遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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ダイナム香港上場の目的(その1)【佐渡屋太郎-vol.238】

やっと探し出したダイナムのホール写真

いまは3月25日(日)の14時05分。えらいことになってしまった。抱えている原稿が全てバッティングしている。今日はすでに短い原稿2本を書き上げた。やっと調子が出てきたところだ。しかし、このブログの原稿も今日中に書かなくてはならない。“1週間に最低1本”というノルマを自分に課しているためだ。

今回は「ダイナムの香港上場」のことを書くつもりで、3月22日(木)から断続的に資料集めや取材をしてきた。しかし、取材したあるところでは、今の時点でははっきり分らないのでもう少し時間をほしいと言われた。また、頼りにしていた人はすでに昨年、会社を退職していたことが判明した。だから、書く勢いをそがれてしまったのだ。それなのに、「上場の目的」などと偉そうなタイトルを付けてしまった。ただ、その目的が分らなければ、書く意味がない。だから、せめてもの申し訳に“その1”と付けて逃げることにした。読者諸氏には、続篇の“その2”を期待してもらいたい。

したがって、今回はいままでに調べたことの幾つかを列記して、次回への布石にしておきたいと思う。また、今回に掲載する写真にも大きな苦労をさせられた。私は近頃、ダイナムのホールに取材に行っていない。しかし、店舗の写真が必要だ。そこで必死になって思い出したら、キャンプで和歌山県の御坊にいったとき、確かに道端にあったダイナムのホールを撮った覚えがある。それは何年前のことだったのか。そこで写真リストを繰って調べたら09年5月のことであった。過去の写真はすべてディスクに入れて保管してある。そのとき、重要なことを思い出した。

ある頃、“猪八戒”から写真保管のために、バックアップ用のハードディスク装置をもらい、パソコンに接続した。そこに撮り終わった写真データを貯めておくことにしたのだ。しかし、あるとき気付いたらウィルスでも入ったのか、ハードディスクが開かなくなってしまった。ところが数年経った頃、いつの間にかまた開くようになった。そこでハードディスクに入れていたデータを救済し、保管用のディスクに入れ直しておかなければと思いながらも、忙しさのためにそのままにしていたのだ。ハードディスクに入っていたデータは、09年2月から5月までのものであった。ちょうど、今回ほしいダイナムのホールの写真データもハードディスクに入っていることになる。

忙しいときは、こんなことがよく起こる。やればやるほど、仕事が増えてくる。仕方なく、原稿書きを中断し、データの救出を行なうことにした。2月分、3月分と作業は順調に進んでいった。ところが、4月分に入ったとき、急にデータの書き込みができなくなった。そして、いろいろ操作してみたが、結果的に4月分と5月分のデータが消えてしまったのだ。ここには約500枚分の写真データがあった。私は呆然としてしまった。しかし、これでへこたれるような佐渡屋太郎ではない。そこでまた過去に遡って思い出してみた。そこであることを思いついた。

私は05年からデジタルカメラを使い始めたが、それ以前のフィルムカメラで撮った紙焼きが残っているはずだ。大方は佐渡に送ってしまったが、残っているものもある。そこでファイルに入れたり、紐で括られた大量の紙焼きを1枚1枚点検していった。その努力によって、何と4枚のダイナムのホールの写真を見つけ出すことができたのだ。私にとってはとても貴重で、“宝物”のような写真となった。それを即刻、スキャンしてデータをパソコンに取り込んだ。ただ、この一連の作業によって、実に膨大な時間を使ってしまった。

しかし、そんなことは問題ではない。大切なのは、決して諦めてはいけないという精神である。その教訓を忘れないためにも、こんな下らないエピソードを延々と書いてしまった。別の見方をすれば、気がついたらすぐ実行しろという教訓でもある。常に面倒なことを先延ばしにしてきた私への“天罰”であったのかもしれない。私は最近、いろんな“天罰”を下されている。しかし、貴重なデータを失ってしまったショックから、少しは立ち直ることができた。へこたれてはいけない。また、物は捨ててはならないという教訓でもある。実は事務所を移転するとき、これらの紙焼きを捨てようとしたことがあった。しかし、思い直して保存することにした。その決断が、今回の見事なリカバリーを生んだのである。

今回は探し出した4点の写真のうち、2点を掲載することにした

さて、いつものように長い前置きになってしまった。しかし、こんなことを書きながら、本題へ行くウォーミングアップをしているのである。別の見方をすれば、面倒なことをまた先延ばしにしているのかもしれない。まず、今回の上場の件を各種のメディアでは、次のように報道している。ただ、発信元は共同通信のようだ。それによると、タイトルは「パチンコ大手が香港で上場目指す ダイナム、国内外で初」とある。

内容は、「パチンコホール国内2位のダイナムグループ(東京)が香港証券取引所に上場を申請し、最終的な手続きを進めていることが12日、分かった。上場が実現すれば、パチンコホール運営会社では国内外で初めて。6月ごろの上場を目指しているとみられ、株式時価総額で1千億円超の大型上場になる見通し。1990年代からパチンコホール各社が事業拡大などのため、上場を目指す動きが出ているが、国内の証券取引所への上場は実現していない。香港証取がダイナムの上場を認めた場合、同業他社が海外での上場に追随する可能性がある。ダイナムグループは、パチンコホール『ダイナム』を主体に構成」というものだ。

ここで整理しておきたいことが、いくつかある。まず1つ目は、ホール企業の上場についてである。これまでホール企業が国内で上場できなかったのは、言うまでもなく換金が合法化されていないことがネックになっていた。警察庁の「直ちに違法とは言えない」という見解はあるが、この状態を“グレーゾーン”と証取に判断されてきた。

また、今回の広告宣伝規制の強化や1部エリアの等価営業の事実上の禁止のように、行政指導によって業績が大きく左右されるという点も挙げられる。こうした経営環境の大きな変化に対し、果たして株主保護ができるかという問題だ。逆に言えば、上場企業が増えれば、行政もそれほど強引な指導はできないという見方もできる。ただ、国内で上場できる見込みは現時点ではない。

2つ目は上場企業であるが、これはまったくなかったわけではない。以前、愛知県のホール企業が、ニューヨーク証券取引所に上場していた米国の企業を買収し、グループ企業での上場を果たしたという例はあった。その当時、私たちはこれを“裏口上場”と言っていた。実際、その上場が日本でのホール経営に劇的な影響を与えたという話はその後、寡聞にして知らない。その点で言えば、今回のダイナムも“裏口上場”となってしまう。問題は、何のためにいまの時期に、それも香港で上場したかという点にある。

3つ目は追随企業であるが、この上場が成功し、それなりの効果が認められれば、あとに続く企業は出てくるだろう。PCSA(パチンコ・チェーンストア協会)加盟のホール企業をはじめ、上場志向の企業は少なくない。そこではPTB(パチンコ・トラスティボード)などの第三者機関を設け、上場実現のために企業内の様々な改革に取り組んできた。企業としての上場の問題はクリアしているが、換金問題の法的クリアができないため、足止めを食っているというのが現状だ。その点で言うと、いまのカジノ問題に似ている。

ダイナムが上場した香港の尖沙咀(サムサーチョイ)の風

そこで香港証取での上場の条件を見てみると、次のようになる。香港証取には「メインボード」(東証1部のようなもの)と、「GEM」(新興市場でナスダックのようなもの。基準もメインボードより緩やか)がある。ここではより条件が厳しい「メインボード」の基準を見ていくことにする。「メインボード」には、「H株」(中国に登記され、本土で事業を展開している中国企業)、「レッドチップ」(中国資本が30%以上の企業)、「その他」(H株、レッドチップに属さない企業。香港の地場企業、海外の香港上場企業など)がある。差し詰め、ダイナムは「その他」の海外の香港上場企業に該当する。

香港証券取引所の上場要件
【財務条件】
①利益基準
●過去3年間の会計年度における税引き後利益が5000万香港ドル(約6億円=1香港ドル12円で計算、以下同じ)、かつ直近年度に2000万香港ドル(約2億4000万円)、それ以前の2年度間に合計3000万香港ドル(約3億6000万円)。
●上場時の時価総額が2億香港ドル(約24億2000万円)以上。
②時価総額/売上高基準
●上場時の時価総額が40億香港ドル(約480億円)以上。
●直近監査済会計年度の売上高が5億香港ドル(約60億円)以上。
③時価総額/売上高/キャッシュフロー基準
●上場時の時価総額が20億香港ドル(約240億円)以上。
●直近の監査済会計年度の売上高が5億香港ドル(約60億円)以上。
※以上の3基準のうちいずれかの条件を満たすこと。

【営業実績および経営の継続性】
①少なくとも直近3会計年度は経営陣が継続していること。
②少なくとも直近監査済会計年度において、オーナーシップおよび支配株主が継続していること。
【最低時価総額】
①上場時の時価総額が2億香港ドル(約24億円)以上。
※以上の要件を満たし、最低3会計年度の営業実績が必要。

【最低浮動株比率】
①発行済み株式総額の25%以上が市場で流通していること(市場流通株が5000万香港ドル〈約6億円〉を下回ってはならない)。
※市場流通株の最低割合は、上場期間中、常に維持されなくてはならない

【株主数】
①上記財務要件の「利益基準」もしくは「時価総額/売上高/キャッシュフロー基準」を満たす場合=300名以上。
②上記財務要件の「時価総額/売上高基準」を満たす場合=1000名以上。

【スポンサーの指名】
①新規上場申請者は、スポンサーを任命する必要がある。新規上場申請者およびその役員は、スポンサーの任務遂行に協力しなくてはならない。

日本以上の人口密度を誇る香港の多層的住居空間における幾何学的な混沌美

これが大体の上場基準である。では、実際のダイナムホールディングスの業績はどのようになっているのか。2012年3月期の決算は出ていないので、2011年3月期の決算内容を参考までに見ておくことにしよう。さらに2012年3月期の業績予想もあるので、それも合わせて記載しておく。

【ダイナムの2011年3月期の決算内容】
●売上高=8530億円(▲0.5%)
●営業利益=280億円(▲16.3%)
●経常利益=273億円(▲14.7%)
●当期純利益=126億円(10.7%)
●1株当たり当期純利益=430円07銭
●自己資本率当期純利益率=19.6%
●総資産経常利益率=18.9%
●売上高経常利益率=3.3%
●総資産=1437億3200万円
●純資産=764億4000万円
●自己資本比率=53.2%
●1株当たり純資産=2347円91銭
●期末発行済株式数(自己株式も含む)=3255万6718株

【ダイナムの2012年3月期の業績予想】
●売上高=8273億4500万円(▲6.2%)
●営業利益=124億4300万円(▲3.6%)
●経常利益=123億7300万円(▲0.7%)
●当期純利益=65億600万円(2.0%)
●1株当たり当期純利益=199円84銭

当然ながら、上場基準をクリアできる目算があって申請をするのであろう。ただ、ある銀行系のコンサルタントは、香港で得た資金は日本に持って来れないと言っていた。私は「海外の香港上場企業」という枠があるので、そんなことはないと考えている。これはいま調査中である。そうでないと、香港で上場した目的が分らなくなってしまう。日本に持って来れると仮定して、その資金を何に使うのか。私はM&Aにつぎ込むのではないかと思っている。ダイナムが標榜する“低貸営業”は、すでに営業の主流になってきている。これを機に、一気に店舗数を増やして攻め込んでくるのではないかという予想である。

事実、当初はほとんど反応がなかった提携企業募集の呼びかけも、徐々に成果が出始めているようだ。これが今回の調査をしての驚きであった。調べた限りでは3社をM&Aによってグループ会社としている。さらにその中で低貸専門店は「やすみ時間」という共通屋号にして、ブランド展開を行っている。いわば、ボランタリーチェーンへの積極的な取組みである。また、昨年9月21日にダイナムホールディングスを会社分割して、新たな中間持ち株会社「㈱ダイナムジャパンホールディングス」を設立した。同社は㈱ダイナムのほか、遊技場部門の子会社を継承している。この社名に「ジャパン」を入れた意味はどこにあるのか。一方、テレビを見ていると、視聴率の高いメイン番組にCMを提供し、盛んに同社が標榜するパチンコホールのあり方を訴求している。それらをまとめると、以下のようになる。

【㈱ダイナムジャパンホールディングスのホール経営子会社一覧】
①㈱ダイナム
②㈱キャビンプラザ(09年4月1日、福島県福島市、4店舗)
③大黒天㈱(09年12月1日、山梨県甲府市、2店舗)
④㈱オークワジャパン(10年6月1日、三重県鈴鹿市、3店舗)

【スポンサー番組一覧】
①「日経スペシャルカンブリア宮殿」(テレビ東京系、11年度より)
②「NEWS23X」(TBS系、11年度前半まで)
③「リンカーン」(TBS系、11年度後半より)
④「たけしのTVタックル」(テレビ朝日系、11年度後半より)

㈱ダイナムは、売上高こそ8530億円で第2位(1位は㈱マルハンの2兆389億円、ともに11年3月期実績)だが、店舗数では344店(11年3月時点)で、マルハンの274店(11年12月時点)を大きく超えている。正直言って、私はダイナムの精力的な低貸ホール展開に、当初は大きな危惧を感じていた。事実、実績的にも稼働的にもいま1つの爆発力はなかった。しかし、ここに来て香港上場での資金が、その展開に当てられるとしたら、その“本気さ”に敬服するしかない。実にしぶとい企業であるし、“安い遊技をより多くの人に提供する”という信念の強さに、改めて驚かざるを得ない。この“信念”が今のホール企業に一番、求められているように思う。(佐渡屋太郎)

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佐渡屋太郎の偉業(佐渡日記2011②)【佐渡屋太郎-vol.237】

畑の家の横に並んで植えられた松の木の列

いまは3月15日(木)の14時05分。ネットを見たら、今日は特別のニュースはないみたいだ。ということは、いよいよ「佐渡屋太郎の偉業」を書くときを迎えたということか。待ちくたびれて、ややテンションが下り気味ではあるが、この機を逃してはまたいつチャンスが巡ってくるか分らない。ここはやるしかないと心を決めた。思い返せば、佐渡に帰ったのは昨年の8月のこと。あの緑に溢れた輝く世界は、いまから思えばまさに私にとって“楽園”であったと言える。

今回の佐渡では、以前にも書いたように弟の佐渡屋次郎が“楽園の整備”に参加することになった。そこであいつの担当として、“畑の家”の西側にある雑木林の枝切りを任せることにした。体力の塊のような弟には、最適な仕事であったと我ながら感心している。一方、兄である佐渡屋太郎の任務は、“植木ジャングル”のなかにある松の枝漉きと、竹林の整備であった。この任務は芸術的なセンスと繊細さを必要とする点で、まさに私に打って付けの仕事であったと言える。

まず、松に関して言えば、これは生前の父が自分の欲望に任せて、見境なく植えたものである。東京のおじさんが佐渡に家を新築するとき、この中の2本がプレゼントされ、入口を飾る“男松”と“女松”となってその価値を示した。いまではすっかり成長し、鬱陶しいくらいの威容を見せ付けている。他の松も年々成長し、やがて“植木ジャングル”全体の風通しを悪くするようになった。

その結果、松に何の愛情も持たない母によって、残酷にも切り倒されることになる。以前は2列にわたって並んでいた松は、いまでは1列になってしまった。しかし、その1列も枝が張ってきたので、それをかっこよく整枝し、さらに松葉も漉けというのが、母の指令であった。見ると、2階ほどの高さのある脚立が置いてあった。聞けば、いとこのMが途中まで作業をしてくれたのだという。その後を私が引き継ぐことになった。では、作業はどのように行なわれたのか。

母親の指示のもと、佐渡屋太郎に枝打ちされた松の木たち

当然ながら、私は脚立に上って枝を切る。最初は、その下に母がやってきて、私の作業をじっと見ていた。それに対して私は、息子の手際よい仕事振りに、見惚れているのかと思っていた。しかし、時間が経つと「その横の枝も切れ」、「もっと松葉を漉かせ」といった言葉が発せられるようになった。長女で、女王様のように育った母には、いつも周りに“家来”がいた。自分にできないことがあると、人に指示して事を解決していくという行動パターンを、小さい頃から取ってきた。その態度は年老いても変わらない。

それどころか、年を取ると自分でできないことが増えてくる。したがって、1年ごとに周りの“家来”が忙しくなるという構図だ。その“家来”とは、日常的にはいとこのMであり、帰省したときの私と弟である。夏場の労働は、年を追うごとに厳しさを増してきている。私も小さい頃から、常に周りに“子分”がいて、いろんなことをさせてきた。しかし、その私でも母に勝つことはできない。容赦ない上から目線の指示が、脚立の上の私に何回も飛んできた。その指示に私は逆らうことができない。まるで“奴隷”のように、汗みどろになって佐渡屋太郎は松の枝を切り、松葉を漉いていったのだ。

実は、今回の真のテーマは“竹薮”である。竹の美しさに初めて目覚めてしまった。まず、この“竹薮”と私の関係から話を始めていきたい。これまでの私と“竹薮”を結びつける唯一の関係は、“筍”(たけのこ)であった。佐渡屋太郎は小さい頃から、この竹薮でできる筍を食べ続けてきた。具体的に言うと、筍の味噌汁と野菜の煮付けに入っていた筍と油揚げとあずま揚げ(全国的に言うとさつま揚げ)が大好物だった。この筍は細くて長かった。そして、竹になる前くらいの硬くてガリガリと噛み砕いていく食感がたまらなかった。だから、京都に来て、長岡京の朝掘りの筍を食べても全然、歯ごたえがなく、少しも美味しいとは思わなかった。

今年、初詣に行った岩清水八幡宮の竹林

私にとって筍とは、我が家の竹薮で生まれた筍だけだった。とにかく、佐渡にいた18年間、ひたすら食べ続け、佐渡を離れてからも毎年、6月頃に送ってもらっている。いま、調べてみたら、全国的に売られているのは、“孟宗竹”の筍で、それは「春一番に発生し、春の味覚の王様」と言われている。一方、我が家のものは、どうやら“淡竹”(はちく)で、「耐寒性があるため、比較的寒い地域でも成育し、筍は美味しいと言われるが、市場に出回ることは少ない」という。これがコリコリとして、実に美味しいのである。市場に出回ることが少ないのなら、佐渡の特産品として通販で売り出しても面白い。

“淡竹”は細くて割りやすいので、茶筅などの茶道用具に利用されているというが、佐渡でも竹製品は昔から多く作られていた。そんな材料として植えられたのかもしれない。そう言えば、小学校の同級生の家は竹細工が本業だった。庭に竹を積み上げ、その父親は竹を割り、器用に細く裂いて竹篭を編んでいた。それをずっと見ていた記憶がある。その友達も中学生になる前に、いつの間にかいなくなってしまった。

その後、京都に来て古道具屋をやっていたとき、佐渡の竹細工を何とか商品にできないかと考えたこともある。ランプシェードや洗濯物籠、壁飾りなど、いろいろとアレンジしてみた。今では、インドネシア製のものがどんどん入ってきている。しかし作りが荒くて、編む技術は佐渡の職人に及ばない。いまも竹で何かできないかと考えている。佐渡の職人が死ぬ前に、何とかサンプルだけでも編んでもらいたいと思っている昨今だ。

整備途中の我が家の竹薮

次に、竹薮での思い出だ。最も強烈な思い出は、小学校4年生くらいのとき、この竹薮で切り株を踏み抜いたことだ。その日、私は父が畑へ竹を切りにいくというので、勝手に付いていった。「そんな草履で竹薮に入ると、危ないぞ」という父の忠告も聞かず、父とは離れて仕込みの釣り竿になりそうな竹を探していた。そのとき、足元にグサッという刺激があった。何か異物が入り込んできたような感触だ。見ると、左足の踵に古竹の切り株が食い込み、血が流れていた。

これは大変なことになったと、子供心にも思った。なぜかは知らないが、竹の切り株は怖いと聞いていた。だから、足を引きずりながら父のところへ行き、「竹を踏んだ」と報告した。父の反応はなかった。忠告を聞かなかった私を怒っているようだった。仕方なく、私は自転車に乗り、1人で病院に行くことにした。左足のゴム草履は真っ赤に染まっていた。いつも行く病院は休みだった。それで少し遠くにある病院へいくことにした。その病院は、私の弟が流産したときに往診にきた先生の病院だ。母はそのときの処置が悪くて流産したと言っていた。それ以降、我が家ではその病院にいかなくなった。

流産した弟のことを思い出し、私はここに来たことを後悔し始めていた。しかし、その年老いた先生は親切だった。「1人で来たのか」と聞き、「うん」と答えると、「強いな」と言ってくれた。ただ、そうした症状には興味がないのか、踵から古竹を掻き出す治療は、すべて看護婦さんがやってくれた。看護婦さんは私以上にビクビクしながら、掻き出し作業を行なった。一方、私は「強いな」と言ってもらった手前、治療がいくら痛くても、泣くことができなかった。帰りがけに先生が、「黴菌が入って足が腐ることもあるから、腐り始めたらまた来い」と言ってくれた。幸いその後、私の足が腐ることはなかった。

高校で剣道部の頃は、裸足で学校の周りをランニングしていた。足の皮は靴が要らないくらい厚くなっていたはずだ。しかし、その頃でも踵には傷跡が残っていて、面を打つときなど強く踏み込むと、ピリッと痛みが走ることがあった。そして、いま左足の踵を見てみたら、確かに傷跡はまだある。そこはコチコチに固まっていて、返って足底を補強してくれているようにも感じる。あれから40年以上の歳月が流れたが、竹薮と私を繋ぐ接点が体の中に消えずに残っていていた。いまはその傷を“少年期の勲章”のように感じている。

切り取った竹を積み上げた竹置き場

さて、今回の竹薮に関して母からの命令は、倒れた竹を取り出し、枯れた竹を切ってきれいにしろというものだった。一昨年の夏、自宅の補修に必要な竹を切りに来た東京のおじさんから、「もう少し、漉かした方がいいぞ」と母は言われていた。私も近くにいて、その言葉を聞いた。その後、母は私の“フジとの闘い”に刺激を受け、竹薮に入って16本の竹を切ったようだ。しかし、足腰が弱いため、切った長い竹を藪から持ち出すことができなかった。「持ち出そうとして、何回か倒れた」と電話で連絡もあった。だから、仕方なく「そのままにしておけ。俺が夏に行ったとき、何とかする」と答えておいた。

したがって、竹薮が2011年夏における私の課題になることは、すでに2010年の冬には分っていた。ただ、16本の竹を藪から出すだけだろうと、安易に考えていたことは否めない。まず、ホームセンターに行き、新たな鋸(ノコギリ)と鉈(なた)を買うとことから作業は始まった。弟がメンバーに増え、母も作業をするというので、道具が足りなくなったからだ。その後、個々のメンバーは自分の持ち場へと散っていった。私は薄暗い竹薮に入っていった。

この倒れた竹をどうするのか。藪から持ち出しても解体作業はしなければならない。それならいっそ、藪の中で解体すれば、取り出すことも楽になる。これが私の考えであった。まず、鉈で枝を打ち払う。その後、幹だけになった竹を鋸で2~3mほどの長さに切って、まとめて藪の外にある竹置き場に運ぶという段取りだ。まず、母が切ったのであろう茶色くなった竹を枝打ちして、幹を切断していった。要は、この単純作業の繰り返しである。ただ、藪の中には大量の藪蚊(やぶか)をはじめ、蛇やカエルなどあまり気持ちのよくない生き物たちの棲家でもあった。

私は暑がりなので、母の言うことも聞かず、Tシャツに短パンという格好である。さらに死んだ父のいうことも聞かず、またゴム草履を履いて藪に入った。藪蚊は足に集(たか)ってくるが、ある程度あつまったところを手で叩くのが快感になった。手のひらが自分の血で赤く染まることに達成感を覚えるのだ。そこで新たな発見をした。それは「キンカン」の威力である。休憩時間に「キンカン」を塗っておくと、痒みを感じることもなく、腫れ上がることもないということだ。さすが「キンカン」である。

実は剣道をやっていた頃も、「キンカン」に助けてもらった。剣道部では防具や胴着、袴は卒業した代々の先輩のものを譲り受けることになっている。洗わずそのまま箱に入れられたものを引きずり出し、自分の体の大きさに合うものを選ぶのだ。この段階で1年生のほとんどが、歴代の先輩が育ててきた“インキン”も譲り受けることになる。まず、1年の秋頃から袴の下にパンツを履かなくなる。

そして2年生になると、先輩と同じように部室で下半身丸出しになって椅子に座り、窓の敷居に両足を拡げて股間を日光消毒するようになる。このとき剣道部の伝統として、使っていたのが「キンカン」であった。あの患部に滲み、脳天まで突き上げてくるような痛さを懐かしく思い出す。あの痛さが、「インキン」を焼き殺してくれるのだと固く信じていた。よく窓の外をテニス部の女子部員が、キャーという悲鳴を上げながら走り去ったものだ。

以前に比べ、明るくきれいになって生まれ変わった竹薮

さて、母の切り倒した竹を整理して、宙を見上げると、他の竹にしだれかかっているものが多くあった。根元を見ると、大体が腐っている。これを次々に切り倒していった。その数は40本を超えていたと思う。その枝を払い、短く切りそろえていく作業は決して楽なものではなかった。さらに、背丈の届く高さにある枝を、鉈を振り回して切り落としていった。その作業を進めていくと、藪の中が明るくなってくる。さらに、もたれかかって“斜線”になっている竹を切り倒していくと、藪の中は土から天に向かってまっすぐに伸びる生命力に溢れた“直線美”の世界が現出してくるのである。

つまり、今回の佐渡屋太郎が成し遂げた偉業は、いままで溢れていた夾雑物を、竹薮から一掃したことにある。そのことによって本来、竹が持っていた美しい姿を取り戻してやったのだ。簡単に言うと、我が家の“竹薮”は佐渡屋太郎によって、“竹林”に生まれ変わったのである。私自身も出来上がった“竹林の美”にうっとりとしてしまった。薄暗く、不気味であった竹薮が、明るく、生命力に溢れ、涼やかな静けさを持つ美的な空間に変貌した。

佐渡の竹薮から苗を持ってきて鉢上げした竹の鉢植え

佐渡から帰ってきてから、この京都の男山でも竹薮を周辺にたくさん見かける。その多くは竹が倒れ、他にもたれかかっている竹も一杯ある。そんな汚い竹薮をみると、鋸と鉈を手にして飛び込み、徹底的に掃除してやりたいという衝動に駆られるようになった。その点で言うと、よく観光写真で見る嵐山の竹林はさすがである。今年はその竹林を、じっくり鑑賞しに行かなくてはならないだろう。さらに切り倒した竹の再生法も考えなくてはならない。

私は小さい頃に竹を踏んで、その破片を体の中に入れることによって、“竹の精霊”が宿ったのかもしれない。その精霊が今回の竹薮掃除をすることで、蘇ってきたのだろうか。異常なくらい竹が好きになった。佐渡から帰ってから、何回もあの竹林のことを思い出している。今年の春には、例年にはない立派な筍が出てくることを確信している佐渡屋太郎である。(佐渡屋太郎)

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カジノをめぐる3つの動き【佐渡屋太郎-vol.236】

春の訪れとともに咲き出した梅の花

いまは3月7日(水)の14時25分。一昨日で2月分の原稿書きが終わった。昨日は一転して春のような陽気で、休養のためと口実を付け、窓を開け放って本を読みながら1日を過ごしてしまった。その間に、ふとベランダを見ると、何と梅の花が咲いているではないか。いよいよ京都にも春がやってきたようだ。また、以前から咲き始めていたボケの花も、すでに満開の勢いを示している。

実を言うと、このボケは広島で買ってきたものだ。Uちゃんのお父さんの葬儀が終わった後、佐渡屋太郎は不謹慎にも、帰り道の近くにあった古本店に寄ってしこたま買い込むという罪を犯した。さらに、道端の花屋の店先にあったこのボケを見つけて確保し、駅では5色のモミジ饅頭を買ってしまった。その結果、大きな荷物を抱えて大阪で打ち合わせとマンションの手続きをして、息子と飲むことになったわけだ。まったくのアホである。こんな自業自得を今まで何度も経験してきた。しかし、本や植木の重さはまったく苦にならない。何とも不思議なものだ。

今回のブログでは、少し時間もできたので、昨年の秋から念願であったテーマについて書くつもりであった。それは「佐渡屋太郎の偉業(佐渡日記2011②)」というタイトルで、昨年10月27日にアップした「佐渡屋次郎の偉業(佐渡日記2011①)」と対をなす巨篇となるべきものだ。掲載写真も揃え、書くべき内容もすでに頭の中で整理されている。しかしその間、いろいろと時事的な事件や話題があって、今まで書けずにいた。

そして、今回こそはと勢い込んでパソコンに向かったら、また新たなニュースを見つけてしまった。さらに、個人的に興味のある関連の事項を調べていたら、1回の原稿には十分すぎるほどのネタが集まってしまった。かくして、またもや「佐渡屋太郎の偉業」は、次回以降に持ち越されることになったのである。見つけた記事はカジノに関するもので、カジノ法案の成立を待たずして、すでに水面下では様々な動きが活発化しているようだ。その動きをとりあえず3つ紹介してみることにした。

広島で買ってきたボケも京都の地で元気に咲き出した

まず1つ目は、セガサミーホールディングスが2月23日、宮崎市の大型リゾート「シーガイア」を買収したというニュースだ。買収費用は、運営会社であるフェニックス・シーガイヤ・リゾート(PSR)の株式取得に4億円、債務返済のための貸付と合わせると58億円に上るという。同社はPSRの全株式を取得し、子会社することについてRHJインターナショナル(RHJI、旧リップウッド・ホールディングス)と合意し、株式譲渡契約を締結したと報告している。

シーガイアは宮崎県などが出資する第3セクターの運営により、1993年に開業。世界最大の屋内水上施設など目玉にして全国に話題を提供したが、2001年に破綻へと至る。その後、同年にRHJIが出資を行ない、再建に取り組んできた。しかし、口蹄疫や鳥インフルエンザなどの影響で、宮崎県への観光客が激減したことにより、経営も悪化して売却を急ぐ動きを見せていたという。

一方、セガサミーホールディングスでは今回の買収に関し、「ホテル、スパ、ゴルフ場、レストラン、国際会議場等からなる日本有数のリゾート施設『フェニックス・シーガイア・リゾート』を運営するPSRをグループ会社化することにより、大規模施設の運営ノウハウを獲得し、将来、当社グループが新たに目指す複合リゾート施設の開発・運営に活かすため」とその目的を説明している。ここでいう“複合リゾート施設”とは当然、カジノホテルを中心とした大型複合施設も含まれるであろう。

遊技機メーカーで“カジノ志向”が強い企業としては、ユニバーサルエンターテインメント(UE社)とサミーが挙げられる。しかし、ウィン・リゾーツ社に出資して、ラスベガスやマカオにカジノを展開してきたUE社に対し、サミーはこれまで水面下での動きが多く、実質的な面から見て出遅れていたのは確かだろう。しかしここに来て、一気にカジノへのシフトを加速してきたように見える。

たとえば、このシーガイアにカジノを入れることができたら、収益構造や中国をはじめとした外国人観光客の集客力はどのように変化するのか。また、同社100%出資のグループ子会社であるセガサミーゴルフエンタテインメント㈱は、北海道の千歳市に「ザ・ノースカントリーゴルフクラブ」(青木功設計、1990年開場)を保有している。ここにホテルや商業・レジャー施設をドッキングさせ、そのホテルにカジノを入れたらどうなるのか。カジノ解禁を見越しての布石は、これからも急ピッチで進められていくことだろう。

各国の観光客で賑わうカジノセンター

2つ目は、同じく九州の長崎県佐世保市にあるハウステンボス(HTS)の動きだ。この施設も経営不振に陥り、2010年4月に旅行会社であるH.I.S.の傘下に入った。H.I.S.は各設備の見直しやスタッフの意識改革に取り組んでいるが、再建策の大きな柱になるのが長崎―上海間における国際フェリーの就航である。目的は中国観光客の誘致であり、運営は子会社のHTSクルーズが行なう。

すでに昨年11月3日、その第1便として1往復の試験運行を行なっている。そして今年1月から週1回程度の不定期運行をはじめ、3月には週3回の定期運行を目指すという。しかし、この運行に関して、大きなテーマとなっているのが“カジノ”なのである。たとえば、パナマ籍の中古船を買い入れ、日本の領海外である公海でなら、カジノ営業も法律的には可能だ。H.I.S.の会長でHTSの社長でもある澤田秀雄氏の中には、当初から“カジノ船”の構想があったようだ。

しかし、管轄する長崎県との認識にギャップがあり、また世間的な風当たりの強さもあるため、今年中のカジノ営業は無理だという見方が強い。ただ、こうした豪華客船クルーズには、船内でのエンターテインメントが必要不可欠だ。したがって、カジノが営業できるかどうかは、このクルーズ自体の命運を握ると言っても過言ではない。カジノが営業できれば、運行費の低減や大量集客も図れ、HTSの経営にも少なからぬ相乗効果をもたらすだろう。

ただ、ここで興味深いのは大型テーマパークやレジャー施設の再建策として、“カジノ”が急浮上していることだ。“最後の頼みの綱”といった感じさえある。大型テーマパークは90年代に雨後の竹の子のようにできて、そのほとんどがリピーターを得られず破綻した。東京ディズニーリゾートとユニバーサル・スタジオ・ジャパンを除けば、ハウステンボスがその中の唯一の生き残りと言える。また、大型レジャー施設もそのほとんどが姿を消した。そのなかで、今日まで外資の力によって持ちこたえてきたのがシーガイアだった。

その再建にカジノが大きな効力を持つのは、他国の例を見ればよく分る。それは収益的にも、集客的にも他のものとは比べ物にならない。ただ、日本では国民の抵抗が大きい。それをどのように押し切るかが課題となっている。それも、そろそろ最終段階に入ろうとしているのではないか。すでに、カジノ解禁を想定した水面下の動きは各地で見られるようになった。さらに、具体的な拠点が姿を現し、その施設にカジノを入れるために、政治や行政がどのように動くかという極めて現実的な問題として俎上に上がってきたのである。

真剣な目でトランプの絵柄を見つめるギャンブラーたち

3つ目はユニバーサルエンターテインメントの動きだ。前述のように同社は、“カジノ戦線”において、国内企業を常に大きくリードしてきた。具体的に同社のカジノ戦略は、ウィン・リゾーツ社への投資という形で行なわれ、これまでにラスベガスの「ウィン ラスベガス」(2005年4月開業)、マカオの「ウィン マカオ」(2006年9月開業)を立ち上げてきた。しかし、私が知りたかったのは、フィリピンにおけるカジノの動向だった。そこで調べてみると、これまで知らなかったことがいくつか分ってきた。

まず、フィリピンの「マニラベイリゾーツ」は、従来のようにウィン・リゾーツ社への出資という形ではなく、ユニバーサルエンターテインメントグループが独自で行なったプロジェクトであること。そのため、近隣のマカオでカジノ経営を行なうウィン社にとって、ライバル関係になりかねない。この件に関し、ウィン社側は「岡田氏は当社の取締役であるにもかかわらず、独自の資金を利用し、フィリピンにカジノホテルを建設し始めた。この行為は取締役として不適切」という見解を発表している。ここから、ウィン社とユニバーサルエンターテインメントの取締役会長である岡田和生氏の関係がおかしくなったようだ。

しかし、その一方でフィリピンのプロジェクトは、着々と進んでいく。その流れを追っていくと、08年7月=プロジェクト用地の取得、08年8月=カジノ施設の運営に必要な暫定的な許可の取得、10年3月=経済特区の認定、外資100%企業によるカジノ運営許可の取得となっている。そして、今年(12年)の1月26日に着工式が開催され、竣工=13年12月、開業予定=14年上半期という計画が発表された。

主要施設の概要は、ホテル=1050室、カジノフロア総面積=2万8000㎡、ゲーミングテーブル=500台、スロット=3000台。付帯施設として、カジノ、ホテルのほか、高級リテール(ショッピングモール、高級ブティックなど150店舗以上)、レストラン(和食、中華、イタリアンなど20店舗以上)、スパ、屋内型ビーチクラブなどがあり、世界最大の噴水ショーも見られるという。

一方、両者の抗争も次第にエスカレートしてきた。最初は岡田氏側がウィン社に対し、11年7月に同社とマカオ大学との間で、向こう10年間にわたって10億香港ドル(約100億円)の巨額寄付を行なう契約を交わしたことに関する情報開示を求めたが、ウィン社が拒否したという。それに対してウィン社側は、前述のようにフィリピンでのカジノホテル建設を行なう岡田氏に対し、取締役として“不適格”という反撃を行なった。こうした両者の間に芽生えた“不信感”が、ついに法廷闘争にまで発展していくことになる。

まず、ウィン社側が12年2月に発表した主張は、岡田氏はフィリピンでのカジノホテル建設に際し、フィリピンの要人に11万米ドル(約880万円)の賄賂を贈ったというものだ。こうした違法行為を行なった者は、カジノ経営に携わることができないという規定をもとに、岡田氏が出席しない取締役会で岡田氏を解任した。さらに、岡田氏が保有するウィン社の全株式を、市場の3割引きで強制的に買い取る決定も行なったのだ。これは完全な“岡田氏外し”である。

これに対し、ユニバーサルエンターテインメント側は、この決定に断固として対抗するため、あらゆる法的措置を取ることを2月21日に明らかにした。その論拠は、フィリピンに関する調査を行なった調査会社の報告書の写しを岡田氏に提供しなかったこと。さらに、弁明の機会さえ与えず、取締役会においてAruze USA Inc.および岡田氏を“不適格”とした決定は、極めてコーポレートガバナンスに問題があるというものだ。ちなみに、Aruze USA Inc.はウィン社の発行済み株式の約19.6%を持つ筆頭株主である。

つまり、これはウィン社の取締役会長である“カジノホテル王”スティーブ・ウィン氏を主導にして行なわれた、筆頭株主Aruze USA Inc.への不法で一方的な“追放劇”であるという主張だ。早い話が、スティーブ・ウィン氏と岡田氏の“仲間割れ”である。しかし、この問題の視点を変えれば、ユニバーサルエンターテインメントがスティーブ・ウィン氏のノウハウを吸収し、すでに独自で世界的なカジノホテルを作り上げる力を持つまでになったという見方もできる。

その真価は、「マニラベイリゾーツ」を実際に見てみないと分らない。ただ、日本の“カジノ力”は10数年前に比べれば、格段に向上してきたことは確かだろう。法的な拘束が解ければ、驚くべき速さで、日本各地にカジノホテルを中心にした大型リゾートを展開できる力を持つまでになっている。あとは、カジノ法案の成立という“最後の一線”を、いつ突破するかにあると言ってもいいだろう。

私は個人的に、カジノが喧伝されるような恐ろしいものだとは思っていない。1つできれば、その実態が分かってもらえると考えている。いまや外国の観光地には付きものの“夜の遊び場”という認識が一般的であろう。どこかの首長のように、「金(かね)で“魂”を売る」などと大げさに考えるのではなく、1つの観光施設と捉えることができないのか。とにかく、この日本は議論百出で決断が遅い。こうしているうちに、どんどんと世界から取り残されていくような気がしてならない。これはカジノだけの問題ではない。(佐渡屋太郎)

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パチンコをしない理由【佐渡屋太郎-vol.235】

読了またはいま読んでいる“厚い本”とこれから読みたい“厚い本”の一覧

いまは3月3日(土)の17時25分。今日は“ひな祭り”で、久し振りのいい天気だった。そろそろ春の気配が濃厚になってきている。寒い日と暖かい日が交互にやってくる“三寒四温”を経ながら、徐々に春に近づいていくのだろう。それにしても今年はやけに“春の訪れ”が待ち遠しい。きっと、今年の冬が特別に寒かったせいだろう。雪国にいた幼かった頃の感覚を、いま懐かしく思い出している。あのころも“春”が心底、待ち遠しかった。

実はいま、ある人物の半生記を書いており、この週末までに原稿を送らなければならない。数日前から書き始めて、やっと最終までの見通しが付いてきた。そこで夕方にもなってきたので、いつものように酒を飲み始めたわけだ。今週はそんなこともあり、このブログの原稿は書けないと諦めていた。しかし、気分転換のつもりでネットを見ていたら、気に掛かる記事を見つけてしまった。酒を飲んでいることもあり、気が大きくなって冒険をしてみる気になった。果たして、半生記は明日までに書き上げることができるのだろうか。

あと1つ、備忘録として記しておきたいのは、先週から“厚い本”を読み始めていることだ。その目的は、積み上げている本の山を何とか減らすことにある。そこでいままで“厚さ”ゆえに敬遠していたものに手を付けることが、“山を削る”早道ではないだろうかと閃いたのである。私はここ数10年、月に最低10冊以上の本を読むことを自分に課しており、いままで何とかクリアしてきた。年間にしたら140~150冊は読んできた。その記録は「読了本一覧」というタイトルをつけ、18歳から読んできた本の読了年月日、書名、著者名、刊行年、出版社名を書き綴ってきた。

その分厚い手帳もすでに5冊目になっている。先日、資料整理をしているときに、その古い手帳を見つけて驚いてしまったことがある。それは、97年=280冊、98年=238冊、99年=242冊という記録があったからだ。ちょうど、出版社を辞めて、パチンコ業界に入ったころである。それまで本作りに追われていたことの“反動”で、むさぼるように本当に自分が読みたい本を読んだ時期であったようだ。果たして、仕事はちゃんとしていたのか不安になる読書量だ。しかし、いま思い返すと、長時間勤務の出版社時代を別にすれば、その頃が1番、熱心に仕事をしていた時期でもあった。

先週前半は『永遠の仔』(天童荒太著、1999年、幻冬社刊)を読んだ。2段組で上巻=442ページ、下巻=493ページという手応えのある作品であった。いまは『8月の果て』(柳美里著、2004年、新潮社刊、832ページ)の大物に挑んでいる。今後に読む予定にしているのは『女優杉村春子』(大笹吉雄著、1995年、集英社刊、465ページ)、『宿命-「よど号」亡命者たちの秘密工作-』(高沢廣皓司著、1998年、新潮社刊、527ページ)、『ソフィーの世界-哲学者からの不思議な手紙-』(ヨースタイイン・ゴルデル著、池田香代子訳、1995年、日本放送出版協会刊、667ページ)、『コンプリート マドンナ』(J・ランディ・タラボレッリ著、吉澤康子訳、祥伝社刊、492ページ)、『わが父・小平-若き革命家の肖像-』(毛毛著、長堀祐造他訳、1994年、徳間書店刊、Ⅰ=425ページ、Ⅱ=434ページ)、『だれが「本」を殺すのか』(佐野眞一著、2001年、プレジデント社刊、461ページ)などである。

一方、文庫本では、一度読んだことはあるが、『細雪(全)』(谷崎潤一郎著、1983年、中公文庫、936ページ)という1冊本を買っていて、これが圧巻である。他に『百年の旅人たち』(李恢成著、1997年、新潮文庫、726ページ)もまだ読んでいない。さらに、『血脈』(佐藤愛子著、2005年、文春文庫、上巻=637ページ、中巻=684ページ)に至っては、まだ下巻を買っていないことも判明した。

また、単行本でも大学生の頃に買って、度重なる引越しがあっても常に手元に置き、いつか読みたいと思ってまだ読んでいない『夜よ、さようなら-パリ娼婦の自伝』(ジャンヌ・コルドリエ著、谷口侑・谷口正子訳、1979年、読売新聞社刊、2段組=403ページ)といったものもあった。これらを一気に“読破”すると、心に決めた。どんな長いものでも読み上げる自信はある。積年の課題に挑戦する新たなテーマが発見できて、いまの佐渡屋太郎は久し振りに燃えている。

様々な気持ちを抱きながら遊技台に向かうパチンコファン

思わず、とんでもない横道にそれてしまった。いま、こんなことをやっている時間の余裕はない。今回のテーマは、ネットで見つけた記事である。それはボイスコムがインターネットで行なったパチンコに関するアンケートだった。調査は2月1日から5日まで実施され、全国の男女1万3557人が回答したという。この種のアンケートはパチンコ業界でもやっており、これまでに何回も分析記事を書いたことがある。しかし、この調査には目を奪われた。その理由は2つあり、1つ目はパチンコ“絶不調”の今の時期の調査であること。2つ目は質問項目がリアルで、現状におけるファンの肉声を聞いたような気がしたからだ。では早速、その中の「パチンコをしなくなった理由」というアンケート結果の、上位10位までの 理由と割合を列記してみる。

【パチンコをしなくなった理由】(母数=6936)
①「時間やお金の無駄だと気づいた」=38.8%
②「興味がなくなった、飽きた」=28.1%
③「試しにやってみただけ」=21.1%
④「パチンコ・パチスロをするのにお金がかかる」=18.9%
⑤「お金に余裕がなくなった」=18.4%
⑥「時間に余裕がなくなった」=14.8%
⑦「あまり勝てなくなった」=14.6%
⑧「店内の環境(たばこの煙や騒音など)が悪い」=12.6%
⑨「客層が悪い」=6.2%
⑩「ギャンブルを全般的にやめた」=6.1%

この結果を見て、パチンコ業界の関係者はどのように感じたのだろうか。私は至極、真っ当な意見であると思う。これが常識を持った社会人の“普通の感覚”だろう。特徴的なのは上位10項目のうち、5項目が「お金」つまり投資金額への不満である。これも今の御時世を如実に反映している。日本の経済事態がデフレスパイラルに陥ろうとしているとき、パチンコの投資金額がいままで以上に突出している印象が、より強まっていることは確かだろう。

もう、この点については10数年も前から業界内で議論もあったし、具体的な行動が取られたこともあった。しかし、現状を変えるまでの支持を得られず、その多くが挫折していった。たとえば、遊技機に関しては初期投資額の低減や玉持ち維持、低射幸性機をはじめとした課題への取組み。また、ホール関して利益構造の見直し、薄利多売を基本とした顧客本位の営業、快適な遊技環境の実現などである。しかし、目先の販売台数や売上の維持に固執するあまり、これまでの既存路線からの“脱却”ができなかったというのが現状だろう。

そうした“人心”から離れた営業を長期間にわたって続けると、一体どういうことになるのか。それが、今回のアンケートを見て私が目を引かれた点でもある。つまり、①「時間やお金の無駄だと気づいた」=38.8%、②「興味がなくなった、飽きた」=28.1%という意見が、トップ2に入り、合わせて全体の66.1%を占めたことだ。これはファンであった人たちの心の中で起きたパチンコというゲーム自体の“否定”である。

前回は「嫌パチンコ派」による“パチンコバッシング”という正面攻撃を取り上げた。しかし、その一方で「親パチンコ派」のなかでも、このような“内部崩壊”が起こっているのである。実は、こうした冷ややかな反応の方が、“パチンコバッシング”よりも怖いと私は思う。時間やお金の無駄、興味がなくなった、飽きた――こう思いながら多くのファンは、ホールから去って行ったのである。これはパチンコ営業にとって、その活動を根底から否定されたような言葉ではないだろうか。しかも、その言葉が至極真っ当な理由となっており、多くの人に共感を与えるのだ。

遊技客で賑わうホールだが、その陰にホールを去って入った多くのパチンコファンもいる

こうした“普通の感覚”を持った多くのファンが去ったあと、ホールはどうなっていくのであろうか。10年近く前から“へビーユーザー重視営業から脱却”という言葉が叫ばれるようになった。その間、低貸営業なども行なわれた。しかしその根底にあったのは、稼働アップの手段としてであって、多くのホールで顧客に対する営業方針は変わらなかった。冷静に考えてみればよく分る。経済環境が悪化の一途を辿る現況下で、1回に1万円近くも必要な遊技に行く人は果たしてどれだけいるのだろうか。また、期待する勝ち率もどんどん低下している。

こうした現状からの“乖離”に、何ら有効な対策を打てなかったのが、パチンコ業界である。その一方で、訳の分からない絶叫型の宣伝ばかりを繰り返している。これでは世間から、そしてファンから見放されても当然だろう。その結果、ホールの客は“へビーユーザー”どころか、1部の偏向傾向のある“マニア”ばかりになっていくのではないだろうか。かくしてパチンコは“身近で手軽な大衆娯楽”から“ギャンブル志向で閉鎖的なマニアゲーム”に変貌していくのかもしれない。今でもその予兆は見られる。「客層が悪い」という意見に、失礼だが私は笑ってしまった。公明正大な大衆娯楽になれなかったパチンコは、また昔の穴のなかに帰っていくのだろうか。

「船頭多くして船山に登る」「大山鳴動してねずみ一匹」「馬耳東風」「暖簾に腕押し」――いまはこんな心境になっている。換金問題をはじめ業界改革のために侃々諤々の議論をしたことは、一体どこに行ってしまったのだろう。結局、何1つとして重要課題の解決は図れなかった。散々、議論しても何1つ決められない今の政治に似ている。互いの思惑があるために、国民(ファン)のため、子孫(次世代業界人)のためという最優先事項がなおざりにされているのである。そして結局、行政の思惑(指導)で事が決してしまう。これで本当にいいのだろうか。いけない。ブログに没頭しすぎた。そろそろ本業の原稿書きに戻ることにしよう。(佐渡屋太郎)

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