遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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本のゆくえ- ―終の棲家を得た我が蔵書【佐渡屋太郎-vol.151】

写真キャプション=直江津港から離れて佐渡へ向かう「こがね丸」の船上から


 いまは9月7日(月)の19時55分。やっとパソコンに向かって、遊技租界の記事が書けるまでに漕ぎ着けた。いま、冷房の効いた静かな事務所で、じっと座っていられる幸せを噛み締めている。しかし、わが体はこの間も背中はバリバリ、腰はパンパン、足はキンキンに凝り、手は腫れていて手先の感覚がなくなっている。ちょうど高校時代の合宿の最終日のような状態だ。いや、それよりもハードな半月間を過ごして、死なずに大阪に舞い戻ってきた。

 いきなり、訳の分からない書き出しであったが、とにかくこの夏の“一大事業”はほぼ終了にまで漕ぎ着けた。その“一大事業”とは、京都にある“拠点”の引越しである。しかし、始めてみて分かったが、“引越し”という生易しいものでなかった。正確に言うなら“撤去作業”だ。引越しならAというところにある荷物を、Bまで移動させればいい。しかし、今回は行き場所のない荷物を半ば強引に、佐渡と大阪の“拠点”に押し込んだという形になった。いまそれぞれの箇所に住んでいる関係者の怒りを収めるために、佐渡屋太郎は奴隷のような毎日を送っている。

写真キャプション=次第に姿を現すわが故郷の佐渡島


 単なる引越しが、なぜこのような“一大事件”に発展してしまったのか。それは毎日通ってきた宅急便の集配係も驚いたほどの荷物の多さにある。実は、もっと荷物は多かった。彼らは私とY嬢が8月29日(土)の夜に、1トン車に山積みにした荷物を京都から大阪まで運んだことを知らない。それでもあの部屋にあれだけの荷物が詰まっていたことに驚いたのである。いま、手元に宅急便やヤマト便の伝票の“束”がある。ざっと集計して見たら125個の荷物を送ったことになっている。

 一番、多かったのが溜めに溜め込んだ本である。スチール製の本棚に目一杯詰め込んで7~8本分はあった。そのうち、本棚1本分を大阪の“拠点”に持ってきたほかは、すべて佐渡に送った。次は新聞である。時間ができると切抜きをしていたが、全然追いつかずに溜まった分が、3年分以上はあるだろう。これは海よりも心の広いY嬢が、大阪の“拠点”に持ってくることを許可してくれた。この“恩”は一生わすれないつもりだ。ただし、10月までに処理しないと廃棄するという約束をした。その他、資料、ビデオ、CD、DVD、趣味の収集品など、私にとっては“宝の山”、他人にとっては“ガラクタの山”がこの“拠点”に山積みになっていたのである。

写真キャプション=「畑の家」の近くにある親類の家に送りつけた本は入った宅急便の山の一部


 これらの物たちに囲まれていれば幸せであった。しかし、その生活に決断を迫られた。そのとき、私は考えた。もうこれからの人生で、これだけのものを集めることはできないだろう。翻って言えば、これらの物が“私の人生”ではないか。できるなら、広い空間のなかで、これらの物に囲まれながら余生を過ごしたい。連日連夜、汗と埃にまみれ、膨大な荷物に囲まれながら、佐渡屋太郎はこれらの“物”を守り抜く決心をしたのだ。誰に何と言われてもいい。馬鹿と言われようが、アホと言われようが、私はこれらの“物”と死ぬまで一緒にいたいのだ。ただし、私が死んだあとは、焼こうが売ろうが勝手にしてもらっていい。

写真キャプション=親類の家から本を運ぶために大活躍したM兄ちゃんの軽トラ


 この“超我欲”を発揮した結果、わが本たちはダンボールに詰められ、海を渡っていった。少なく見積もっても5000冊以上はあっただろう。行き先は佐渡の“畑の家”である。これは以前にも紹介したが、佐渡における私の“資料庫”とでもいうべき、“夢の館”である。実は昨年、そのうちの1部屋が本の重みに耐えかね、“根太”が落ちてしまった。そこで今年は母親が修理を依頼し、立派なフローリングの部屋に変身していた。そこに京都から送ったスチール製の本棚を組み立て、今回の送付分を安置した。

写真キャプション=今回、多くの本が送り込まれた「畑の家」


 「もう、君たちは頼りない主人とともに、都会を右往左往することはない。この“畑の家”が君たちの“終(つい)の棲家(つみか)”だ。次に私が手に取るまで、ここで安心して休んでいてほしい」と佐渡屋太郎は言い残して、大阪に帰ってきたのである。なかには、放浪癖のある主人と共に、東京→小倉→京都(3回)→鶴橋→京都と渡り歩いてきた本もある。やっと、“安住の地”に落ち着かしてやることができた。この騒動において数少ない“大義”を実感した場面だった。その結果、“畑の家”には3つの部屋に14本のスチール製本棚が林立することになった。

写真キャプション=14本の本棚が林立する「佐渡屋太郎図書館」の一部


 母親はそれを見て「“図書館”のようになった」と言った。けだし、名言である。ただ、その表情は呆れ返っていた。小さいとき、よく「本を読め」と言われた。それは“賢くなれ”という意味で言ったのだそうだ。それが本ばかり読んでますます“馬鹿になっている息子”に対し、大きな後悔を残してしまった。そして今回の件で、私は母親に完全に見放されてしまった。佐渡に8月19日に行き、送った本の整理をして8月23日に京都に帰ってきた。そして、8月31日の部屋の明け渡しまでの間に、またいろんな物を送ってしまった。

 いま、母親は完全に切れている。「あなたの荷物で私は殺される」とまで叫んでいる。今月の連休には、また佐渡に帰って、荷物の整理をしなければならない。今日、やっと大阪の“拠点”の整理を終えたばかりだ。前述のように、私の体はすでにボロボロになっている。「私も私の荷物で殺される」ということはすでに何回も感じている。しかし、私は誰に何と言われようとも、この“事業”は成し遂げる。この事業には私がこれまで生きて集めてきた物たちの“存続”が掛かっているからだ。これを失くしてしまったら、私の“存在”も亡くなる。だから、いま私は命がけで、この“馬鹿みたいなこと”に取り組んでいるのである。自分でも“馬鹿馬鹿しい”と思うが、ここは引くに引けない勝負どころなのである。

 今日は、“猪八戒”の強い要望により、急遽このブログの記事を書くことにした。本当はしっかり整理して書きたいネタであったが、仕方がない。思うに任せて書きなぐった。この間、私が病気なったとか、死んでしまったと思っている人も多いと思うが佐渡屋太郎はどっこい生きているということを明記して、今回の記事は終わりにしたいと思う。(佐渡屋太郎


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ひえひえ



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