遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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2010年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年11月

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イケメン風水師登場 【佐渡屋太郎-vol.190】

写真キャプション=多くの来場者を集めた「パチンコホールイノベーションフォーラム2010」の会場


いまは10月21日(木)の19時21分。1泊2日の東京出張から帰ってきた。実に疲れたが、大きな収穫のあった出張であった。Twitterにも少し書いたが、19日(火)は「パチンコホールイノベーションフォーラム2010」の取材で、以前に取材をした㈱メリテックからの依頼であった。同社はそこに、電力使用の自動制御装置「MEC-15」と北電子のホールコンピュータを連動させたシステムを出展した。

これはホールコンで把握した島ごとの客数と温度センサーを連動させて、自動制御による空調の調節を行い、電力量の削減を図るというものだ。周知の通り、ホールにおいては空調の使用電力の比率が最も大きい。その対策にホールコンを連動させ、システム化した試みは、これから非常に重要な意味を持ってくる。この件に関しては、パチンコ雑誌の12月号で詳細に書くつもりだ。関心のある人は、そちらを見てほしい。これまで登場を待っていただけに、いまから力が入っている。また、このブログでも概要を紹介したいと思っている。

写真キャプション=取材に行った㈱メリテックのブース


さらに今回の出張で、ある単行本で「ぱちんこ情熱リーグ」のことも書くことになった。いままで10年間にわたって関わってきた本であるが、その1部にこの件を独立して入れることが、担当の編集者との話し合いで決定した。今回の東京出張では、取材以外に3件の打ち合わせもあったが、今まで自分が注目して関わってきたことが、いろんな形で取り上げられることになった。まさに、“実りの秋”の喜びを感じている。あとはそれらの原稿が、締め切りまでに書けるかどうかということだ。従来のものと合わせると、結構な原稿量になる。それを思うと、いまから背中に“冷や汗”が流れてくる。と言いながら、また今夜も佐渡屋太郎は酒を飲んでいい気持ちになっている。

さて、今回はこの東京出張中に、何回も電話があった2人のうち、年若いS君の件を取り上げることにしよう。S君ともすでに、8年くらいの付き合いになるのではないだろうか。彼にもいろんな変遷があったが、転んでもただ起きないという逞しさがある。このブログの長期読者の方は記憶にあると思うが、以前に新地の中華レストランに関わっていたあのS君である。

写真キャプション=依頼者に指導を行なう宇道健竜氏 そのS君が風水師と知り合いになったので、何とか手助けをしてほしいという依頼であった。今日、彼からのメールを見て、その風水鑑定士が実に“イケメン”であることに驚いた。履歴を見ると、神戸のラジオにも出ている新進気鋭の風水鑑定士であるようだ。まだ本人には会っていないが、来月の初旬には会うことになりそうだ。聞くと、その風水師は34~5歳であるという。S君も最初に会ったときは20歳代であったが、いまは30歳台の前半になっているのではないだろうか。それにしても若い。そうした“若いパワー”の躍動が、佐渡屋太郎にもいい刺激を与えてくれる。では、まず彼の履歴から紹介しよう。

宇道  健竜 (うどう  けんりゅう )

東京易学会認定者。
九星術認定資格取得。

平成8年より九星術、四柱推命、中国伝統風水を手掛ける。
日本版風水の矛盾を感じ、新たな方位術を模索中に中国伝統風水の講師と出会う。
風水はもちろん、心理学も交えたアドバイスを実践。
様々な風水術を取り入れ、日本版風水の矛盾を明らかにしていく。
各種イベントを多数開催しながら、企業の人材育成も手掛ける。

KISS-FM神戸〈摩耶あきらナイト〉で「幸せはあなたの家の中に・・・今話題の中国風水」を担当。

個人宅鑑定はもちろん、芸能、美容、不動産、派遣業界など、あらゆる企業との提携で占いイベントや中国風水セミナーを開催!
霊能者vs風水鑑定士 といった、過去にないセミナーも手掛けています。
今までの常識を覆す不思議な話がもりだくさんです。

写真キャプション=セミナーで真剣な表情で説明を行なう宇道健竜氏


と、いうのがS君から送られてきたメールである。宇道氏は中国風水を勉強して、15年になるという。その前はどこかの会社で、営業マンをしていたそうだ。その勉強を通して、彼は何かを掴んだに違いない。それは、多くの人たちを幸せにしたいという気持ちではなかったのではないだろうか。ただ、表面的な幸せと根源的な幸せがある。それは、彼に診断を依頼する人たちの心の持ち方にも問題がある。

素人の私は何も分からないが、この世の中の人間の生活には、“摂理”や“道理”といったものがあり、それを教えてくれる1つが“風水”なのかもしれないと思っている。S君からのメールには、宇道氏にアドバイスをもらった人たちの反響も添付されていた。個人的には、あまり興味がないが、参考のために掲載しておく。

1>玄関の棚(靴箱の上)に8角形の鏡(100均)を置き、南西の玄関小窓にはカーテン、玄関の観葉植物撤去。
次の日・・・
コンビニの500円くじでA賞が当たりました
しかも子どもの保育園もその日に入所できることになりすごくいい1日でした
他に2日で6万の収入がありました
四神相応さんのご指導です
ありがとうございます
ちなみに我が家の靴箱は中から見て左で、右の壁を写してます。

2>東南に水槽置いたところ旦那パチンコかちまくりw
何が良かったか 分からないけれど 旦那ともけんかなくなった^^
会社のかたとも仲良く 今までつづかなかったパートも
つづいています
実家から 食料などかって頂いて かなりこの風水をはじめて
いいこと つづきです

3>四神さんのアドバイス通リにしてすぐに2万円ほど臨時収入がありました
どれが効いたのかはよくわからないんですが。

4>水槽を北(我が家は冷蔵庫の上)に置いた所、来週いっぱいの短期間の仕事が来ました。
ただ、日本の風水の時に「朝、掃除をする事!」と言われて、掃除していた時も一ヵ月の短気の仕事が来たので、今回はその後どうなるのか心配っす。
合間に面接もしているんですが、そちらの方に効果が現れてくれる事を願ってます。
ずっとコワくて買えなかった宝くじ、買ってみようかな。

5>暑い季節に入ってから、寝室をエアコンのある部屋に変えました。
今の部屋になってからやたらと目覚めが悪い…おまけに肩凝りも酷くて
最近中国風水に出会い、方位を測ったら、宅卦・本命卦共に凶方位の部屋でした
四神さんより枕の向きを天医の方位にとアドバイスを頂いたのでその日より実行したら、肩凝りがスッカリ楽になりましたおまけに最近早起きです
始めてすぐは『偶然かな』と思っていたけど、今日まで続くとさすがに『風水効果じゃないかしら』と嬉しくなりコメントさせてもらいました
我が家は親子4人、キングサイズの布団で雑魚寝をしているので、布団に対して思いっきり斜めで寝ちゃってますが旦那も疲れがとれないようなので、天医の方位で寝るように仕向けようかな
そうなると『川』の字ではなく、『必』の字のような状態で寝なきゃですが

6>四神さんのアドバイスを元に、自宅マンション周囲をお手入れし、枕の向きを色々試してみました。
まだ特に良い事はありません。
でも、私のストレスは軽減され、自制心が働き無駄使いがなくなりました。
今後に期待します^^
7>↑の追記です。
水槽も試してみました!
といっても、あまり広いスペースはないので、ガラスの器に水を張っただけでした^^;
その日は朝に設置して、私は偶然自販機の釣銭口から約700円拾い(笑)、旦那様も臨時収入!
今年の初めに知り合いの仕事をちょっと手伝った(アドバイス程度)事があったそうでしたが、昨日突然『あの時の報酬を渡していなかったから』と連絡があり、2万円戴いたとか…
缶コーヒーおごってもらうくらいならまだしも、報酬が貰えるような仕事の内容ではなかったらしく、あまりのタイミングにびっくり!
スペースを作って、もう少し大きめの水槽を買いに行きます^^
だんだん効果を実感出来る変化も出てきました~♪

写真キャプション=コンサートにも出演し、ミュージシャンと談笑する宇道健竜氏


8>仕事が決まりました
1番最初に面接を受けた会社からは不採用の通知をもらったのですが
2番目に受けた本命の会社から本日、採用の電話を貰いました。
風水の効果がこんなに早くあらわれた事にビックリしています
●面接の2日前に北の玄関の下駄箱の靴や傘や小物を全部外に出して必要な物だけ仕舞い使わないものは処分して掃除しました。水星の写真と金星と水星のガラスの小物を置きました。
●私は五黄土星なので服装を水星と金星のカラーで統一して面接に行きました。
●面接の前日には財位の北西に水星、金星、土星を含んだ小物を洗面所に置きました。
四神相応さんアドバイスありがとうございました

9>昨日一昨日とつづきスクラッチくじであたりました^^
いままであたんなかったんですっが 一昨日は2200円「1000円」かって^^
昨日は1000円かって5000円でした~^^ちょっと嬉しい^^

10>知り合いに風水教えてあげてやったところ なっなんと!!その子が買ったら7万円!!だんなが買ったら50万もあたったそうですwww
中古の車を買い他の借金はらいおわったそうですw

11>風水効果出てる。マンション手付金頂きました。かなり気に入ってくれてます。
あと今日は何もアプローチしてない方から新規登録頂けました。うれしいです。

12>今まで色々ありましたが、今すごく前より更に良い方向に向かっています。
ちゃんと前の仕事辞めてから、一気に変わりました
辞めなきゃいけないってアドバイス頂いて、
きっぱり辞めてから、
彼氏ともすごい関係が良くなりました。
私についてる生き霊みたいなのがいなくなったのかなって思うくらい(笑)彼氏と幸せです。
また、中国風水勉強していかないとって思いました。
mixiでまた会える事楽しみにしています。
本当に私が苦しい時に助けてくださって、
ありがとうございます。

13>先生、ご無沙汰しています

毎日お忙しそうですね
日記の返事を読ませて頂きました。めっちゃ先生のセミナーの様子を拝見したいのですが・・・・・
アメリカまでDVDを郵送して頂くなんて、お手数はおかけできません。。。。
申し訳ありませんが、いつか先生とお会いできる日まで保存しておいて頂けませんでしょうか?
あと、ちょっと無理なお願いと言うか。。。
私、ラスベガスでボチボチ中国伝統風水の活動を始めようと思っているんです。
アメリカにも意味のない風水アイテムを売りつける似非風水師が蔓延している現状なんです。
お金に目の無い中国人も便乗しているので、私の友人も被害にあってしまいました。
そこで、私は先生の弟子と名乗らせて頂いて(肩書きが必要)、活動を始めたいのです。
もしくは、先生の弟子にして頂きたいんですが・・・・お願いできませんでしょうか?
私のまわりで信頼できる風水師は宇道先生だけなんです。
よろしくお願いします。

14>先生に お会いしアドバイス頂いた翌日(7/1)にツイタテを買いました

今まで 寝てる時に 玄関が気になり 途中で目が覚めたり
朝 目覚めた時~30分間位 少し頭痛の毎日でしたが…
ツイタテを置いた日から
朝まで爆睡(笑)で
目覚め時の頭痛もなく…
初日は「たまたまかな?」と思っていましたが…
今日で4日
爆睡&目覚め時の頭痛なし

先生にアドバイス頂き ツイタテ効果実感したので 報告メールさせて頂きます

ありがとうございました
これからもアドバイスよろしくお願いします

写真キャプション=霊能者との雑談を行い、風水の核心を参加者に説明する


という反響などがあるようだ。とくに女性は、風水には大きな興味を持っている。経営者も意外と関心を持っている人が多い。以前、関係のあったパチンコ雑誌で風水のコーナーを連載していたが、その反響が大きかったことに驚いたことがあった。イベントやセミナーなどで、宇道氏を招きたいと思った人は下記まで連絡してみてください。(佐渡屋太郎)

問合せ先=06-7171-4672

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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 17:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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マルハンECO活動の全貌 【佐渡屋太郎-vol.189】

写真キャプション=天橋立の対岸となる阿蘇湾と奥丹後半島の静かな夕暮れ


いまは10月8日(金)の19時55分。明日から3連休だが、パチンコ雑誌の原稿書きになりそうだ。先週末は9月末締め切りの原稿を6本ほど書き上げた自分へのご褒美として、天橋立から奥丹後半島を1泊2日で1周してきた。日本三景のうち、行ったことがあるのは宮島だけで、近くにある天橋立くらいは死ぬまでに見ておこうと思っていた。そして、偶然にTVで紹介番組を観て、行くことに決めた。涼しくなってきたし、またすぐパチンコ雑誌の原稿書きが始まる。この機を逃したら10月の下旬になってしまうので、思い切って行ってきた。

写真キャプション=秋の澄んだ空気の中で松並木が続く見事な姿を見せてくれた天橋立


結果は大成功だった。海鮮丼をいやになるほど食べ、モーターボートにも乗ってきた。個人的には、天橋立の松並木の見事な“枝振り”と、伊根町の“舟屋”が続く漁師町の雰囲気に感動を覚えた。そして何より、欲求不満気味であったY嬢のストレスを発散させたことが、成功の最大の要因である。これでしばらくは、サービスのよい日が続くのではないだろうか。1月に淡路島を1周し、5月に和歌山でキャンプをし、7月には自分の友達と屋久島に行っている。これでもまだ足りないようだ。あとは紅葉が始まる11月ころに、山奥の温泉にでも行けば完璧だろう。風呂が嫌いな佐渡屋太郎であるが、そんなことは言っていられない。Y嬢の心穏やかな日が続くことが、佐渡屋太郎の何よりの幸福である。

写真キャプション=懐かしい漁師町の雰囲気を堪能させてくれた伊根町の“舟屋”


それと気になっているのが、このブログである。最近は佐渡と植物関係ばかりで、パチンコから大きく逸れ出している。ここらでガツンと1発、パチンコの記事を入れておく必要がある。そこで今回のテーマに選んだのが、マルハンのECO活動である。実は9月29日(水)にエンビズ総研のセミナーに行ってきた。そこにマルハンのECO活動を統括する執行役員購買部長の三上秀樹氏が講師として招かれ、同社の取り組みを説明してくれたのである。これは実に有難い機会であった。

私がパチンコ業界のECOに関わりだしたのが07年7月で、すでに3年以上前になる。その間、この分野でも先行していたマルハンの情報は、いろんなところから入ってきた。しかし、当時は水面下での動きも多く、なかなか取材ができなかった。また、有象無象の業者がパチンコ業界に入り込み、様々な情報合戦が繰り広げられたという背景もある。その中にはいろんな人間ドラマもあって、私も他人事ではなかったが、それも特定事業者が指定される現在に至ってだいぶ整理されてきた。

写真キャプション=9月29日に開催されたエンビズ総研のセミナー風景




その要因として、先行して取り組んだ大手ホール企業が、数々の実績評価を行なってきたことが大きく作用している。さしずめ、マルハンはその“急先鋒”であったといえるのではないだろうか。その結果、パチンコ業界におけるECOへの取り組みの“スタンダード”は確立されつつある。三上部長は以前、食品メーカーにいて、30年前からECOに関わってきたという。そうしたエキスパートによって、同社のECO活動は“体系化”されていったと言える。

私が今回のセミナーで驚いたのは、その“間口の広さ”と、それを“体系化”してまとめ上げた手腕である。“環境対策”であるECOは、生活や事業活動に密接に結びついている。それを具体的にどこまで取り上げ、どのような対策を施していくのか。そしてホールの場合、最終的には実績と利益に結び付けていかなくてはならない。マルハンの事例は、将来的なホールのECO活動において、1つの指標になるのではないだろうか。その意味を込めて、同社のECO活動の“全体像”を以下に示しておく。

マルハンにおけるECO活動(全体)(項目→現状の問題点→改善策→協力取引先の順で表示する)
省エネ活動→温暖化現象に伴うCO2削減→「見える化」による使用電力量の削減→日置電機㈱
②空気問題→受動喫煙防止法に基づく分煙の促進→分煙設備の検証および導入、プラズマクラスターの検証、ウイルスウォシャーの検証→シャープ㈱、JCMシステムズ㈱
③騒音問題→ホール内平均95dBの達成(MAX98dB)→騒音防止設備の共同開発→ヤマハ㈱、パチンコ・パチスロ補給機メーカー
④排水問題→ニコチン・タールを大量に含む汚水処理→ろ過装置・水なし吸殻回収装置の共同開発→㈱ジェッター、㈱大平商会
⑤節水対策→無駄な水道使用量の削減→節水器具を導入した流量適正化による水道使用量の削減→㈱アクアリンク
⑥物流体制→各取引先での個別搬送の見直し→営業設備における物流・廃棄・保管の一元管理→㈱エース電研、㈱光新星
A安全・老朽化対策→発生時ごとの対応→応急措置から予防措置への転換→富士電機リテイルシステムズ㈱、東レエンジニアリング㈱ほか
Bオール電化→併設食堂のみでガスを使用→食堂を含む全ての店舗設備における電化への切替え→各電力会社

写真キャプション=天橋立名物の「海鮮丼」


この表は大きな価値があった。私自身もいい勉強になった。さらに考えていけば、もっと“間口”は広がっていくのかもしれない。しかし、当面はこれだけの改革を行なうのも大変なことだ。その中で同社は、ECO活動に投資しても、“3年以内に減価償却できること”を原則にしている。この基準が非常に大切だ。私もECOに関して多くのホールを取材したが、原稿を書く段階で投資金額と償却年数を計算して、頭を抱えるケースが多かった。多くの場合、“費用対効果”の検証が実に甘い。技術力のあるメーカーや省エネ業者はいま、“3年以内償却”を大きな目標にして、商品の改良を行なっている。その中で喫緊の問題は①の省エネ活動である。その点に関し、同社では全社統一マニュアル「ECO7」を作り、省エネに関するノウハウの共有を行なっている。次に、その7項目を列挙してみる。

●マルハンの全社統一マニュアル「ECO7」
①ECO活動への参画(目的の共有)
②ホールに温度計を設置し、実温で管理する
③朝一、空調機電源は30分ごとに1機ずつ立ち上げる
④作業に不要な照明・空調の電源は入れない
⑤電源スイッチにON・OFFの時間や手順を表示する
⑥外気を有効活用する
⑦閉店後、不要な電源は即OFFにする

マルハンは現在、全国に256店舗を持っており、従業員は1万2671名を擁している。この巨大な組織の意識を統一することは容易ではない。そこで、省エネに関して最低限の厳守事項をまとめたのが、この「ECO7」である。現在ではすでにこの段階を卒業し、各店に特化した個別の「ECO店舗マニュアル」が作られている。それは「ECO7」では、各店ごとに異なる店舗規模・設備・地域性に対応しきれないからだ。逆に言えば、各店でマニュアルを作ろうとするくらいに、ECO意識が高まってきているということだろう。

現在、マルハンの平均年間電気使用量は、1店舗あたり2400万円であるという。三上部長は「見える化」による意識改革だけで、年間10%の電気料削減が可能であるという。つまり、年間1店舗あたり240万円の削減となる。一方、同社の売上利益率は1.7%である。削減分は利益となるが240万円の利益を上げるためには、240万円÷0.017=1億4118万円の売上を上げなくてはならない。つまり、240万円の電力料の削減は、1億4118万円の売上に匹敵するということである。全社的に見れば、年間あたり1億4118万円×256店舗=361億4208万円の売上増となるわけだ。こうした説明が、現場の店長に最も説得力があったという。年間2兆1534億円の売上を上げる同社ではあるが、この数字は決して無視できない額であるはずだ。

写真キャプション=天橋立の松並木のなかで見事な幹や枝ぶりを見せてくれた数々の老木


さらに、このECO活動は同社の風土やマインドにも、見事に合致している。マルハンの特徴といえば、社会貢献活動=「地域社会の役に立ちたい!」が挙げられる。さらに社会貢献活動と愛社精神の融合として、クリーンマインド本気プロジェクト=「自分達の店舗は自分達で磨く!」がある。その延長として、ECO活動=「地球温暖化防止に役立ちたい!」ということで、さらなる社会貢献活動の1つに位置づけられているのである。同社のECO活動はこうした目標と意義を設定することによって、より大きな推進力を持っていくことだろう。その結果、この活動の推進が社内的にも社外的にも、大きくプラスに働いていく。

久し振りでパチンコ関係の記事を書いたので、どっと疲れてきた。これから省エネの具体例を含んだもっと詳細な記事を、パチンコ雑誌の11月号に書くつもりだ。興味のある方は、そちらを見てほしい。どうせやらなくてはならないのなら、イヤイヤやるのではなく、進んでやって自分のプラスにする。今回はマルハンの理論構築やコンセプト力を垣間見た思いがした。やはり、理念とか信念がなくては、“商売道”は続いていかない。これまで出会ってきた多くの有象無象の省エネ業者を顧みて、つくづくそのことを痛感した。(佐渡屋太郎)

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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 14:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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秋が“奇跡”を運んできた【佐渡屋太郎-vol.188】

写真キャプション=猛暑の日々が続いても、元気一杯の南方系の植物たち


いまは9月21日(火)の19時30分。昼間は暑いが、夜になるとめっきり秋らしくなった今日この頃である。先週の9月15日(水)から自宅での冷房はストップした。そして、昨夜はベランダで酒を飲みながら虫の声を聞き、さらに植物たちを眺めて楽しい時間を過ごした。この夜の過ごし方は、盆休みで佐渡に帰っていたときと同じだ。大阪と佐渡はちょうど1ヵ月の“季節差”があるようだ。

植物はこの“季節差”や“気温差”を敏感に感じ取る。その変化を私が感じたのは、先週の9月15日(水)であった。南方系のハイビスカスやブーゲンビリア、パキラ、そしてザクロ以外の植物は、多かれ少なかれ猛暑の影響を受けた。とくに今年は「金のなる木」の被害が甚大で、空調の室外機の近くにあった鉢は、葉が黒く焼けてすべて落ちてしまった。生命力は強いので、すでに蘇生してくる兆候が見られ、あまり心配はしていない。ただ、8鉢ある中の3鉢は、幹の先端まで腐っているので予断を許さない状況にあるのは確かだ。

写真キャプション=2ヵ月を経て、ついに新葉を出した淀川の河原から採集してきた木  しかし、9月15日(水)を境にして、状況が一変したのである。私はこの日が、大阪における夏から秋に変わった記念すべき日だと実感した。そして“秋の到来”が佐渡屋太郎に、この上なく嬉しい“奇跡”を運んできてくれたのだ。まず、第1の発見は、今年7月7日(水)に淀川の河原から採集してきた木「淀川1号」(まだ樹名は調べていない)の幹や枝に、若芽が吹いていたことだ。この木は大木の下に生えていた若苗だった。しかし、掘り起こそうとしたら、図太い地下茎で大木とつながっていることが分かった。その地下茎をシャベルで何回も突き刺し、やっと断ち切って持ち帰ってきた。ところがその地下茎が長すぎて鉢に入らず、さらにノコギリで切ってやっとねじ込んだという経緯がある。

写真キャプション=大手術をしたにも関らず、しっかり根付いて生き返った淀川1号


果たして、大木から受け継いだ生命力が、大手術によるダメージに打ち勝つことができるかどうか。それが、大きな問題として「淀川1号」の前に立ちはだかっていた。その間、夏の強い日差しを受けて、1枚1枚と葉を落としていった。しかし、主要な幹の2本は生気のある薄緑色をしていたので、まだ生きていることは確認できた。ただ、このまま葉を落とし続け、幹もついには茶色に変色して死んでいくのではないかという不安は、2ヵ月以上も佐渡屋太郎の心の中にあった。ところが9月15日の朝、幹のいくつか節から薄緑色の芽が出ていることを発見したのだ。

その芽が、1日ごとに増えてきた。さらに芽が葉となり、小枝となってどんどんと伸びていく。それはいままで溜め込んだ力を、一気に噴出すような勢いを感じさせた。私が佐渡に行っている間に、Y嬢が枯れかかっている葉を切り落としたという。私が大阪に帰ってきたとき、残りの葉は2枚になっていた。果たして、それが“蘇生”の刺激になったのだろうか。はたまた季節の変化が、成長を促す契機になったのか。その原因は分からないが、とにかく嬉しい。この木は将来的に、“佐渡屋太郎盆栽コレクション”の中心的な存在になると思っている。その大きな期待を込めて、もっとも日当たりのいい場所に置いている。

SQ写真/10年10月号③ 042  次の“奇跡”はモミジの木(小)であった。これは盆休みに佐渡から持ってきたものだ。畑の家への通路脇に並ぶサツキの木の下から、細い幹を伸ばしていたところを発見した。母親は毎年、サツキの木をバリカン刈りにして丸く仕上げている。このモミジの木(小)はそのバリカン攻撃を受け、頭頂部を切られていた。かわいそうだったので、掘り起こしてきた。6月に帰ったときに持ってきた期待の青モミジの2本は、見事に枯れてしまった。そのリベンジのために、また佐渡から掘り起こしてきたのだ。この青モミジ(小)は3本を1鉢に植え、様子を見ていたら、葉が徐々に枯れてきた。しかし、幹は青さを保っていたので、淡い期待は持っていたのだ。

写真キャプション=ついに待望の葉を出してくれた青モミジ(小)


それが9月15日に見たら、先端部分から新葉を出していたのである。これまで、幹に赤い芽が付いていたのは知っていた。それが次第に大きくなり、ついに葉を出して根付いたことを知らせてくれたわけだ。これは記念すべき一瞬だった。そもそも青モミジは、今回の盆栽苗採集における“原点”となった重要な木である。佐渡で見たその葉の青々とした美しさに感動し、これを大阪でも味わいたいと思ったのが発端だ。それなら、その小さい木を大阪に持って帰って、鉢植えにして育てたらどうか。このアイデアを思いついたとき、私は興奮した。頭の中には太い幹に成長し、淀川からの風を受けて葉をそよがせる堂々とした姿が浮かんできた。これはまさに“盆栽への道”に足を踏み入れた瞬間でもあった。

写真キャプション=大阪に着く前に葉を枯らしてしまったモミジ(大) しかし、現実は甘くなかった。6月に持って帰った2本の木は、次々に葉が枯れ、次第に青かった幹も茶色に変色していった。これは実に悲しいことだった。自分の無力をいやというほど思い知らされた。だから再度の挑戦に、この夏は気合が入っていたのである。しかし、採集してきた青モミジ(大)は、すでに帰りの佐渡汽船の船の中で、葉が枯れ始め、大阪駅に着いたときには、葉はすべて茶色に変色していた。とくに、上新庄までの阪急電車では、皆にジロジロと見られた。枯れ枝を大事そうに抱えているおっさんは、確かに気味が悪いと思う。人にどう思われても構わないが、鉢に入れる前に葉を枯らしたことは、私にとって大きな打撃だった。戦う前に負けてしまったような感じだった。

写真キャプション=奇跡的に蘇生し、上部の枝の先端に赤い芽を付け始めたモミジ(大)


だから、まずモミジ(小)の復活は、ことのほか嬉しかった。今までのマイナスを、一気にプラスに変えたような劇的な瞬間だった。そのとき反射的に、もうあきらめて日陰に置いてあったモミジ(大)の方に視線を移した。遠くから見ると、葉は枯れたままであったが、幹はまだ青い部分がだいぶ残っていた。それが意外な気がして、近づいて細部を見ると、何と上部の枝の先が赤く変色しているではないか。今回の3つの“奇跡”のなかでも、この青モミジ(大)が最も衝撃度が大きかった。それまで死んでしまったと思っていたものが、生き返っていたからだ。

写真キャプション=溜め込んだエネルギーを吐き出して、次々と葉の数を増やしている青モミジ(大)


これまで気に掛かっていたことが、ある日(9月15日)突然に解決し、それが逆に日々の大きな活力になってきている。このほかにも、佐渡から持ってきたツバキが葉を落として裸になっていたが、新芽を出しつつある。これで期待していたものは、ほぼすべて根付いてくれた。今は、それらの成長や変化が面白くてたまらない。春から夏にかけて動きまわった盆栽関係の1件は、秋に入って意外な成果をもたらしてくれた。この場を借りて、蘇生して佐渡屋太郎に感動を与えてくれた淀川1号、青モミジ(小)、青モミジ(大)、椿(大)に、心から感謝の意を捧げたい。今年の秋は、このほかにも何か大きな収穫がありそうだ。(佐渡屋太郎

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佐渡写真日記(その2)【佐渡屋太郎-vol.187】

いまは9月7日(火)の20時20分。前回、新たな試みとして、写真にキャプションを付けていく「佐渡写真日記(その1)」を書いてみたら、意外なほどに簡単に書け、しかも欲求不満を解消して余りある達成感があった。実は佐渡から帰ってきてから、いろんなブログを見る必要に迫られていた。それはある仕事でのことであったのだが、とても勉強になった。義務で書かなければならない人と、そんな条件下でも自分で考え、書くことに楽しみを見出している人たちのブログがあった。その中で考えて書いている人たちのブログは、総じて面白かったし、通して読むと書き手の変化が1つのドラマでもあった。

具体的に言うと、折角、書くという作業をしながら、だんだんやせ細っていく人がいる。その人たちは、途中で書き続けることができなくなり、ブログを中断してしまう傾向が強かった。一方、書くことで自分自身が研ぎ澄まされてくる人もいる。それは自分と向き合っているからで、その変化が実に読者として興味を引き付けられる。何か持っている人は、書くという作業によってどんどん成長していく。模索しながら、次第に自分が求めることを発見していくというドラマが、ブログのなかで実際に展開されているものもあった。

そのなかで、風俗関係のブログに興味を引き付けられた。おそらく、店や自分の宣伝のためのものなのだろう。自分の写真を入れて、前日の出来事やコメントを短く添えたものだ。本数も半端ではなく、1日に2~3本アップしているものもあった。出勤前や客待ちの間に写真を撮ったり、記事を書くのであろう。仕事前の昼食や仕事後のアフターや飲み会の写真もたくさん掲載されていた。そのなかには有名な風俗嬢やニューハーフがいたが、そんな子は自分の見せ方もうまいし、記事も面白い。そうした手際のよさを見ると、さすがに有名になる子は、人を魅きつける何かを持っていると改めて感心した。

その手法を色気抜きでパクったのが、前回の「佐渡写真日記(その1)」であった。写真を11点も載せたのだが、まだ重要な写真が何点も残っている。そこで、間髪を置かずに第2弾をぶち込むことにした。前回は軽めの写真が多かったが、今回はいよいよ佐渡屋太郎の“極私的な世界”に入っていくことにする。個人的には今回の写真の方に格段の思い入れがある。

SQ写真/10年9月号② 090


これは畑の東側の写真である。この一番左の木を見てもらいたい。この畑の敷地において最も大きく、佐渡屋太郎家を象徴する木である。樹齢は少なくとも60年、ひょっとすると100年を超えるのかもしれない。昔、この木は刈り取った稲を干すハゼの木であり、この木を軸に横木を渡して6段のハゼを作った。小学生の頃の佐渡屋太郎は、田んぼから刈り取った稲を一輪車に積み、あぜ道や畑の横を通って、このハゼ場まで運んでくるのが仕事であった。あぜ道から車道に上がる箇所には小川があり、大きな段差になっていた。そこに一輪車が通れるように2枚の板が渡された。勿論、急傾斜なっている。

刈り取った稲の20束を縄で縛って1括(くく)りにして、3~4括りを1輪車に載せる。刈り取ったばかりの稲は水分を含んでいるので、結構重いのである。まず、フラフラしながらあぜ道を通る。そして、渡し板の前で一服して態勢を整え、やや助走を付けながら一気に急斜面を押し上げるのだ。しかし、バランスを崩したり、押し上げ切れなくて、何回も転倒した。皆は稲刈りをしているので、誰も助けてくれない。半ば意地になって佐渡屋太郎は頑張ったのである。その小さい頃の自分の必死な姿を思い浮かべると泣けてくる。

そして、夕方になると皆が総出の稲掛けとなる。女衆は下の1段から3段目に稲を掛ける。男衆は上段のハゼに足を掛けて跨(またが)り、下から放り上げられる稲束を受け取りながら、4~6段目に掛けていくのだ。このハゼの木に乗るのが一番カッコいいのだが、それは父親の役目だった。しかし、一番つらいのが稲を投げ上げる役だ。これは中学の野球部時代、佐渡で優勝した佐渡屋太郎の担当であった。

しかし、何百束も投げ上げるとさすがに疲れてくる。投げ上げた稲束が受け手に届かなくて落ちてくるときは、男としての最大の“屈辱”である。夕食の準備にために女衆が帰ったあと、暗闇の中で父親と稲束を媒介にして取り組んだ“男と男の仕事”であり、“男と男の闘い”でもあった。今は亡き父の寡黙でたくましかった姿を思い浮べると、佐渡屋太郎はまた泣けてくる。少し今日は、飲み過ぎているのかもしれない。そんな思い出がこの木には染み込んでいる。仏さん“送り”もこの木の近くでやった。

正直に言うと、私も息子とこうした“男の闘い”をしてみたかった。そうしたら息子も、もっと根性のある人間になったかもしれない。唯一の闘いは毎年夏に、私が通っていた佐渡の小学校の校庭でやっていた野球だった。あれは息子が中学2年生のときだった。中学1年生からレギュラーで、中学2年生のときに学校創立以来、初めて佐渡の郡大会で優勝し、船に乗って新潟での地区大会へ行き、3回戦で拉致被害者の横田めぐみさんの母校でもある寄居中学校に惜敗したのが、佐渡屋太郎の野球人生である。その佐渡屋太郎が渾身の力を込めて投げたボールを、中学2年生の息子は打ち返し、ホームランとなった。負けるはずのない闘いで負けてしまって、佐渡屋太郎のプライドは痛く傷ついてしまった。しかし、これが“勝負の世界”である。また、別のフィールドで闘いたいと思っている。どこからでも掛かって来いと言いたい(ただし、野球以外にしてほしい)。

SQ写真/10年9月号② 106


さて、気分を変えよう。佐渡には金北山(1,173m)という最高峰がある。その麓(ふもと)に湧き出る水は甘くてうまい。したがって、その清水は行列ができるほどの人気がある。この水で氷を作り、さらに焼酎を割って飲むのが数年前からの私の習慣になっている。私の母親は昔、美人であって、今でもこの清水を汲んできてくれる奇特な人たちがいる。そのお陰で1年中、この清水を飲んでいるようだ。しかし、息子が帰ってきたときくらいは、自ら汲みに行くのである。また、今年も行ってきた。昨年は焼酎「大五郎」の4ℓボトルで10本ほど汲んでいたが、今年は20ℓのタンクを使うようになったようだ。さらに今回、もう1つタンクをホームセンターで買い足し、40ℓを汲んできた。

SQ写真/10年9月号② 107


佐渡といえば魚である。しかし、買う場所によって、倍以上も値段が違う。魚を買うなら「キング」しかない。安いし、種類も豊富だ。刺身が200円台で売っている。その秘密は仕入れのルートにあって、ここでは漁師からの直売システムを採っているという。

SQ写真/10年9月号② 109


壮観である。佐渡の海の豊かを感じさせる。本来、魚はこんな値段であるはずではなかったのだろうか。佐渡の人間は魚をドンドン食べ、カルシウムに満ちた骨太の若者たちに、東京や大阪に大挙して攻め込んできてもらいたい。この値段を見て驚いた人も多いだろう。100円台で新鮮な魚が食べられる。醤油と味醂と酒で煮付ければ、最高の肴になる顔ぶれが勢ぞろいしている。これを食っていれば、誰にも負けない体になる。

SQ写真/10年9月号② 081


さて、今回のテーマの1つである青モミジに突入する。これはいとこのMの庭の片隅にあった青モミジである。地植えなら、このくらいの大きさの頃が可愛いらしい。しかし、これからグングンと大きくなっていくことだろう。何と言っても、この涼やかな姿がいい。しかも、生命力に満ち溢れている。この力を私の鉢植えにもほしい。

SQ写真/10年9月号② 076


今年6月、帰省したときに鉢上げをした青モミジ。何とか生きていてくれた。掘り起こしてすぐ、鉢に入れたのが勝因だろう。同じときに掘り出して大阪に持ってきたものは、2本とも枯れてしまった。しかし、母親に聞くと1度は枯れても、時期になれば生き返ってくるという。その言葉を信じて、まだ枯れ枝を捨て切れないで取ってある。佐渡に帰っていたときは、この庭に椅子を持ち出し、酒を飲みながらこの青モミジを眺めるのが、夜の楽しみだった。涼しい風と虫の声に囲まれ、この枝ぶりの将来像を思い描くのが至福のときで、毎晩2時間~3時間を前庭で過ごしていた。

SQ写真/10年9月号② 175 そして佐渡での最終日、ジャングルの片隅で成長している青モミジを発見した。こんな誰も見ない片隅にいるより、庭に持ってきてその生命力に溢れた姿を多くの人に見てもらった方がいいというのが、佐渡屋太郎の判断であった。しかし、太い地下茎で命を繋いでいたことも、掘り起こすうちに分かってきた。その地下茎を三角スコップで断ち切り、家に持ってきた。しかし、家にあった鉢は小さ過ぎた。そのため、残った地下茎をさらにノコギリで切って、やっと鉢の中に収めることができた。この状態で生き続けていけるかどうか不安である。はっきり言って、切り過ぎだと思っている。しかし、その姿は雄大だった。他の2本がたちまちかすんでしまった。それくらい迫力のある青モミジであった。

SQ写真/10年9月号② 168


また、今回も懲りずに盆栽苗を持ってきてしまった。何としても大阪のベランダで青々として茂る“青モミジ”がほしかった。そのため、また父が残した植物園から“盗掘”をしてしまった。しかし、一番大きな有望株は、大阪に着くまでに葉が枯れ、小さなものも瀕死の状態だった。今回はそのほか、杉と竹の苗なども持ってきた。その経過はこのブログで報告していきたい。竹と杉はいま必死に頑張っている。

SQ写真/10年9月号② 082


さて、いよいよ今回のブログの最後に近づいてきた。すなわち、最高の見せ場である。まず、この写真の中央にある小さな木を見てもらいたい。これは「ネズミサシ」という。この枝をネズミの通り道に置くと嫌がるので、ネズミ除けにしたことからこの名前が付いた。短縮して「ネズ」とも呼ばれる。確かに小さくはあるが、樹齢としては少なくとも30年以上の古木である。主に岩場や尾根などの痩悪地に成育し、成長の遅い木として知られる。根元の平均年輪幅は0.43mm/年であり、その代わり材は緻密で針葉樹林のなかでは最も重い幹比重(0.54)を持つそうだ。盆栽の世界では「杜松(としょう)」という。

SQ写真/10年9月号② 074


その「ネズミサシ」に父親が狂ったのが、私の中学生の終わりから高校生の初めの頃であった。訳の分からない柱を何本も当時、納屋であった裏の家に持ち込み、来る日も来る日もヤスリ掛けをしていた。冬の日、高校から雪の中を自転車で帰ってくると、裸電球の薄暗い中、黙々と柱を磨いていた。私が高校2年生のとき、家を建て替えた。そのとき、初めて姿を現したのが、この「ネズミサシ」の床柱であった。一応、父の職業は学校の教師であったが、山の方の学校にいるときにいろんな人と知り合いになり、この柱や面をもらったのか買ったのかは知らないが、家に持ち込んで来ては磨いていた。定年までの15年間は、木工師か庭師のような生活をしていた。今回、東京のおじさんたちが家に来たとき、この床柱の話題になった。母によると、この床柱は樹齢300年であるという。もうこれだけの木は佐渡にはないのではないかということであった。このほかにも父は何本もの「ネズミサシ」の柱を磨き、知り合いの人たちにあげて喜ばれたそうだ。

その中で一番立派なものを、自分が建てた家の床柱にした。これは父親の人生において、1つの大きなドラマであったと思う。自分が精魂込めて磨いた床柱を、家の中心に据える。これほどの喜びはなかったのではないか。さらに、家長としての威厳も十分に示した。私の評価も一変した。父は家を建てるとき、毎晩のように大工の家に行って話しこんでいた。普段は寡黙であるが、好きなことに関しては非常に社交的になる人間であった。

SQ写真/10年7月号② 112


ただ、惜しまれるのは、仏間の長押(なげし)を通すために、この床柱を削ったことである。そのため、この見事な柱に長押の板が食い込む結果となった。その工事をしたとき父は不在で、大工による勝手な判断であった。それを何回も見て、悲しそうな顔をしていた父の姿を思い出す。これはセンスの問題だ。私が大工だったら、こんなことは間違ってもしない。その大工は、「ネズミサシ」の床柱の価値を分かっていなかったに違いない。

SQ写真/10年7月号② 107


これが裏の家の2階である。以前は、父と母の部屋であった。その天井壁の四方には様々な面が掛けられている。鬼、能面、佐渡の文弥人形、のろま人形、説教人形の面、さらに佐渡屋太郎が昔、土産としてあげたインドのサドゥーや韓国の面も飾ってある。いま佐渡へ帰ると、私はこの部屋で寝ている。約60体の面に睨まれながら、爆酔しながら爆睡している。神経の細い人間は、怖くて寝られないのではなかろうか。

SQ写真/10年7月号② 123


今年の夏は、その中の馬の首の掛け位置がおかしかったので、深夜で酔っているにもかかわらず直してやった。それが気になって眠れなかったからだ。大した親孝行ではないか。父親の未完成を息子が完成させてやったのだ。几帳面な父がなぜこんなことをしたのであろうかと不思議に思う。これで、すべてが収まるとことに収まった。

SQ写真/10年7月号② 124


こうしてみると、私が放浪時代に贈ったインドのサドゥー(修行僧)の面もなかなかのものである。これはヤシの実で作られている。贈った本人が忘れているのに、ちゃんと保管してくれていた。こうした収集癖と保存本能を尊敬する。とにかくやりたいことをやり、その成果をいろんな形で残してくれた父親であった。

SQ写真/10年7月号② 119


そのなかで私が一番好きなのは、この布袋まがいの老僧の木彫りである。これは父が心酔していた山奥に住む老彫り師の作品だ。失敗作で捨てられていたのを父がもらってきて、残りを彫り、懸命に磨いて仕上げたものであるという。その老師は片腕がなかった。足で木を固定し、片手で彫っていたのである。この像にも片手がない。その老師を私は見たことがないが、この像のような人ではなかったかと想像する。一度、大阪に持ってきてテレビの上に置いていたが、この像が「佐渡へ帰りたい」と言ったので、持ち帰ったものだ。やはり片腕の老師は、父の部屋の床の間にいるのが一番似合っている。

SQ写真/10年7月号② 129


今回の2回にわたる写真日記は、私にとって実に意義深いものとなった。“収集癖”の固まりであった父を回顧し、私の“収集の道”が決して間違っていなかったという確信を得ることができた。これらのブログは、主に佐渡方面に強く発信しておきたい。私も父の残したものの良さが、次第に分かるような年齢となった。以前は母のことを書き、今回は父のことを書いたので、私の肩の荷もだいぶ軽くなったような気がする。飲み過ぎでもし私の方が早く死ぬことがあっても、このブログの記事から弔辞を抜粋してもらいたい。死人からの弔辞は採用されないかもしれないが、私が書くべきことはだいたい書いたような気がしている。実に爽快な気分だ。明日からはまた、せっせと収集に励むことにしよう。(佐渡屋太郎)

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