遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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『大脱走』を追いかけた3日間 【佐渡屋太郎-vol.5】

 前回の熊取谷(いすたに)氏の件をネットで調べていたら、『大脱走(スピンアウト)』という本にぶち当たってしまった。これは高杉良氏が書いた実名企業小説。石川島播磨重工業(IHI)の情報システム室事業開発センター所長であった碓井優(ゆたか)氏が、会社側が下したコンピュータ・システム外販事業からの撤退の方針を受け、80人のシステムエンジニアを率いてスピンアウトするという壮大な実話である
 
 この一件が起ったのは、1981年(昭和56年)のことだった。その頃、私は大学を出たばかりの頃で、まだ東京にいてR社の技術系求人誌「B」の原稿を夜も寝ないで書いていた。今から思えば“高度情報社会の到来”などといって、コンピュータと通信技術がこの世の中を大きく変えてくれるという、まさに社会全体が“夢物語”に酔っていた時期でもあった。私もこの件には興味を持って、いろいろ資料を集めた記憶がある。しかし、このテーマは同じ雑誌の巻頭グラビアで、長手源一郎氏が「石川島播磨を飛び出した80人の男たち」(多分、こんなタイトルだった)と題してモノにした。当時、若かった佐渡屋太郎は「僕もいつかこんな迫力のある記事を書いてやる」と、固く決意したものだった。

 そのわが青春の思い出にも、かの熊取谷氏が絡んでいたのだ。だから、たまらなくこの『大脱走』を読みたくなった。そこで調べてみたら、アマゾンにも載っていた。その商品説明には、「昭和54年4月、IHI社長・真藤恒は造船不況による経営責任をとって辞任した。第一勧銀取締役からIHIに転出してきた下山専務はコンピュータの外販事業から全面的撤退を表明。造船部門のソフトウエアを事業化し、外販事業を軌道にのせた情報システム室のリーダー・碓井優は退社を決める。彼の情熱にひかれ、行動を共にした80人の部下に支えられながら旗揚げした『コスモ80』の闘いを描く実名企業小説」とあった。

 しかし、そこで佐渡屋太郎の“古本マニア”(“古本フェチ”という人もいる)の血が騒いだ。そして、「何としてもワシのこの手で『大脱走』をゲットしたる」と思ってしまったのだ。1日目の9月25日(火)夜、事務所から最も近い、行きつけの「BOOK・OFF大阪難波中店」に行った。目指す『大脱走』はなかった。にも関わらず、文庫本5冊、単行本7冊の計12冊を買ってしまった。そこで2日目の26日(水)は事務所に行く前に、定住している京都のマンションの近くにある「BOOK・OFF堀川五条店」に行ってみた。しかし、なかった。にも関わらず、文庫本3冊を買ってしまった。

これではいけないと思い、大阪の事務所に行く途中で、「BOOK・OFF大阪心斎橋店」に寄ってみた。高杉良の文庫本は20冊ほどあったが、肝心の『大脱走』はなかった。仕方なく文庫本2冊を手にして店を出た。はっきり言って、この時点で『大脱走』と佐渡屋太郎の関係が大きく変わってしまった。それまでは単なる資料収集の一環であった。しかし、事態がここに至って、“古本マニア”である佐渡屋太郎のプライドが、大きく傷つけられてしまったのである。「なめとんのか!」――佐渡屋太郎は心の中で大きく叫んだ。つまり、この時点で『大脱走』は佐渡屋太郎の“獲物”となり、佐渡屋太郎は1冊の本を血眼で追う“ハンター”と化してしまったのだ。
 
 そして、3日目の27日(木)の夜が白々と明けていった。佐渡屋太郎はゴルゴ13のように、京都のマンションで重いまぶたを開けた。夢の中で、これまで行ったことのある京都中の古本屋を歩き回った。一体、どの店に『大脱走』があるのか。京都に来てすでに20年、果たして、古本屋でどれくらいの時間を過ごしたのだろうか。その間、京都の古本屋も厳しい“時代の波”に洗われた。「BOOK・OFF」「コミック・ショック」「古本市場」といった大型量販店が、老舗のいわゆる“古本屋”を飲み込んでいった。今後、生き残っていけるのは極論すれば、大学の図書館や研究室とルートがある外商機能を持つ古書店だけであろう。また、高価本を継続的に仕入れるルートを持っているか否かも、生き残りの大きなポイントとなる。

 しかし、一般消費者の立場に立てば、105円で買える“リサイクルブック”は確かに有難い。文庫本なら、こうした大型量販店に集まってくるのだ。パチンコ業界でもやっと“1円パチンコ”など、新たな動きが始まっている。これについてはまたボチボチ、私的な見解を述べるつもりである。

 話しが横道に逸れてしまった。その日、“ハンター”と化した佐渡屋太郎は、日常では考えられない午前10時過ぎに行動を開始した。目的は「BOOK・OFF京都三条ビル店」である。自転車にまたがり、堀川五条から川端三条へと疾駆した。京都の街をこんな時間に走るのは実に久し振りのことだ。ここ2~3年、あまりにも忙し過ぎた。そしてその店で、ついに『大脱走』を手に入れることができた。念願の『大脱走』を手に取ると、やっと獲物を仕留めた“ハンター”の喜びと悲しみの交錯した複雑な充実感が、じわじわと体を襲ってきた。

 撫で摩りながら、開いたページには「コスモ・エイティの会社登記は、当初の予定どおり五月二十五日に完了した。設立時払込資本金は二億円、発行株式四十万株、株主名簿には碓井優、従業員持株会、杉本卓也、古沢武久、清水徳樹、野中輝之、榊原造船、日建、伊予造船、スポーツハウス、イーストレーク、北沢バルブなどの名がみられる。しかし、いずれも名義人に過ぎず、株主は熊取谷稔ただ一人であった」という、ゾクゾクするような記述がいきなり展開していた。それをカゴに入れ、やや放心状態で他の棚を見て回る。結局、2時間ほどその店にいて、文庫本7冊、新書4冊、単行本12冊の計23冊の入った袋を抱えて帰路についた。ついに3日間のハンティングの副産物は文庫本17冊、新書4冊、単行本19冊の計40冊になってしまった。

 これで3日間にわたる我が “狩猟”は終わった。“ハンター”はマンションに帰ってから獲物をかばんに入れ、やや重い足取りで大阪に向かった。また、ムキになって子供みたいになってしまったと、自己嫌悪にしばし陥る。いま、碓井氏が会社に辞表を出し、事後報告した奥さんとの修羅場のところまで読み進んだ。しかし、1億円の融資を約束した呉興産は突然、断りを入れてきた。まだ、熊取谷氏は登場していない。読み終わったら、またその感想を報告したい。今日は29日(土)で、休み明けまでに葬儀雑誌の4ページの原稿を上げなければならない。しかし、こんなことを書いていて、まだ手も付けていない。もう、酒も大分回ってきたので、今日は帰ることにする。



3日間のハンティングの末に、やっと手に入れた『大脱走』(徳間文庫)

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