遊技租界 『佐渡屋太郎のパチンコ商売道日記』

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ジェンキンス氏との記念撮影 【佐渡屋太郎-vol.49】

写真キャプション=やっと念願が叶ったジェンキンス氏との記念撮影

 いまは1月8日(火)の19時25分。昨日は、パチンコ雑誌の新年宴会で盛り上がってしまった。昼の14時から寿司を食べながら飲み始め、夕方に行きつけの「T変木」でまた飲み、そのあと新地へ行って本格的に飲んでしまった。そしていつもの通り、事務所泊まりとなったという次第だ。不思議なことに、気づいてみると“猪八戒”がパチンコ雑誌の新年宴会に出席していた。いやいや、私が呼んだのである。それが間違いの元であった

 新年宴会に出席した皆が、このブログを見てくれており、実に参考になる意見をたくさん聞かせてもらった。1番多かった意見は、1月7日(月)にアップした記事に関し、カニが小さいというものだった。聞かなければよかった。聞いた私がアホだった。確かに、カニは小さかったかもしれない。しかし、そんなことはどうでもよい。

 ただ、パチンコ雑誌の社長は、「このブログには何かが足りない」と言っていた。そう、パチンコの記事が少ないのである。最近はとくにその傾向が強い。あとはパチンコ業界にとっての有用性だろう。なかなか痛いところを突いてくる。ただ、「俺にも書かせろ」と言っていた。今度、書いてもらうことにしよう。しかし、心配しないでほしい。また、“パチンコの日々”が始まるのである。年が明けたと思ったら、もうパチンコ雑誌の締切りが目の前に迫ってきた。今週の金曜日には東京へ行き、「中古遊技機のレンタルシステム」について取材してくるので、楽しみにしてほしい。

 新年宴会でありがたいこともあった。これは是非とも、特記しておかなくてはならない。カニの話をしていたら佐渡のことを思い出し、佐渡のことを思い出したら、昨年約束して忘れていた重要なことを思い出したのだ。それはジェンキンス氏のことである。前に書くと言って、そのまま忘れていたことを思い出した。これをやり遂げなければ、このブログの残務整理は終わらない。

 実は、ジェンキンス氏の奥さんである曽我ひとみさんは、私の小学校と中学校の後輩なのである。昨年Y嬢から、ジェンキンス氏が佐渡の土産物売場で働いていることを教えてもらった。彼女はテレビを見ていて、そのことを知ったそうだ。土産を買えば、記念撮影もしてくれるという。私の町の土産売場といえば、「朱鷺の郷」しかないと目星を付けた。そして、ジェンキンス氏との記念写真を、夏の帰郷時の最重要課題にしたのだ。

 しかし、これほど意気込んでいた私は、東京からきた親戚のガキたちに先を越されてしまった。携帯電話で撮影したものを、自慢げに私に見せるのである。“ミーハー一族の血”が、しっかりと受け継がれている。こうなれば、私も負けることができない。“畑の家”に行き、以前読んで送ってあった氏の著書『告白』を探し出し、そこにサインしてもらうという高度テクニックを思いついた。どうだ、ここまではできないだろう、ガキどもには……。まったく、大人気ない。しかし、これが私の実像なのである

写真キャプション=衝撃的な内容だったジェンキンス氏の著書『告白』(2005年・角川書店刊) そして、勢い込んで「朱鷺の郷」へ向かった。この建物は真野公園内にあり、歴史資料館やレストラン、土産物売場などを備えた観光用のスポットだ。真野公園には桜まつりマラソンや、写生大会でよく行ったものだ。真野宮という神社もあり、毎年初詣にも行った思い出深い公園である。そこにいま、ジェンキンス氏がいるのだ。何とも不思議な気がする。

 私は「曽我ひとみさんの先輩です」と、あいさつしようと思った。しかし、この町のほぼ全員が、曽我ひとみさんの先輩か後輩であることに気付いた。京都や大阪ではインパクトのある挨拶であるが、地元では何の意味も成さない。しかし、そんなことを心配することもなく、付き添いの人が私のカメラを見て、記念撮影をしてくれた。手馴れたものである。おまけにジェンキンス氏はサインにも応じてくれた。


写真キャプション=ジェンキンス氏が自著にしてくれたサイン そのときのジェンキンス氏は、少し疲れているように見えた。しかしその後、タイへ行って拉致被害者の親族と会うなど、精力的な活動を展開している。私にとっては、会っておかなければならない人物であった。とても貴重な体験だった。この重要な出来事を是非ともブログに書くべきであったが、それがこんなに遅くなってしまった。これで昨年の心残りがなくなった。また、何か思い出すことがあるかもしれないが、それはまたそのときに対処することにしよう。それにしてもいろいろなことがあった2007年だった。(佐渡屋太郎
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| 佐渡屋太郎の徒然日誌 | 16:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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