遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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2008年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年11月

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身の回りで多発する“変化”について【佐渡屋太郎-vol.120】

写真キャプション=夕日を受けながら佐渡沖を航海する貨物船

 いまは10月22日(水)の20時35分。やっとパチンコ雑誌の11月号が終わり、一息ついているところだ。この号ではもう1本の4ページ記事を書こうと思っていたが、時間切れとなってしまった。来月号への持ち越しにすることにした。まあ、こんなこともあるだろう。お陰で張り詰めていた気持ちが、急に萎(しぼ)んでしまった。久し振りにフィーバー状態だった頭から熱が引いて辺りを見回すと、いろんなところで変化が起こっていることに改めて気付いた。

 まず最大の変化と言えば、この「遊技租界」が皆様のお陰により、1周年を迎えたことだろう。“猪八戒”にそそのかされて1本目の原稿を書いたのが、2007年9月21日のこと。タイトルは「『遊技租界』開国の辞」であった。相当気張って書いたことを憶えているが、何だか遠い昔の出来事のようだ。この1年はとにかくいろんなことが起こり、酒も3年分を1年で飲んだような気がする。その結果、1年で3歳も年を取った感じだ。実際、何か事が起こるたびに集まってよく飲んだ。しかし、この1年に飲みながら話したことは、確実にこの「遊技租界」の“ノウハウ”として蓄積されていることを、今さらながら痛感している。

 お陰で僅かながら信用も付き、僅かながら支持者も得られ、僅かながらブレーンも集まってきた。2年目はいよいよ具体的な“商売道路線”を展開していこうと思っている。佐渡屋太郎は“メディア路線”、猪八戒は“ビジネス路線”を志向し、互いにもつれ合いながら面白い展開ができたらと思っている。その1周年記念として、私は散発的に佐渡のことを写真とともに紹介していくことにした。実はある雑誌に「佐渡レポート」を書いたのだが、それを細分化し、“佐渡人”でしか書けないような視点を入れて再構成してみたい。

 この「佐渡レポート」をあと5年くらい続けて、“大作”にしたいと思っている。写真をこれまで一杯撮ってきたが、使えなかったものも多い。それを再利用したいのだ。さて、いくつネタを生み出すことができるだろう。またパチンコから離れ、“危険思想”に走ろうとしている佐渡屋太郎である。今回はその序章として、写真だけを挿入することにした。誰も期待していないだろうが、佐渡屋太郎は“ヤル気満々”になっているので、よろしく。
写真キャプション=鏡のように静まりかえる真野湾の向こうに見える二見の岬

 さて、今回のテーマは“変化”であった。私の周りでも、大きな変化が起こっている。まず、行きつけであった(と言っても、近頃はあまり行ってなかった。ゴメン!)飲み屋の“T変木”が店を閉じた。そのママのY子ちゃんと10月20日(月)に、パチンコ雑誌の社長とともに飲んだ。Y子ちゃんは今でも、このブログを読んでくれているという。見上げた“心掛け”である。

 Y子ちゃん、どうもありがとう。だから言うのではないが、あんなに接客の才能があり、“根性”と“頑張り”がある娘(こ)(この“呼称”は私からのささやかなプレゼントです)が、実に勿体(もったい)ない。どこからかしっかりしたスポンサーを見つけてきて、本格的な飲み屋の経営をさせたら、絶対に成功する娘(こ)である。いつかまた飲み屋のママとして蘇ってほしい。今度こそは、佐渡屋太郎は連日のように通います。ただ今度、店をやるときは、駅の近くにしてほしい。そしたら、私の仲間も安心して飲めると思います。

 さらに、一時期は隆盛を極めていた業界関係の社長の会社が、いま大きな“転機”に差し掛かっている。私とはもう10年近い付き合いになる。いつも怒られてばかりいたのに、近頃やけにやさしくなり、私や“猪八戒”を頼ってくるようになった。この2週間で2回も韓国クラブに連れて行かれ、最後は“涙目”で手を握られてしまった。私は何もできないが、わが相棒である“猪八戒”と遊技租界ブレーンが、“再興”のために奔走している。その結果、さらに面白い展開ができるようになるであろう。“信じる者は救われる”のである。

 実は、原稿の締切りに追われていた9月14日(日)、私は不動産関係の年若い友人である“Uちゃん”に頼まれ、西宮の山の手である甲陽園の豪邸の取材に行ってきた(“Uちゃん”、ゴメン、あの原稿はこの次に書きます)。その帰り道、Uちゃんは言った。「佐渡屋さん、もう少し待ってください。11月になれば、日本の“小バブル”が完全に弾(はじ)け、多くの物件が出てきます。いまパチンコ業界の物件も、水面下でいろんな動きがあります」。

 気付いてみれば、もうすぐ“魔の11月”ではないか。春、夏に振り出した手形の関係からも、そろそろ“地獄の1丁目”に入ってきた。膝を交えて飲んでみると分かるが、この業界で体を張って生きているほとんどの経営者は、多くの “借金”を抱えており、いつ昇天っても(いっても)おかしくない状態にある。その“持久戦”に、そろそろ決着がつきはじめているのだ。

 その背景には、“急激なマーケットの縮小”がある。これについては、このブログでも以前、書いたような気がする。つまり、ホールは何も買ってくれない(買いたくても、金がなくて買えない)。仮に買ってもらっても、果たして回収ができるかどうか分からない。とくに周辺機器業者は、“行くも地獄、戻るも地獄”ではないが、“売れなくても地獄、売れても地獄”という状態である。売上だけを上げるための “加重条件”による販売契約で、「3年手形」などという話も聞いた。これではリースではないか。“台風”(手形、210日=7ヵ月)が5回も通り過ぎていってしまう。一部では、もう“商売”自体が成立しないような状況に追い込まれている。
写真キャプション=外海府の海沿いの畑に植えられたヒマワリの群れ

 前回、書いた同友会の「大阪討論会」でもメーカー側から、「まだうまくいっていないが、高い遊技機を購入する際の、“便宜”を図る方法も考えなけばならない」という意見が出ていた。たとえば、「雀球」など面白くて導入したいが、高すぎて買えないホールが多いという。リース契約などいろいろ試行錯誤があるようだが、それでもメーカーは売り、ホールは買うのであろうか。ファンの大幅減少、ホール数の恒常的減少、メーカーの2極化現象という“急下降曲線”のなかで、明らかにこの業界の枠組みに“きしみ”が聞こえている。

 そんななかで先日、日工組の内規変更の情報が流れた。具体的な変更点は、①アタッカーの1Rあたりの開放時間を6秒以上にすること、②アタッカーが2つ以上ある場合は最大入賞数の値を統一すること、③合成確率を1/400未満にすること、という3点だそうだ。まだ、確定でないので何とも言えないが、出玉のない2R当たりのパカパカのみがなくなり、従来の「バトルタイプ」や「マックスタイプ」に来年の4月以降、制限が加えられることになりそうだ。それら機種が主力機種となっている現在、また大きな変化が強いられそうだ。

 この“負のスパイラル”は果たして、どこまで続いていくのであろうか。カジノ関係者の話ではないが、“2012年説”というのが意外と信憑性を帯びてくる。そうなると、ホール数は1万軒を割り込み、8,000軒に近付いていくことになる。業界を取り巻く環境も“世界同時不況”が声高に叫ばれ、消費者の可処分所得は減っていき、財布のヒモはさらにきつくなっていくだろう。業界内にも“明るい話題”がない。そのなかで、従来の枠組み自体を変えていこうという動きがある。われら「遊技租界」もその動きに微力ながら協力していきたいと、水面下で 日々“画策”を続けているのである。(佐渡屋太郎)


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アライアンス(同盟)は着々と・・・【ナイトウ龍司-其の二十五】

写真キャプション=業界同様くたびれて来た、私のスーツ 今は10月25日(土)、今週はいつも通り、バタバタと忙しく過ごした。

 月曜日は朝から神戸にゲームセンターの改装案件で現地調査に向かい、深夜は兵庫県の東加古川でサウンドチュチュの施工工事の立会いに出た。その工事が午前3時半に終わると同時に休まず、折り返しで車で帰り、次の朝一には大阪府の堺市のホールに打合わせと昼から市内で機械販社のM企画のO氏と部備品の打合わせ、午後からは設備販社M社のO氏と打合わせの後、夕方には自宅近くの生駒駅で設備業者と打合わせと目まぐるしい2日が過ぎた。

 最近は一度、家を出ると何かと打合わせなどの関係で何日も家に帰れないことも多くなった。

 経費節約の為、今年は4月からは従来の車での営業活動を控え、電車などで移動して営業活動しているが、最近ではこの方が良いかもしれないと思う様になった。

 理由は車と違い、時間がはっきり読める事と現場でお客さんと夜に懇親会(飲み会?)でも気兼ねなく参加できる機会が多くなった事で、仕事も以前の様に順調に戻ってきているからだ。

 今年の当初は仕事も不安定で色々、悩んだりしたものだが、開き直って一から初心に戻って昔の様に営業に回ってみると以外や門徒は暖かかったのだ。

 勿論、昔の様な地道な千本ノックの様な飛び込み営業ではないが、最近は近年、付き合いのある業者の方たちが紹介などしてくれる案件が多いので本当にありがたい。

 特に”サウンドチュチュ”などは機械販社の友人達には感謝の一言だ。ここ2.3ヶ月での受注件数は月ごとに増え安定している。

 さらに本来の改装案件まで紹介してくれるので驚きの連続である。

 ただ、ここで思うのはやはりアライアンス(同盟)である。

 機械販社の友人達に紹介の思惑を聞くと”ホールに対してトータルでプロデュースしたいし、これからは機械情報だけでは営業にならない”というのだ。

 この事は数年前から、私たちのブログに最近、参戦してきた。直江タッチなどは常に言っていた。

 その事を他の機械販社の人達も同じ様に考えて初めている様だ。
機械販社達で最近、噂されている”南国育ち”

 最近、佐渡屋兄貴とミーティング(飲み会)をした時にもこのブログの話で盛り上がった。丁度、東京から業界誌のS社のM社長と会えることになり、色々と話をすることができたのだが、以前は物販メディア誌とブログが融合する話には全く興味をもってくれる事はなかったのだが、最近ではM社長が話を聞いてくれるようになっただけでも、時代は着々と変貌しているのだなぁと実感した。

 そして、このブログが大きなビジネスツールの役割もしてくれることに最近気付いた。

 それは、全国にいる昔からの業界の友人達と再度、このブログを出した事で連絡が取れる様になったことだ。

 この間も電話がかかってきたのが10数年前のT商事時代に付き合いのあった業者の方だった。

 電話越しに「内藤さん!覚えてるSだよ!ホームページやブログ見て、元気にしてるんだってわかったから電話したんだよ!久々に今度、大阪行くから飲みましょうや」との事。

 彼は現在、新潟でセキュリティ関連を販売している業者だが、全く連絡を取り合う事も無いほどに時間が空いていたので、数年前、元気にしてるかと携帯に連絡した時は番号が変わっていて、それから連絡がわからなくなっていた。だから、その電話は私にとってとても嬉しかった。

 多分、彼もただ会いたくて飲みに来るのではなく、一緒に仕事が出来たらと言うことだ。

 それは正論でとてもいい事だと私も思う。昔からの馴染みの業者達と今の現場を一緒にやれるかと思うとワクワクしてくる。

 アライアンス(同盟)は今の厳しい業界の中でさらに新しい形態に変わっていくでしょう。

 ただし今、私が理想に考えているのは色々な分野の業界の人達と組み、新しい法人を設立できれば、又、新しいタイプの会社を創ることでさらに面白い構想が展開できるような気がするのです。

 何年かかるかわかりませんが、私の商売道でもあるので実現してみたいと考えます。(ナイトウ龍司)


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| ナイトウ龍司-業界の眼 | 02:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ホール対メーカーの“発展的討論”【佐渡屋太郎-vol.119】

写真キャプション=当日の「大阪討論会」には185名の参加者があった

 いまは10月17日(金)の11時15分。この時間からも分かるように、佐渡屋太郎はまた事務所に泊まってしまった。しかし、昨夜は実に豪華な顔ぶれだった。一緒に飲んだのは、パチンコ雑誌の社長、店長向けパチンコ雑誌の編集長、そして何故か知らないが“猪八戒”とご存知の佐渡屋太郎の4人である。この4人がいて共通の話題となるのが、もちろん“女性”ではない、“パチンコ”である。業界自体が弱ってくると、こうした業界にどっぷり浸かった4人の“熱き語り合い”が実に貴重なものに思えてくる。

 この4人に共通しているのは“女好き”ではない、“パチンコ好き”である。もっと言えば“パチンコ業界好き”であり、パチンコで飯(めし)を喰っている4人なのだ。このいい年をしたオッサンが人生を賭けるくらい “パチンコ”は面白いし、“パチンコ業界”はもっと面白いのである。今回はどっぷりパチンコに浸かった“ヘビーな記事”を書きたいと思っている。実は今日10月17日(金)は何を隠そう、パチンコ雑誌の“原稿締切日”である。佐渡屋太郎は現時点で、10ページの外注原稿の修正と自筆原稿2ページを終了させている。しかし、まだ書かなければならない原稿が8ページもあるのだ。

 では、なぜそんななかで、このブログの原稿を書いているのか。1つの要因は、ブログにおいて“ご来場者数”の数字がどんどん上がっているのに、まだ古い記事が掲載されたままだったからだ。それはすべて私が“原因”なのだが、せっかく見に来てくれている人たちに“申し訳ない”という気持ちが突如として湧き上がってきた。“もっと早く気付け”という声も、もちろんあるだろう。しかし、そんな声にいちいち応えていたら、佐渡屋太郎は死んでしまう。いつも他の原稿の締切りに追われながら、必死の思いでこのブログの原稿を書いているのだ。と、自己弁明をさり気(げ)なくしておく。
写真キャプション=壇上に上がって討論を繰り広げるメーカーとホールのパネラー

 さらに、あと1つの要因は、昨日の10月16日(木)に、「有限責任中間法人日本遊技産業同友会」というパチンコホールの経営者で作っている団体が、新大阪で「遊技産業の明日を考える大阪討論会」と題するパネルディスカッションを開催したのだ。そこで、ホール経営者と遊技メーカーの幹部による“丁々発止”(ちょうちょうはっし)の論争が展開された。そこでパチンコ業界における“永遠のテーマ”が俎上に上がり、一応の“発展的合意”が図られたのである。パネラーとして、メーカー側は「北斗の拳」のサミー、「吉宗」「押忍!番長」の大都技研、「ルパン三世」の平和の3社。ホール側は、関西のホール経営者代表の2人が登場した。さらに、本来は聴講者であった京都のホール組合の理事長がディスカッションに“乱入”してから、急に面白くて緊迫した展開になった。そこではいろんなテーマが話し合われたが、ここでは佐渡屋太郎の興味があった2点に絞って紹介したい。

 そのテーマとは、「遊技機価格」と「先行導入」という2つの問題だ。その前に、一般の人たちも読んでもらっているので、いろいろ説明しておかなければならないことがある。業界関係者はいろいろと文句はあるだろうが、簡単に分かってもらうために、物事を簡略化していく。まずホールとメーカーの関係をいうと、メーカーの方が強い。ホールは“買い手”であり、遊技機メーカーは“売り手”である。本来なら作ったものを買ってもらうのだから、 “買い手”の方が強いはずだ。

しかし、パチンコ業界では“売り手”のメーカーの方が強く、“買い手”のホールは遊技機を“売ってもらっている”というのが実状に近い。とくにその傾向は、ヒット機種を持っているメーカーに強いと言えるだろう。そこに“抱き合わせ販売”や “先行導入”に対する条件付けなど、様々な現象が出てくる。ホールは組合を作って力を合わせないと、なかなかメーカーに対抗できないのが現状だ。しかし、そのホールも企業規模の差や“抜け駆け”があったりして、なかなか足並みが揃わない。

 ただ、業界がこのような危機に見舞われると、その関係も次第に変化してきた。メーカーも2極分化の現象が起こり、正直“苦しい”という。ただ遊技機の設置台数は全体的には、まだ極端な落ち込みは見られない。しかし、ホール数が1万8000軒から1万2000軒になり、その傾向に歯止めが掛からない。さらに、遊技人口も96年の2900万人から07年には1450万人と半減し、この11年間に毎年100万人以上がホールから離れていった。メーカーにも何らかの影響はあるはずだ。そこでこれまでの“ホール対メーカー”という対立構図から脱却し、互いに手を握ってこの難局を乗り越えようという動きが出てきているのだ。その1つの象徴が今回の「大阪討論会」であったと言えるだろう。

 その“手打ち”にあたって、まず互いに腹を割って話し合おうというわけで、討論会が始まった。まず、1つ目のテーマはホール側から出された“遊技機価格が高すぎる”という指摘だ。それを整理すると、遊技機代が高い→機械寿命が短い→遊技機代の早期回収に走る→玉を出せない→顧客の信用を失う→客数の減少→ホールの経営難という図式だ。パチンコが平均すると1台あたり約28万円、パチスロが約35万円もする。それが導入して1ヵ月も持たない機種が少なくないのだ。その結果、機械代が膨れ上がり、経営を圧迫しているという問題だ。昔のパチンコホールは、遊技機の入替を年に1回しかしなかったという、今では信じられないような事実も紹介された。

 これに対し、メーカー側の主張は部品のリサイクル、リユースや共同購入を行い、遊技機価格の低減に努めているというものだ。一方、より大きな液晶やキャラクターものを要求するファンやホール側の声もある。それが機械代に上乗せされることも理解しなければならない。また、導入してから1週間で急に稼働が落ちるケースがある。ホール側の機械の使い方にも問題があるのではないか。さらに、作った機械がすべて売れるわけはない。その販売リスクもある。こうなると、堂々巡りの議論になってしまう。しかし、この議論を救ったのが、メーカー側から出た“割安感”理論であった。

 それは、「面白くない台はタダでも要らない」「顧客が喜んで打つ台は少々高くても買う」というホール側の心理だ。つまり、1ヵ月しか持たないのに1台が30万円では、確かに“高い”だろう。しかし、顧客を魅きつけて半年も1年も働いてくれる台は、50万円や80万円でも決して“高い”とは思わないはずだ。それが30万円で買えるのであれば、ホール側に“割安感”が生じる。だから、安い機械を作れと言うのではなく、長持ちするいい機械を作ってくれと言うべきではないか。また、ホール側も“長寿台”か“短命台”を見抜く、“眼力”も必要だろう。「魅力があってファンの多いホールに、できるだけ安くて長く使える台をメーカーが提供する」ということで、双方の手打ちができたようだ。
写真キャプション=ステージ上の討論に真剣な表情で聞き入る聴講者たち

 あと1つは「先行導入」の問題だ。これに関しては、2000台も買うような大手ホール企業へ先に新台を渡し、5台しか買わない中小ホールには1ヵ月も遅れてやっと納品が行なわれる。その結果、大手企業はその新台を使って顧客から機械代を早々に回収し、その新台に顧客が飽きて信用がなくなったころになって中小ホールに搬入されるという問題提起だった。これに対してメーカー側は、保通協や公安委員会を通るまでに3ヵ月かかり、それから部品を調達して納品までに4~5ヵ月必要だ。これを一斉に搬入するには作った台を貯めておかなくてはならない。そうなると、さらに製作期間が長くなってしまうという答えだった。

 しかし、メーカーも商売をしているわけだから、大量に買ってくれる“お得意さん”を大切にするのは分かるような気もする。ただ、すべてのメーカーではもちろんないが、ある程度まとまった台数でないと、販売しないという現象があるのは確かだ。その結果、売ってもらうためにホールは無理して必要以上の台数を買い、その台がこけると多大な被害を被るという例もよく見受けられる。そこに、より多くの台を買ったホールから優先的に納品するという“先行導入”の問題が絡んでくるわけだ。また、売ってもらうために多くの台を買い、必要以上の台をすぐ中古市場に売ってしまうという現象も生まれている。

 確かに、強い者がより強くなり、弱い者がより弱くなるシステムではある。そして、一朝一夕には解決しない問題でもある。ただ、大手と同じ手法で戦っても結果は見えている。中小ホールは中小ホールなりの戦い方を考えなければならないだろう。あとは、その具体論ということになってくる。それは個々で考えるしかない。いずれにしても、この「大阪討論会」はホールとメーカーが同じテーブルに付き、腹を割って話し合うという点が大きな成果であった。会って話せば、互いの事情が分かり、憤懣も理解に変わってくるかもしれない。当日は、①現在のパチンコマーケットをどのように捉えているか、②ファンをどうやって増やしていくか、③遊技機代についての意見交換、④業界のための協力関係について、というテーマで討論が行なわれた。今回は、佐渡屋太郎が興味のある部分だけを抜粋しただけで、もちろんこの他にもいろんなことが話し合われた。ここで話し合われたことが、いずれ形になって業界救済につながってくれることを祈りたい。(佐渡屋太郎)


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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 10:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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なんば「個室ビデオ店火災」とグリーフケア【佐渡屋太郎-vol.118】

写真キャプション=10月1日に起きたなんば「個室ビデオ放火事件」の現場


 いまは10月6日(月)の20時30分。やっと葬儀雑誌の11月号の原稿が終わり、ほっとしているところだ。この間、世の中ではいろんなことが起こったようだ。清原の引退セレモニーがあり、現広島市民球場が幕を閉じ、麻生太郎総理大臣の施政方針演説もあったことを後から知った。原稿書きに追われていたので、何か遠い世界の出来事のような気がする。私の周りでは、なんばで「個室ビデオ店放火事件」があり、15人も亡くなったそうだ。また、この「遊技租界」も1周年を迎えたという。これさえも人ごとのような感じだった

 今日はいままで書いた原稿のチェック結果が届き、担当の編集者からの質問にも答えた。これで今回の原稿はすべてが、滞りなく終わった。と、思ったら急に気が抜けてしまった。いまは何も“やる気”がしない。しかし、このグログの原稿を書かなければならないのだ。実は先週の水曜(10月1日)に京都の“拠点”を出るとき、携帯電話を忘れてきた。そして、そのまま2晩は事務所に泊まりこみ、週末は大阪の“拠点”に行った。したがって、携帯電話ナシの生活を5日間つづけたことになる。

 この間、飲み会の誘いからも、原稿の催促からも、今後の打ち合わせからも、完全に隔絶されたところにいた。仕事は凄くはかどったが、少し淋しかった。また、少し厭世的な気分にもなった。社会とのつながりを絶つと、どんどん“孤独の穴”にはまり込んでしまう。それはそれでいい気持ちだが、いつまでも続けているわけにいかない。食っていかなければならないからだ。実に単純明快な理由であった。明日のために、今日からヤルゾ~!!

 今日、京都の“拠点”で目を覚ますと、携帯電話が不気味に振動していた。恐る恐る開いてみると、着信登録の一杯20件目が10月4日12時のものだった。10月1日から10月4日の11時まで、どんな電話が私のところにあったのだろうか。というわけで、いつまでダラダラ書いていても切りがないので、そろそろ本題に入る。実を言うと、先週の佐渡屋太郎は“事故づいて”いたのである。9月30日(火)の夕方、雨の中を1時間半も歩き、尼崎の「JR福知山線脱線事故」の現場に行ってきた。その日の夜中(日付は10月1日に変わっている)の3時頃、なんば「個室ビデオ店放火事件」が起こった。そして、翌10月2日にその現場にも行ってきたのである。

 「JR福知山線脱線事故」では106名の死者が出て、562人が負傷した。つい先日も4両目で負傷した25歳の男性が自殺して、死者は107名となった。この男性は事故の2ヵ月後から精神的に不安定となり、通院を続けていたという。一方、なんばの「個室ビデオ店放火事件」では、1人の自殺未遂に巻き込まれて15人が犠牲になった。JRの事故では、その1年後に挙行された慰霊祭の取材に行ったことがある。遺族席はマスコミの撮影を避けるため、幕で囲まれていたのが印象的だった。
写真キャプション=聖トマス大学の「サピエンチア・タワー」の10階から遠望するJR事故の事故現場


 さて、なぜ佐渡屋太郎は、05年4月25日に起こったJR脱線事故の現場に、3年以上経ってから行ったのであろうか。それは事故現場から直線距離で約1km離れた聖トマス大学に、取材に行ってきたのだ。同大学に来年4月、日本初となる「日本グリーフケア研究所」が設立される。“グリーフケア”とは、愛する家族や親しい人を失ったときに陥る“グリーフ”(悲嘆)の状態を、正常に通過するためにアシストをすること。基本的には、遺族の感情や行動を認めながら話を聞き、感情を外に出していく手法が取られる。悲しみの感情をうまく外に誘導できないと、病的な状況に陥るケースもあるのだ。

 さらに “グリーフ”について説明すると、遺族が体験する悲嘆のプロセスを「グリーフワーク」という。個人によって軽重はあるが、この段階的な回復へのワーク(仕事)を経ないと、悲しみを克服することができない。そのプロセスは、①「ショック期」(茫然として無感覚の状態)→②「喪失期」(現実に死を受け止めることができず、号泣・怒り・敵意・自責感などの強い感情が繰り返し出現する)→③「閉じこもり期」(死は受け止められたが、従来の自分の価値観を失って無気力な状態になる)→④「再生期」(死を乗り越えて、新たな社会関係を築いていく状態)という4段階があるそうだ。

 人によって違いはあるが、①と②の段階が1~2週間ほどのうちに現れるという。また全体的な期間は、配偶者との死別が1~2年、子供との死別の場合は2~5年もかかると言われている。やはり、愛する人と別れるというのは、実に長くつらい作業が必要なのである。私の父親が死んだとき、残された母親はまさに「ショック期」にあった。「ボーッとして、涙も出ない」と言っていた。その後、「グリーフワーク」に苦しんだようだが、ある偉い先生から「かあちゃんには、立派な息子が二人もいる」という色紙をもらって大泣きしてから、徐々に回復していったようだ。やはり、感情を外に出さなくてはいけない。その間、弟の佐渡屋次郎には相談があったそうだが、私への連絡は一切なかった。いかに佐渡屋太郎は母親に信用されていないかが、この1件でよく分かった。

 では、なぜ今になってこのような「グリーフ」が、注目されるようになったのであろうか。同研究所の設立パンフレットには、「かつて、日本社会は大家族で生活が営まれ、地域社会でも濃厚な人間関係があった。そのなかで、グリーフは癒されていた。しかし、現代日本の社会では核家族となり、また地域社会の人間関係も希薄なものとなった。そのような状況から『悲嘆者』はよりいっそう孤独となり、意識的に第三者からのケアを受ける必要が生じるようになった」と書いてあった。

 研究所設立のきっかけになったのは、同大学が開催した「『悲嘆』について学ぶ」という講座だった。これは一般に開放した講座であったが、300名の定員に1000名近くの応募があったという。現在、第3期が開催されており、小山明子氏(女優・評論家)や日野原重明氏(聖路加国際病院理事長・名誉院長)などが講師を務めている。一方、研究所は①研究部門、②公開講座部門、③人材育成部門の3部門からなる。③の人材養成部門では、「基礎コース」(1年)→「ボランティア養成コース」(1年)→「専門ワーカー養成コース」(1年)の3年間にわたる学習や実践訓練で、「グリーフ専門ワーカー」の資格が取得できる。

 葬儀業界でも“グリーフケア”に対する関心は高い。また、看護士やホスピスの医師の方たちも日常の業務のなかで、“グリーフケア”の重要性を痛感しているという。聖トマス大学で学長の話を聞きながら、何とこの世の中は多くの“悲しみ”に満ちているのだろうと考え込んでしまった。しかし、“悲しみ”のなかでもがいている多くの人たちにとって、有り難い1歩が踏み出されようとしている。これは大きな“快挙”である。佐渡屋太郎も微力ながら応援していきたいと思っている。
写真キャプション=雨の中を歩いて行ってきた「JR福知山線脱線事故」の事故現場

 その気持ちの高ぶりから、何としてもこの研究所の設立の原点となったJR事故の現場を、この目で見ておこうと思ったわけだ。1時間半も歩くうちに折り畳み傘は雨水を通し、JR尼崎駅に着いたときには、ビチョビチョの“濡れネズミ”みたいになっていた。その日の午前中は、京都の南禅寺で高僧の葬儀も取材をしていた。お陰で事務所に辿りついた時には、久し振りで足が痛かった。しかし、“仕事をした”という爽快な気分が次第に湧き上がり、静かにうまい酒を飲むことができた。また今回も、大きな回り道をしながら、仕事をしている佐渡屋太郎であった。(佐渡屋太郎

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さらば「ハイパーハリウッド」!【佐渡屋太郎-vol.117】

写真キャプション=梅田中心部の顔となっているOSビル。その奥の方に「ハイパーハリウッドⅠ・Ⅱ」があった

 いまは9月27日(土)の18時25分。今日は9時30分に“拠点”を出発して、葬儀関係のセミナー取材をしてきた。飲み続けの日々が続いたので、ゆっくり休みたかったが、やはり“早起きは三文の徳”であった。お布施や戒名の具体的な価格の構造を知ることができた。いま無宗教葬が増えているが、その背景が分かるような気がした。とにかく、葬儀料金や宗教者に渡すお布施が高すぎるのだ。その反動が、葬儀を家族だけで小規模に行なう“家族葬”や、お坊さんなしで行なう“無宗教葬”の増加につながっている

 今日のセミナーは葬儀業界の有志が、一般の人たちに向けて継続して行なっている「葬儀費用のカラクリ」と題する講座の「お布施編」だった。このお布施には明確な料金表というものはない。しかし、大阪では導師1人の場合、20万円~40万円が相場だという。セミナーではその明細についてだいたいの基準が示された。関西では一部地域を除いて、戒名料はお布施の中に含まれている。しかし、院号や位号を付けるとなると別料金となる。その仕組みが今日のセミナーで最も興味深かった。

 まず、宗派によって異なるが、戒名は基本的に「●●院(院号)▲▲(道号)■■(戒名)▼▼(位号)」からなっている。この「院号」と「位号」によって値段が異なってくるのだ。もちろん、宗派・地域・寺の格式によって差はあるが、大体の基準は①▲▲■■信士(信女)=0円、②▲▲■■居士(大姉)=10万円~20万円、③●●院▲▲■■居士(大姉)=50万円~100万円になるという。その具体的な値段を聞いて、怒りがじわじわと沸いてきた

 まさに“地獄の沙汰も金次第”である。死んでも差別を受けなくてはならないのか。そんな戒名なんか欲しくない。佐渡屋太郎は神も仏も信じない。こうなったら、自分で位牌を作っておき、無宗教で葬式を挙げるしかない。ただ、畳の上で死ねなくてもいいが、最後は佐渡にある墓には入りたい。そろそろ、遺言でも書かいておかなくてはなるまい。
写真キャプション=取り壊し工事が行なわれている旧「ハイパーハリウッドⅠ・Ⅱ」の店舗

 というわけで、葬儀からパチンコの世界に移っていく。いま、大阪の梅田の中心部で大きな異変が起こっている。あの「HEP NAVIO」の向かいにあった「ハイパーハリウッドⅠ・Ⅱ」(707台)が閉店したのだ。閉店の理由は、阪急電鉄との8年間の定期借地契約が切れたからだと言われている。佐渡屋太郎はこのホールがグランドオープンするとき、1週間も梅田に貼りついて、12ページの特集記事を書いた記憶がある。オープンしたのは2000年8月22日のことだった。私にとっては、実に思い出深いホールである。以前から、閉店の噂は聞いていた。しかし、この目で思い出のホールの最後を見届けようと、9月9日(火)に出かけてみた。その撤去工事の様子を見たとき、いやでも自分における8年の歳月を思わざるを得なかった。思い返すに、ほとんど成長のない自分の姿に“唖然”とさせられた。
写真キャプション=梅田における旗艦店となる「大東洋本店」(431台)

 私は梅田に張り付いていたとき、夕方早々に仕事を切り上げ、「大東洋本店」(431台)に通っていた。「ハイパーハリウッドⅠ・Ⅱ」の出店に対抗して、「大東洋が大きな“赤”を打つ」ということを、“ある筋”から聞いていたからだ。そのときは「CR寿司屋の源さん」と「CR不二子におまかせ」を打っていたと記憶している。結果は、連日の大勝ちであった。その金で鶴橋の“拠点”へ移動する費用の大半を賄った。大東洋さん、有難う。まさに2つのホールの対抗戦によって得た“漁夫の利”であった。
写真キャプション=以前は「デライト」という屋号であった「大東洋梅田店」(536台)

 その競合戦の構図は、岡山が本拠の成通グループの大阪進出に対し、梅田中心部の盟主である大東洋グループがどのように対抗していくかにあった。結果は、大東洋の“勝利”であったと言うべきだろう。その間、名店「チェスター」を買取るなど、ますます地盤を強化して、揺るぎないドミナント展開を実践している。これで、「ハイパーハリウッドⅠ・Ⅱ」が撤退すれば、さらにその力は強まっていくはずだ。ここで現在の大東洋グループの勢力図を確認しておこう。
写真キャプション=かつての名店であった「チェスター」を買い取って営業を始めた「大東洋東通り店」(405台)

【梅田中心部における大東洋グループの店舗】
①「大東洋本店」(P=431台)=431台
②「大東洋梅田店」(P=328台、S=208台)=536台(旧「デライト」)
③「大東洋HEP通り店」(P=290台、S=186台)=476台
④「大東洋東通り店」(P=405台)=405台(旧「チェスター」)
● 合計(P=1454台、S=394台)=1848台

 ここであと1つの問題が出てきた。果たして、「ハイパーハリウッドⅠ・Ⅱ」の撤退した後はどうなるかという点である。某大手ホール企業が入るという噂があったので確認してみたら、逆に調査を依頼されてしまった。そこで仲間に探ってもらったら、その土地の所有は東京資本の会社に移り、高層ビルが建つようだ。したがって、パチンコホールは入らないというのが、現在までの情報だ。
写真キャプション=「ハイパーハリウッドⅠ・Ⅱ」の向かいで営業を行なう「大東洋HEP通り店」(476台)

 以前、横のOSビルからトヨタが撤退したときも、多くの有力ホール企業がその後釜に手を挙げた。しかし、家主がパチンコ業者には貸さないということで、結局はナムコに決まってしまった。梅田の北側はヨドバシカメラをはじめとして、今後も大規模な再開発が行なわれていく。一方、この南側も高層化が進み、あと数年でイメージが一変していくのかもしれない。しかし、「阪急東通り商店街」や「お初天神通り」は、大阪独特の雰囲気を持つコテコテの商店街で、何とかいつまでも残しておいてもらいたいと願わずにはいられない

 それにしても、8年にわたる競合戦は終了した。取り壊されていくホールは、やはり悲しいものだ。思わず、「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」という句が頭に浮かんできた。さらにオープンを前に、「阪急インターナショナル」で開催された盛大な竣工式を思い出す。この8年間で、パチンコを巡る状況も激変している。さて、これから梅田はどのように変貌していくのであろうか。(佐渡屋太郎)


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