遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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佐渡高校へ行ってきた 【佐渡屋太郎-vol.113】

写真キャプション=在校時はほとんど見た記憶がない佐渡高校の校門

 いまは8月23日(土)の19時25分。佐渡から8月19日(火)に帰ってきて、久し振りで静かな週末を大阪で迎えている。しかし佐渡から帰ってきて、いきなり“生臭い打ち合わせ”の連続であった。すでに佐渡にいた8月18日(月)から、携帯には何本も連絡が入っていた。なかには、「いま新地で飲んでいるから来い!」という無茶苦茶な電話もあった。昨日はカジノ関係者に会ったが、水面下では様々な活動が展開されており、非常に興味深い内容だった。ただ、話が“生臭さ”過ぎて、書くことができないのが残念でたまらない。そのシナリオを聞くと、パチンコ業界のここ数年の流れが実によく理解できた。

 というわけで、今回はまずお約束していた佐渡高校のグランドあたりから紹介していくことにしよう。帰省中はいろんな用事があって忙しかったが、溜まりに溜まった疲れのためによく昼寝もした。そして、その間を縫いながら“佐渡ネタ”もいろいろ仕入れてきたので、ボチボチと紹介していきたいと思う。時間切れで佐渡一周はできなかったが、最終日に“大佐渡”(佐渡の北の半分。南の半分は“小佐渡”という)を巡り、佐渡の半周はしてきた。撮った写真は全部で226枚。これをもとに、また原稿書きに励むことにしよう。

 さて、甲子園予選の県大会で決勝戦まで進出して、一大旋風を巻き起こしているのが、我が母校の佐渡高校野球部である。これほど佐渡高校が世の注目を集めたことは、果たして過去にあっただろうか。その意味で野球部ナインは、佐渡高校の紛れもない“ヒーロー”である。また、これまでまったく関係のなかった “佐渡”と“甲子園”を結び付けてくれた功労者でもある。712球を1人で投げ抜いた中河君のところには、すでにプロ野球のスカウトが来ているという。もしかすると、佐渡出身のプロ野球選手の誕生ということになるかもしれない
写真キャプション=佐渡高校の正面玄関。多分、建て替えられて昔とは雰囲気が変わっている。以前は木造であったような気がする

 そうなると、これまでまったく関係のなかった“佐渡”と“プロ野球”も結びついてしまう。母から聞いたところによると、以前ジャイアンツにいた三浦投手は、私が通っていた中学校の先輩の息子だと言っていた。しかし、佐渡では育っていない。私としては、中河君には大学に進学して東京の6大学リーグで活躍し、将来は佐渡を背負って立つような“大人物”になってほしいと思っている。しかし、最終的には本人の決断次第である。今後は、彼の進路にも注目しなくてはならなくなった。
写真キャプション=甲子園につながっている佐渡高校のグランド。野球部はこの何もないグランドで練習を行なっている

 そんなことを考えながら、夏の昼下がり、懐かしい母校に行ってみた。昔は私の家のある町から隣の町にある佐渡高校まで、6kmの道のりを雨の日も雪の日も、3年間にわたり自転車で通っていた。雪が積もった日は道がすべるので、自転車を引いて学校まで行ったこともある。冬は風が強く、なかなか前に進まなかった。これでだいぶ根性と忍耐力が鍛えられた。学校への坂道の中腹には、自転車置き場も健在であった。実に懐かしい。遅刻ギリギリで着いたときには、そこに自転車をぶち込み、石段を脱兎のごとく駆け上がったものだ。これでだいぶ足腰が鍛えられた。
写真キャプション=佐渡屋太郎が毎日、脱兎の如く駆け上がっていた石段。自転車置き場から学校までの近道となる

 以前にも書いたが、佐渡高校は昔にあった「獅子が城」という城跡に建っている。したがって、生徒は “遅刻坂”と呼ばれる坂を登らないと学校に辿り着けない。冬は風が強く、坂の頂上近くのあるポイントでは、坂下から吹き上げてくる風に、女子生徒のスカートがよくめくれ上がった。これでだいぶ好奇心が鍛えられた。それもこれもすべてが数十年も前のことである。“少年老い易く、学なり難し”――すべてが夢の中の出来事のようだ。
写真キャプション=懐かしい自転車置き場も健在であった学校へ続く“遅刻坂

 さて、高校のグランドに行ってみると、サッカー部が練習をしていた。このサッカー部は弟の佐渡屋次郎が創ったものだ。私がいたころはなかった。果たして、冬の全国高校サッカーの新潟県代表になれるくらいの実力があるのだろうか。この日、野球部は練習をしていなかった。何もないグランドである。こんなのんびりしたグランドが、本当に甲子園につながっているのだろうか。このグランドが鉄腕・中河投手を生んだと思うと、やはり“佐渡”という土地の力を感じざるを得ない。
写真キャプション=佐渡高校グランド入口からの眺望。遠くに海が見える。

 私が汗を流した“講堂”にも行ってみたが、建て替えられてきれいになっていた。昔は、剣道部と卓球部が使っていた。あの剣道人形はまだいるのだろうか。朝の5時から1人で講堂へ行き、剣道人形を相手に、必死になって新技の開発に打ち込んでいたこともある。夏の合宿では先輩に何度も壁や床に叩きつけられた。窓から入ってくる生ぬるい風とうるさいくらいのセミの声、汗でぬるぬるになった小手や面、かび臭かった部室に書き残しておいた私の名前ももうなくなってしまっただろう。本当に夢の中の出来事のように感じる。
写真キャプション=建て替わってしまった“講堂”。昔はここが剣道部の練習場であった

 佐渡の家に母親宛ての「佐渡高校同窓会報」があったのでもらってきたが、京都に帰ったら私宛てにも来ていた。同窓会費を1回も払っていないのに、まだ見捨てられていないようだ。普段ならそのままゴミ箱行きだが、野球部のことが載っているかと思って開いてみた。そこで面白い記事を見つけたので、転載してみる。
写真キャプション=佐渡から送られてきた「佐渡高校同窓会報」野球部OB会(SOBクラブ)から募金のお願い】
 
 「7月12日に開幕しました『第90回全国高校野球選手権新潟大会』において、母校はベスト8の壁を破り快進撃を続け、決勝戦まで駒を進めました。この快挙は新聞・テレビなどの報道機関に大きく取り上げられ、全国に知れ渡りました。決勝の23日はブラスバンド部を含む在校生、OB、同窓生など各地より1千人を超える方々が応援に駆けつけて下さいました。大応援団が声援を送る中、夢の甲子園出場を賭けた県央工業高校との決勝戦は1点を争う手に汗を握る白熱した接戦となり、延長戦の末に3対2で惜しくも敗れ、残念ながら夢舞台に立つことはできませんでした。

 しかし、1963年(昭和38年)硬式野球部創部以来46年目にして四百数名のOBが夢見た『憧れの甲子園』にあと半歩まで迫る活躍ぶりは、私たちOBはもとより、同窓生や島民に大きな感動・元気・希望を与えてくれました。そして、多くの方々よりたくさんの応援、激励をいただきました。本当にありがとうございました。

 さて、現在の野球部を取り巻く環境は決して恵まれておりません。特に財政は厳しく、生徒会からの年間20数万円のクラブ費と部員からの部費、僅かなOB会からの寄金が活動資金であり、しかもその資金はボール・バットなどの用具購入費に消えてしまい、年10回程度の県内外の遠征はすべてが自己負担です。また、1台のピッチングマシーンを所有していますが老朽化が進み、ボール・バットなどの用具も十分でなく、防御ネットなども補修しながら活動しているのが実情であります。今夏の大会に限っていえば、7泊8日の長期にわたる滞在費は約200万円かかり、生徒会からの補助の約10万円を差し引いた残りは全額保護者負担だそうです。

 そこで、このたび後輩たちの大健闘に応えるべく、“真夏の夢”を見させていただいた感謝と“夢の続き”の実現のために、当会では『準優勝記念事業』として資金援助の募金活動を行なっております。何卒趣旨をご理解いただき、格別のご協力、ご厚志を賜りますよう切にお願い申し上げます。

2008年8月
野球部OB会 SOBクラブ
会長 ●● ●(昭和43年卒)」

 やはり、実態はそうであったのか。しかし、確かに“真夏の夢”も見させてもらったし、“夢の続き”も実現してもらいたいと思うが、だから金を出せという態度が気に食わない。これは同窓会全般にも言える。だから佐渡屋太郎は1回も同窓会費を払っていないのである。『準優勝記念事業』と立派な名前を付けながら、やっているのは単なる募金ではないか。『事業』なら『事業』らしくもっと“芸”のあることを行い、喜んで同窓生がお金を出せるような企画を考えてもらいたいものだ。
写真キャプション=坂の下から見た佐渡高校の遠景

 まだ、この野球部OB会の会長は、佐渡屋太郎のブログを見ていないようだ。私も佐渡で先のブログで提案したユニフォーム販売の件を弟の佐渡屋次郎に話してみたが、ただ笑われただけで終わってしまった。商売は一種のパフォーマンスである。相手の心にどんどん入り込み、買わざるを得ないような状況を作らければならない。もし、OB会がユニフォームの販売を始めたら、私は「そこまでやるのか」と言いながら、そのめざといアイデアに感服し、個人的に10着は買い込むだろう。そして、それを大阪の仲間に配り、私と酒を飲むときはそのユニフォーム着用を義務付ける。さらに、このブログもフル活用して、全国の佐渡ファンに呼びかけて販売を行なう。

 いけない。また熱くなってしまった。8日間の佐渡での休養で、佐渡屋太郎のヤル気は蘇ったようだ。昨日、聞いた華僑ビジネスの実態にも、大いに触発されるものがあった。また、今年の後半戦に向けて、ボチボチと動き出さなければならない。“敵前逃亡”から戻り、また大阪での生活が始まったので、このブログもボチボチ書いていかなければならないと思っている今日この頃である。(佐渡屋太郎

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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 17:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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佐渡高校が惜敗した延長11回の決勝戦【佐渡屋太郎-vol.109】

写真キャプション/佐渡高校の健闘を祝福するようにはためく日の丸

 いまは7月27日(日)の17時35分。今日の佐渡屋太郎は煮詰まっている。最後の3ページの原稿を書くのを、体が嫌がっている。実は週明け(7月28日)までに書かなければならない原稿が7ページあり、先週末に4ページを仕上げて送った。そして、週末の世間が休みに入っているうちに、楽勝で残り3ページの原稿を片付けようと思っていた。しかし、なかなか書く気がしない。こういう日は、無理して書かない方がいいのである。だから、今一番書きたいと思っている佐渡高校のことを書くことにした。

 実は昨日の7月26日(土)の朝に、佐渡の母から1通の手紙が届いた。中身は7月24日(木)の「新潟日報」スポーツ面である。我が母校である佐渡高校の健闘の様子を活字で読みたくて、地元紙を送ってくれるように頼んであった。そして初めてその紙面で、佐渡高校の鉄腕投手・中河くんの雄姿を見ることができた。さすがに、いい面構えをしている。この佐渡高校のエースは、決勝戦までの6戦で、何と712球を1人で投げ抜いたのだ。しかし、勝負は何事も勝たなければならない。「新潟日報」の記事は、圧倒的に勝者の県央工の方が多かった。では、まず決勝戦の様子を、新潟県民の新聞である「新潟日報」で振り返ってみることにしよう。
写真キャプション=決勝戦の熱闘の模様を伝える「新潟日報」のスポーツ面 
●タイトル=延長11回 突き放す 
●サブタイトル=県央工初の甲子園
「三條機械スタジアムで23日行なった第90回全国高校野球選手権新潟大会の決勝戦は、県央工が佐渡との激しい接戦を延長十一回の末に3-2で制し、初めて県内95校の頂点に立った。8月2日に甲子園球場で開幕する全国高校野球選手権に出場する。
試合後の組み合わせ抽選で、県央工は大会2日目の同3日第4試合で戦うことが決まった。対戦相手は未定。
 県央工は四回に守備の乱れで佐渡に先制を許したが五回に同点に追い付いた。その裏すぐに1点勝ち越されたが、七回再び同点とすると、延長十一回に適時打で佐渡を突き放した。投げては主戦石田貴行と2年生古村祐也が継投して佐渡の反撃を封じ込めた。初の決勝進出を果した佐渡は主戦中河達哉が一人で投げ抜いたが、あと1点及ばなかった」


▽ 決勝
      1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
県央工 0 0 0 0 1 0 1 0 0  0  1 /3
佐 渡  0 0 0 1 1 0 0 0 0  0  0 /2

●タイトル=中野が決勝タイムリー
「【評】県央工が延長十一回に決勝点をもぎとり、佐渡との息詰まる接戦を制した。
1点を追う県央工は五回、笠原の左前適時打で同点。再びリードを許し迎えた七回一死二塁、小柳の中前適時打で追い付いた。そのまま延長戦にもつれた十一回、左前打で出塁した牧田を犠打で二塁に進め、中野の中前打で勝ち越した。先発石田は5回(ママ)を2失点で切り抜け、六回から登板した古村が9奪三振の力投で得点を許さなかった。
佐渡は主戦中河が11回(ママ)を3点に抑え、打線も四回に先制、同点とされた五回にも渡部の適時三塁打で再び勝ち越したが、終盤の好機で得点できず力尽きた」

 この記事を読むと、佐渡が常に先取点を取り、試合をリードしていたことが分かる。しかしどうでもいいことだが、「新潟日報」も漢数字とアラビア数字の混用を止め、アラビア数字に統一したらいいのではないかと思う。記者自身が混乱して誤記をしているではないか。読んでいてもとても読みにくい。勝負のポイントとなったのは、9回裏の佐渡高校の攻撃であったような気がする。では、その場面を「新潟日報」の記事から拾ってみよう。

 「同点で迎えた九回裏二死一、三塁と佐渡が一打サヨナラの場面。飛び出した一塁走者の動きにあわてず、プレートを外した古村が遊撃手宮崎俊に送球。すきを突きホームに突入した三塁走者を見るや、宮崎が捕手中野良彬へ好返球し、アウトに仕留めた。
県央工が1点を勝ち越して迎えた延長十一回裏には、連打を浴び一死二、三塁と一打サヨナラのピンチ。古村が『とにかく守りを信じていた。信じるしかなかった』という通り、遊ゴロに打ち取った打球を宮崎が冷静な送球で本塁タッチアウトに仕留め、得点を許さなかった」

 負けるときはこんなものだ。せっかく作ったチャンスは自分で潰してしまうし、最後の1本のヒットが出ない。しかし、県央工もピンチにも落ち着いて対処ができる鍛え抜かれたチームであった。お陰で我が母校の佐渡高校は負けてしまったが、決勝戦も手に汗握る好試合だった。ここは両校の健闘を称えるべきだろう
写真キャプション=日本海に浮かぶ佐渡の遠景

 しかし、佐渡球史にとって、「中野」という名前は“天敵”である。佐渡屋太郎が頭に球を当て、佐渡高校野球部を去る原因となった相手も「中野」という先輩だった。そして今回、延長11回ランナー2塁のとき、決勝タイムリーを打ったのも県央工の打順6番であった「中野」という捕手だった。しかもこの「中野」捕手には、佐渡高校が9回裏2死1、3塁の逆転の好機に、飛び出した3塁走者が捕殺されているではないか。さらに1点をリードされた11回裏の1死2、3塁という最後の反撃のチャンスにも、遊撃手からの送球は本塁に送られ、「中野」捕手にこれまた捕殺されている。

 私もこれまでいろんな勝負事をやってきたが、勝負には必ず“因縁”というものがある。今回の場合でいえば、因縁のキーマンは2年生ながら沈着冷静な古村投手と、この「中野」捕手の県央工バッテリーだったような気がする。とくに、「中野」捕手には2回も捕殺によって本塁で憤死に遭い、決勝タイムリーまで打たれている。佐渡球界にとって “恐るべし”は、「中野」という名の鬼門であった

 では、量的には少ないが、佐渡高校側の記事を紹介していくことにしよう。と思ったが、その前に私自身が佐渡高校のメンバーを知らない。まずは栄光の“佐渡ナイン”を紹介するのが順序であり、仁義である。最近のくだらない大人たちに憤慨している佐渡屋太郎にとって、“佐渡の歴史”を変えてくれた若者たちは、私にとって最高の“ヒーロー”である。1段も2段も高い席を用意して、奉り(まつり)立てなければならない。参考までに相手の県央工のメンバーも紹介しておく。

【県央工】  打 得 安 点 振 球 犠 盗 失
⑦ 笠 原  5  0  2  1  1  0  0  0  0
⑧ 桑 原  3  0  1  0  0  0  2  0  0
④ 番 場  4  0  1  0  0  0  1  0  0
⑨ 牧 田  5  1  2  0  1  0  0  0  0
③ 池 田  2  0  0  0  0  1  2  0  0
② 中 野  3  0  1  1  0  1  1  1  0
① 石 田  2  1  1  0  0  0  0  0  0
1 古 村  3  1  1  0  2  0  0  0  0
⑤ 小 柳  4  0  1  1  3  0  1  0  0
⑥ 鈴 木  1  0  0  0  1  0  0  0  1
H 頓 所  1  0  0  0  0  0  0  0  0
6 宮 崎  2  0  0  0  1  0  0  0  0
   計   35  3  10  3  9  2   7   1  1 

【佐渡】   打 得 安 点 振 球 犠 盗 失
⑨ 小 杉  5  1  2  0  1  0  0  0  0
④6渡 部 5  1  1  1  1  0  0  0  2
③ 山 中  5  0  1  0  2  0  0  0  0
② 齋 藤  5  0  1  1  2  0  0  0  0 
① 中 河  5  0  4  0  0  0  0  0  0
⑤ 本間貴 4  0  0  0  2  0  1  0  0
⑦ 土屋滉 3  0  0  0  1  0  0  0  0
H 本間涼 0  0  0  0  0  1  0  0  0
7 福 井  1  0  0  0  0  0  0  0  0
⑥ 松 原  2  0  0  0  1  0  0  0  1
H 斉 数 1  0  0  0  1  0  0  0  0
4 土屋聡 2 0  0  0  0  0  0  0  0
⑧ 岩 崎 4 0  0  0  2  0  0  0  0
    計  42 2  9  2  13 1  1  0   3  
 
▽ 三塁打=渡部(佐渡) ▽二塁打=中河(佐渡) ▽残塁=県央工8、佐渡9
▽ 併殺=佐渡1 ▽捕逸=佐渡1

投 手 回 打 安 振 球 失 責
石 田  5  21  4  4   0  2   1
古 村  6  23  5   9  1  0  0

中 河 11  44  10 9  2  3  1    


 ここまで書いて、急に疲労感に襲われてしまった。文字量も相当になっている。ここまでの説明で、激闘の決勝戦の様子は分かってもらえたのではないかと思う。というか書きながら、私自身がやっと理解した。追いつ追われつのまさにシーソーゲームであった。勝機は佐渡高校にもあったが、それをモノにできなかった。紙一重の接戦だった。この大勝負の舞台を経験し、佐渡高校ナインは果たして何を感じ、何を得たのであろうか。佐渡が生んだ若者たちの肉声は、次回にお伝えすることにしよう。(佐渡屋太郎)


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