遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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2007年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年10月

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『大脱走』を追いかけた3日間 【佐渡屋太郎-vol.5】

 前回の熊取谷(いすたに)氏の件をネットで調べていたら、『大脱走(スピンアウト)』という本にぶち当たってしまった。これは高杉良氏が書いた実名企業小説。石川島播磨重工業(IHI)の情報システム室事業開発センター所長であった碓井優(ゆたか)氏が、会社側が下したコンピュータ・システム外販事業からの撤退の方針を受け、80人のシステムエンジニアを率いてスピンアウトするという壮大な実話である
 
 この一件が起ったのは、1981年(昭和56年)のことだった。その頃、私は大学を出たばかりの頃で、まだ東京にいてR社の技術系求人誌「B」の原稿を夜も寝ないで書いていた。今から思えば“高度情報社会の到来”などといって、コンピュータと通信技術がこの世の中を大きく変えてくれるという、まさに社会全体が“夢物語”に酔っていた時期でもあった。私もこの件には興味を持って、いろいろ資料を集めた記憶がある。しかし、このテーマは同じ雑誌の巻頭グラビアで、長手源一郎氏が「石川島播磨を飛び出した80人の男たち」(多分、こんなタイトルだった)と題してモノにした。当時、若かった佐渡屋太郎は「僕もいつかこんな迫力のある記事を書いてやる」と、固く決意したものだった。

 そのわが青春の思い出にも、かの熊取谷氏が絡んでいたのだ。だから、たまらなくこの『大脱走』を読みたくなった。そこで調べてみたら、アマゾンにも載っていた。その商品説明には、「昭和54年4月、IHI社長・真藤恒は造船不況による経営責任をとって辞任した。第一勧銀取締役からIHIに転出してきた下山専務はコンピュータの外販事業から全面的撤退を表明。造船部門のソフトウエアを事業化し、外販事業を軌道にのせた情報システム室のリーダー・碓井優は退社を決める。彼の情熱にひかれ、行動を共にした80人の部下に支えられながら旗揚げした『コスモ80』の闘いを描く実名企業小説」とあった。

 しかし、そこで佐渡屋太郎の“古本マニア”(“古本フェチ”という人もいる)の血が騒いだ。そして、「何としてもワシのこの手で『大脱走』をゲットしたる」と思ってしまったのだ。1日目の9月25日(火)夜、事務所から最も近い、行きつけの「BOOK・OFF大阪難波中店」に行った。目指す『大脱走』はなかった。にも関わらず、文庫本5冊、単行本7冊の計12冊を買ってしまった。そこで2日目の26日(水)は事務所に行く前に、定住している京都のマンションの近くにある「BOOK・OFF堀川五条店」に行ってみた。しかし、なかった。にも関わらず、文庫本3冊を買ってしまった。

これではいけないと思い、大阪の事務所に行く途中で、「BOOK・OFF大阪心斎橋店」に寄ってみた。高杉良の文庫本は20冊ほどあったが、肝心の『大脱走』はなかった。仕方なく文庫本2冊を手にして店を出た。はっきり言って、この時点で『大脱走』と佐渡屋太郎の関係が大きく変わってしまった。それまでは単なる資料収集の一環であった。しかし、事態がここに至って、“古本マニア”である佐渡屋太郎のプライドが、大きく傷つけられてしまったのである。「なめとんのか!」――佐渡屋太郎は心の中で大きく叫んだ。つまり、この時点で『大脱走』は佐渡屋太郎の“獲物”となり、佐渡屋太郎は1冊の本を血眼で追う“ハンター”と化してしまったのだ。
 
 そして、3日目の27日(木)の夜が白々と明けていった。佐渡屋太郎はゴルゴ13のように、京都のマンションで重いまぶたを開けた。夢の中で、これまで行ったことのある京都中の古本屋を歩き回った。一体、どの店に『大脱走』があるのか。京都に来てすでに20年、果たして、古本屋でどれくらいの時間を過ごしたのだろうか。その間、京都の古本屋も厳しい“時代の波”に洗われた。「BOOK・OFF」「コミック・ショック」「古本市場」といった大型量販店が、老舗のいわゆる“古本屋”を飲み込んでいった。今後、生き残っていけるのは極論すれば、大学の図書館や研究室とルートがある外商機能を持つ古書店だけであろう。また、高価本を継続的に仕入れるルートを持っているか否かも、生き残りの大きなポイントとなる。

 しかし、一般消費者の立場に立てば、105円で買える“リサイクルブック”は確かに有難い。文庫本なら、こうした大型量販店に集まってくるのだ。パチンコ業界でもやっと“1円パチンコ”など、新たな動きが始まっている。これについてはまたボチボチ、私的な見解を述べるつもりである。

 話しが横道に逸れてしまった。その日、“ハンター”と化した佐渡屋太郎は、日常では考えられない午前10時過ぎに行動を開始した。目的は「BOOK・OFF京都三条ビル店」である。自転車にまたがり、堀川五条から川端三条へと疾駆した。京都の街をこんな時間に走るのは実に久し振りのことだ。ここ2~3年、あまりにも忙し過ぎた。そしてその店で、ついに『大脱走』を手に入れることができた。念願の『大脱走』を手に取ると、やっと獲物を仕留めた“ハンター”の喜びと悲しみの交錯した複雑な充実感が、じわじわと体を襲ってきた。

 撫で摩りながら、開いたページには「コスモ・エイティの会社登記は、当初の予定どおり五月二十五日に完了した。設立時払込資本金は二億円、発行株式四十万株、株主名簿には碓井優、従業員持株会、杉本卓也、古沢武久、清水徳樹、野中輝之、榊原造船、日建、伊予造船、スポーツハウス、イーストレーク、北沢バルブなどの名がみられる。しかし、いずれも名義人に過ぎず、株主は熊取谷稔ただ一人であった」という、ゾクゾクするような記述がいきなり展開していた。それをカゴに入れ、やや放心状態で他の棚を見て回る。結局、2時間ほどその店にいて、文庫本7冊、新書4冊、単行本12冊の計23冊の入った袋を抱えて帰路についた。ついに3日間のハンティングの副産物は文庫本17冊、新書4冊、単行本19冊の計40冊になってしまった。

 これで3日間にわたる我が “狩猟”は終わった。“ハンター”はマンションに帰ってから獲物をかばんに入れ、やや重い足取りで大阪に向かった。また、ムキになって子供みたいになってしまったと、自己嫌悪にしばし陥る。いま、碓井氏が会社に辞表を出し、事後報告した奥さんとの修羅場のところまで読み進んだ。しかし、1億円の融資を約束した呉興産は突然、断りを入れてきた。まだ、熊取谷氏は登場していない。読み終わったら、またその感想を報告したい。今日は29日(土)で、休み明けまでに葬儀雑誌の4ページの原稿を上げなければならない。しかし、こんなことを書いていて、まだ手も付けていない。もう、酒も大分回ってきたので、今日は帰ることにする。



3日間のハンティングの末に、やっと手に入れた『大脱走』(徳間文庫)

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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 04:10 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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いきなり大物フィクサー登場 【佐渡屋太郎-vol.4】

  さて、開国3部作も書き上げたので、今回からボチボチ、パチンコ業界のことでも書いていくことにする。と思っていたのだが、このところ何やらきな臭い動きが立て続けに起こっている。

まず、先週末に突如として巻き起こったのが、パチンコ業界に大きな影響力を持つ“フィクサー熊取谷稔氏の所得隠しの報道だ。22日の土曜日、昼のテレビニュースで最初に見て、寝ぼけ頭に電撃が走った。この人物は以前から個人的に興味を持っていたのだ。
 
この1件は9月22日の読売新聞にも掲載されたので、ご覧になった方も多いと思う。参考までに全文を紹介する。タイトル=「熊取谷氏30億円所得隠し」。サブタイトル=「国税指摘 傘下30社と利益圧縮」。リード=「財界や官界とパイプを持ち、『政財界のフィクサー』とも呼ばれた熊取谷稔氏(67)とグループ企業約30社が東京国税局などの税務調査を受け、2006年までの7年間で計約30億円の所得隠しを指摘されていたことが、関係者の話でわかった。グループ企業間の取引価格を操作するなどして、利益が出ている企業の所得を意図的に圧縮したと認定された。経理ミスなどを含めた申告漏れは計約90億円に上る」というのものだ。
 
さて、本文は「所得隠しを指摘されたのは、熊取谷氏個人のほか、グループ中核のパチンコ機器製造販売会社『コスモ・イーシー』(東京都千代田区)、ゴルフ場運営会社『函南スプリングス』(文京区)など、資本や人事でつながりの深いグループ約30社。この中には赤字決算の企業もあったため、追徴税額は重加算税などを含めて法人税、所得税など計約7億円にとどまった。いずれも修正申告した。
 
関係者によると、コスモ・イーシーなどはグループ企業と取引する際、価格を安く設定するなどして、所得を圧縮していた。また、グループ内の赤字会社の事務や経理を利益の出ている企業に引き受けさせ、経費として計上していた。
 
熊取谷氏に対しては、グループ数社が多額の貸付金を計上しており、このうち返済のめどが立っていないものを、熊取谷氏への役員賞与などと認定。一部は、ゴルフ場開発で地域住民からの同意を取り付ける工作費などとして使われたとみられるが、使途が判明しないものもあったという。

熊取谷氏は、バブル経済が華やかなりしころの1990年に米国の名門ゴルフ場「ぺブルビーチ・ゴルフコース」を約1200億円で買収し、一躍注目を浴びた。グループ会社は首都圏を中心に10か所以上のゴルフ場を所有し、自身も97年分まで毎年のように高額納税者として公示されていた。
  
  一方、88~89年のリクルート事件で収賄罪に問われた元NTT会長の側近として知られ、NTT所有地の再開発に関与したと週刊誌などに取り上げられた。パチンコ業界のプリペイドカード導入を巡って、熊取谷氏が監督官庁の警察庁に働きかけて実現したなどとして、同庁との密接な関係が国会で問題視されたこともある。政治献金やゴルフ会員権の売買を通じ、複数の国会議員との結びつきが強く、『フィクサー』『黒幕』とも呼ばれた」

  周辺に取材してみると、処理もとっくに終わっており、「何をいまごろ」というのが本当のところらしい。パチンコ業界においても資金が必要なことがあったようだ。私自身も、「なぜ、この時期に」という点が実に興味深い。この件が浮上してきたとということは、水面下で様々な調査や取材が行なわれているに違いない。また、きっと別のところから“火の手”が上がってくるだろう。(佐渡屋太郎)


yugisokai4

| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 22:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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佐渡屋太郎は一体、何者なのか!【佐渡屋太郎-vol.3】

佐渡屋太郎は一体、何者なのか――そんなに気張らなくても、私はただのしがないライター以外の何者でもない。決して怪しいものではありません。いや、少し怪しいところがあるかもしれない。生まれはその名の通り、日本海に浮かぶ佐渡島。順徳天皇や日野資朝、さらに世阿弥や日蓮が流された流刑島である。

また、江戸時代には佐渡金山に、多くの罪人たちも流されてきた。それら罪人は採掘時に出る石塵で、ほとんどが労咳(肺結核)で死んでいったという。しかしそうは言っても、何人かは生き残った者もいたはずだ。もしかしたら、その地獄の金山から逃亡した罪人の子孫が私かもしれない。時々、胸が苦しくなり、金鉱の帯が目に浮かぶことがある(ホンマかいな)。また時々、罪人の血を感じるときもある(早く善人になりたい!)。

佐渡島の面積は855k㎡(東京23区の1.38倍、意外と大きい)、人口は7万人。佐渡金山が全盛の頃は、金山がある相川の町だけで10万人の人口があった。その町には遊郭もあり、全国から一攫千金を狙った有象無象の人々で賑わったそうだ。しかしその黄金島も、今は老人だけが残された過疎の島になってしまった。

そして、その島に生まれたのが、前にも書いた革命思想家の “北一輝”(1883~1937)である。1911年の辛亥革命にも関係し、1920年には「日本改造法案大綱」を刊行している。日本における天皇を奉じての革命と階級制の打破、さらにアジアにおいては亜細亜連盟の構築による英国侵略からの解放を説いたのだ。これが青年将校に大きな影響を与え、36年の「2・26事件」へとつながっていく。その結果、青年将校たちと直接の事前謀議はなかったものの、“2・26事件の理論的首謀者”として37年8月19日に、愛弟子の西田税とともに処刑された。

この北一輝が、私の高校(当時は旧制中学校)の大先輩である。しかし今では、佐渡とくれば何と言っても、私の中学校の後輩である曽我ひとみが有名になってしまった。実はこの夏の帰省でジェンキンス氏に会い、ツーショットで写真を撮り、著書「告白」にサインをもらってきた。いやはや、しっかりミーハーしてしまった。北一輝先生、申し訳ありません。このジェンキンス氏の話は、また項を改めて書くつもりだ。

というわけで、流刑の島、罪人の島、黄金の島、革命家を生んだ島(実は我が後輩・曽我ひとみが詩に謳ったように最高に美しい島である)から巣立ち、何の志も持たず、毎日あたふたと取材と打ち合わせに駆けずり回っているのが、何を隠そう佐渡屋太郎なのである(何の説明にもなっていない!)。開国にあたって、建国の経過、遊技租界の意味、佐渡屋太郎のプロフィールの説明が必要だと言われ、この3部作を書き上げた。

しかし、書き上げてから、実に不十分な説明であることがわかった。まあ、このブログと付き合っていただければ、いずれボチボチといろんなことが分かってもらえると思う。パチンコの話が全然ないではないかと怒っているアナタ。そう、焦らないでください。これからボチボチとその日に起こったことを書いていくことにします。よろしく、お付き合いのほどお願いいたします。(佐渡屋太郎



直江津からの船が着く佐渡の小木港

| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 01:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「遊技租界」について 【佐渡屋太郎-vol.2】

 開国の宣言に続いて、今回はこのブログのタイトルである「遊技租界」について説明したい。

 まず、「租界」とは外国人の居留区のこと。「上海租界」が最も知られている。上海の場合は1842年、南京条約によって開港させられ、イギリス、アメリカ合衆国、フランスが土地を租借し、それぞれの租界を設定していった。

 この租界では主権は中国にあるものの、そこに居留する外国人が独自の行政権、警察権などを行使した。つまり、治外法権の“独立自治エリア”と言ってもいいだろう。もちろん、日本も上海に租界を持っていた。場所は上海北部の虹口地区にあった。しかし、この日本疎開は土地を租借し、自治権を確立した正式の租界ではなかった。多くの日本人が集まり、自然発生的に生まれた “日本町”のようなものだったのであろう。

 そこには、国を追われた革命家や犯罪者、異国でひと稼ぎを狙った女衒や売春婦、そして脛に傷をもつブローカーや詐欺師たちがうごめいていた。アヘンの煙が漂い、毎日どこかで喧嘩や刃傷沙汰があるようなアナーキーで、アウトローで欲と色気と狂気に満ちた街であったに違いない。その街に、私の敬愛する詩人の金子光晴や、わが郷土・佐渡の英雄である北一輝も住んでいたことがある。

 この「租界シリーズ」を命名したのは、何を隠そうわが相棒の「ナイトウ龍司」である。あの猪八戒の頭のどこに、こんな鋭い言葉の感覚が隠されたであろうか。

この「租界」という言葉を聞いたとき、瞬時に北一輝の姿が浮かび、篠原涼子ではないが「グッときた!」のである。そして、「ナイトウ龍司」が目指す世界もこの一言で理解できた。

 つまり、この「遊技租界」は遊技業界における「租界」を作り上げていくのが目標なのである。したがって、この「租界」にはワケありの人間が集まり、種々雑多な情報が飛び交う。

その玉石混交、有象無象な混沌の世界のなかで、参加してくれた方々は自らの勘と嗅覚によって、それぞれの“金鉱”を探し当ててもらいたい。

また、面白い情報があったら、どしどしとこの「租界」にお寄せいただきたい。

せっかく、貴重な時間と労力をつぎ込むのだから、せいぜい面白いものにしてやろうと企んでいるのです。                                                (佐渡屋太郎



片目の魔王”と呼ばれた北一輝

| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 00:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「遊技租界」開国の辞 【佐渡屋太郎-vol.1】

2007年9月21日、我々の「遊技租界」は、いよいよ建国の運びとなりました。
 
この租界では、パチンコ業界をはじめとするアミューズメント産業全般をフィールドとし、その底流でうごめく様々な動きについて、お伝えすることを目的としています。
 
書き手は主に、パチンコやゲーム業界に属している人たちです。一方、読み手はパチンコ、ゲーム業界人のみならず、広くパチンコやパチスロファン、ゲームファンを想定しています。パチンコやゲーム業界では今どのような動きがあり、その業界に属する人たちはどんなことを考えているのかを知ってもらえればと思います。もちろん、それぞれの記事に対する皆様のご意見もお待ちしております。

このブログは、私こと「佐渡屋太郎」と、 “猪八戒”(写真参照)こと「ナイトウ龍司」(正直言って、イメージが違いすぎるだろ!)が運営していきます。思い返せば、この「ブログ」のプランを聞いたのが、約1ヵ月前の8月10日こと。私が生まれ故郷である佐渡へ帰省する前夜のことでした。ただ、これまで夢物語ばかり語っていた「ナイトウ龍司」でしたので、私はあまり真剣には聞いていなかったのです。

ところが、佐渡から大阪に帰ってきて一緒に飲んだ8月23日、なんと具体的な「租界シリーズ」が出来ていたのです。そのシリーズとは、「遊技租界」「情報租界」「EC-SHOP」の3つのブログを有機的に結びつけた、“3段階逆スライド方式”の壮大なものでした。これは面白いと思い、私は「いいんじゃない」と言いました。そしたら「遊技租界」に原稿を書けというのです。それで9月3日、仕方なく「佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記」というタイトルをつけて送りました。私は毎月、たくさんの原稿を抱えているので、そのブログを書き続ける自信がなかったのです。

しかし、「ナイトウ龍司」は毎日徹夜して(本人がそう言っていました)、「遊技租界」に様々な機能を付加し、私に「見ろ!」「見ろ!」と連日のように電話を掛けてきます。9月10日に飲んだときは、全体がほぼ完成し、恐ろしいことにもう書くだけの状態になっていました。そして、9月19日に飲んだときは、もうすでに3つのブログは動き出しており、「何で書いてくれないのですか」と泣き落としに遭いました。

こうして、我々の「遊技租界」は晴れて今日、名実ともに立ち上がりました。これはひとえに「ナイトウ龍司」の頑張りによるものです。そして、私の苦難の日々もこれから続くことになります。ただ、私も“乗りかかった船”でもありますので、残り少ない力を振り絞って、毎日の取材や見聞きしたことをこのブログでお伝えしようと決心しました。また、業界の友人たちにも協力を呼びかけています。そして何より、読み手である皆様の“反響”を糧として、わが身を鞭打つつもりですので、ご声援のほど宜しくお願いいたします。(佐渡屋太郎

SQ07年10月号 033s-s-s-

| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 19:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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