運用し、パチンコ営業を締め上げている時期に当たる。

夏の雰囲気を盛り上げてくれるセミの声とベランダの木々

以前に取り上げた玉川氏は、「違法な営業形態でも、たまたま摘発されなかったことをもって『既得権』と考える慣習」というが、その違法か違法でないかの線引きが、“裁量”によって大きく左右されているのである。これを“温度差”という。たとえば、ある県で摘発された営業形態が、県境をまたいだ隣県では堂々とまかり通っている。こんなケースはこれまで数え切れないくらいあった。だから、ホール関係者は様子見をするのである。「営業の基本となる法律や通達をきちんと確認しない慣習」というが、実際は法の解釈によって行政の判断が変わるので、ホール関係者は実際、その判断基準が十分に分からないのである。

以上の点は、もの言えぬホール側のサイドに立って、代弁しておきたい。ホール側は行政の判断に反抗できないから、言われたことを聞くしかないのだ。たとえば、今回の規制強化でも同じことが言える。大阪では、等価交換が実質的に禁止された。その理屈は、景品の仕入れ値と同じ値段で顧客に提供するのは、市場原理に反しているというものだ。大阪では交換率規制が01年に崩れ、等価交換を導入するホールが現れた。では、大阪では11年間にわたって違法営業が行われていたのだろうか。今回、貯玉・再プレイシステムにおいて、手数料の徴収が禁止となった。貯玉・再プレイシステムが導入されたのは92年のことである。当然、手数料をとって運用されていた。では、手数料を取っていたホールは、この20年間にわたり違法営業を続け、警察はそれを見過ごしていたのだろうか。

この例でも分かるように、これまで“白”であったものが、ある日を境に急に“黒”となる。これが行政の“裁量主義”の典型である。しかも、お上(かみ)の言うことは、黙って聞くしかない。これでは、ホール側の企業経営は成り立たない。確かにホール側の過激な販促戦略にも、目に余るものがある。しかし、こんな江戸時代の“お代官様”のような前近代的で、反民主的な独断専行がまかり通っているのである。ホール企業が上場できない理由は、換金が合法化されないことにある。しかし、2つ目の理由として、行政の規制によって業績が大きく左右されることも挙げられている。

次は②のホールであるが、こちらの視線は当然ながら、③の顧客に向けられている。その視線があまりにも強すぎて、①の行政や④の一般市民への目配りが疎かになるという傾向がある。ホールの目的は、より多くの顧客をホールに引き入れ、より多くの売り上げを上げることである。企業なら利益を追求することは当然のことである。そのため、宣伝広告などの販促を行ない、イベントを打ち、顧客には思いつく限りのサービスを実践する。しかし、それは往々にして善良で清浄な風俗を乱し、青少年の健全な育成の障害となり、さらに射幸心を煽ることにつながりやすい面がある。

Y嬢が買ってきて植え付けをした「トレニア」

ここに、より多くの利益を上げたいとするホール企業と、つねにパチンコを“おとなしくさせておく”ことが任務である行政の間に横たわる“乖離”がある。その“乖離”の源泉は風営法にある。パチンコ営業自体が、風営法を遵守することを前提にして許可されたものであるからだ。そこが普通の企業とは大きくことなっている点である。普通の企業なら法に触れるようなことをしない限り、自由な営業活動が許されている。しかし、ホール企業は常に風営法に照らした厳重な監視と、行政による介入を受けなければならない。

それなら、風営法に抵触しないような営業を行えばいいだろうと言う人がいるだろう。確かに、自家買いなどの明確な違法行為をして発覚すれば、1発で営業許可の取り消しとなる。しかし、先に見たように、遵法と違法の境界がそれほど明確でない場合が多い。20年も続けられていたシステムが、新たな法的解釈によって明日から“違法”にケースもあるのだ。したがって、行政とホールは絶えず風営法をめぐっての“せめぎ合い”を続けていると言ってもいいだろう。その1例が広告宣伝規制を巡る“いたちごっこ”である。この件に関しては、7月20日にホール5団体の代表者が警察庁に呼び出され、広告宣伝の適正化に関する新たな通達を受けたという。

個人的はこれ以上“ゲリラ戦”を展開しても、究極的にはより大きな打撃を蒙ることになると思う。しかし、ホール側の立場に立てば、この広告宣伝規制に承服できないという意志の現れとも見ることができる。ネットを見たら、「どうして集客しろというのだ」という多くのホール関係者による悲痛な叫びも掲載されていた。本来ならホール団体の代表者が交渉すべきだが、今の行政はそんなことを聞く耳を持っていない。ホールにおける販促手段のほとんどの部分を禁じたこの広告宣伝の規制強化は、客観的にみて明らかに行き過ぎであると思う。要するに行政はパチンコを締め上げるとき、新たな法的解釈によって、ここまでできることを示したわけだ。これは“強権発動”の1つの見本である。

同じくY嬢が買ってきた「メランポジューム」

しかし、こうした永年にわたる行政とホールの“せめぎ合い”のなかで、生み出されたのが③の顧客である。この顧客こそが、今のパチンコの実態を如実に体現していると思う。顧客の目が向いている方向は、言うまでもなく②のホールだ。そして、ホールに行く目的は、まず遊技に勝つことであり、換金によってより多くの金額を手に入れることである。行政が気にする換金率は97%で、ほとんどの遊技客は勝ったら換金を行っている。数年前、鳴り物入りで一般景品の品揃えをアイテム数や景品数まで指示して行なったことがあったが、いまのところさほどの効果は上がっていない。その理由は明白で、顧客は換金を目的にホールへ通っているからだ。

さらに1回の使用金額を見ると、少し古い08年のC-NEWS編集部が行なった調査によると(母数=400)、全体の平均は1万3596円で、ヘビーユーザーほど使用金額が多い。ちなみに週2回以上の遊技客の1回あたりの使用金額は1万6700円であった。これでも1時期に比べればだいぶ減ってきたというのが正直な感想だ。この顧客の“遊技実態”を客観的に見て、果たしてこれが「遊技の結果に応じて客に賞品を提供する営業」と言い切れるのか。換金を目的にほとんどの客は遊技を行っている点においては、実質的はギャンブル(賭博)である。さらに、その使用金額も年間の参加頻度を勘案すれば、他のレジャーと比較して極めて高額になっている。

こうした実態を垣間見ることによって、④の一般市民はパチンコ営業に対して、大きな不信感と危険性を持つに至るわけだ。その声を分析してみると、1つ目はなぜ民間でパチンコだけ、実質的なギャンブルが認められているのかという不公平感が挙げられる。2つ目は、実質的なギャンブルなのに、どうしてもっと厳しい規制が掛けられないのかという、パチンコをしない人たちによる行政に対する懐疑であろう。そして、その不満の矛先を、パチンコ営業全般の中から見ていくと、問題の標的となっているのは、換金と換金額の部分であると私は考えている。

奈良でもらってきてから急成長して植え替えを行なった「スーパーダックフット」

したがって、換金を法的に認めるのか、認めないのか。換金を認めるとしたら、どのような条件が必要なのか。ここがパチンコの社会的認知の根本問題になると思う。その中には当然のことながら、換金の上限額も設定されなくてはならないだろう。パチンコはあくまで“小”ギャンブルに止めるべきで、その範囲は具体的にどれくらいの金額に相当するのか。これまで保通協による遊技機検査やホールの指導によって、射幸性の低減を図ってきたが、結局は多くの人が文字通りパチンコの犠牲になるという事態の抜本的な改善には至らなかった。では、今回の一連の規制強化によって、果たして一般社会が容認してくれるようなパチンコ営業に到達することができるのだろうか。いずれにしてもパチンコ業界には大きな犠牲を伴うことになるが、将来的に見ればここは避けては通れない道であると思う。顧客の“実態”を直視し、実態に即した本質的な改善策が必要な時期に来ているような気がする。

今回が景品問題の最終回であると思って書き出したが、まだまだ書きたいことがたくさんある。とくに今回はホール側の観点から書いたので、私自身がエキサイトしてしまった。まずは熱くなった頭を冷やしながら、次回にまた別の角度から景品問題に見ていきたいと思う。このブログを書く前に浴びた“水シャワー”の効力も、そろそろ切れてきたようだ。まだ、外ではセミが懸命に鳴いている。今日は、これからまた“水シャワー”を浴び、雑務絡みの買い物のために“猛暑日”のなかを自転車で突進してくる。(佐渡屋太郎)

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